見知った貴方、見知らぬ貴方
月代杏
第1話
頭が必死になって思い出そうとしてる、突然消えた床板の感覚を。自分が今立っている床の硬さを受け入れられなくて。
ざわめく声の高さの違いに耳を塞ぎたかった。慣れた同級生は一人もいないとすぐにわかる。ここは、見知らぬ大人ばかりの空間。
「なんなの、これ」
ばくばくと脈打つ心臓が異常を訴えている。いいや、そんなものに教えられずとも見ればわかる。
テーマパークのお城とは比べ物にならない大広間。コスプレ衣装じゃない、高そうなドレスの群れ。緊張に引き締まった空気が私の喉を締め付けていく。
コツリ、と。
鳴り響いた足音が、私を遠巻きに見つめる人たちの声を止めた。
「初めまして、異界より訪れし巫女よ」
「────は」
息が、止まるかと思った。
巫女と呼ばれたことに対する驚きじゃない。そんなもの、今確かに耳に届いたその声に比べればどうだっていい。どうだってよくなるに決まっている。だって、その声は、その姿は。
「我が名はサクラ、サクラ・ドゥーフィル。この国の女王であり、これより貴方の主人となる者」
私がよく知る、後輩そのものだったのだから。
緩く巻かれた黒髪も、白すぎる肌もなだらかな眉も、低いって気にしていた身長も、何もかもがあの子そのもの。だから何かの冗談だと思った。
勢いに任せて口を開きかけて、けど、その目があの子と違うことに気がつく。
あの子は私のことを、こんな風には見てこない。
冷たくてなんの情もなさそうで、真冬みたい──私が好きなあの子は、私の後輩の
「異界より訪れし巫女、貴方の名前を」
ない、って、わかった。
わかったはずなのに、胸の奥が痛くて泣きそうになる。崩れかけた表情に何か思うところがあったのか、サクラと名乗った彼女はわずかに眉を動かす。ちらと、薄桃色の瞳は彼女のすぐそばに立っていた青年に。
鎧をまとった彼は小さく頷くと、私の前へとやってきた。整った造形をした青年はアニメの中の騎士そのもの。わずかに吊り上げられた口角に対して、その目は少しも笑っていないけれど。
「ひとまず移動を、巫女殿。自己紹介はその後にしましょう」
「あ、え、は、はい」
もう一度だけにこりと笑みを作って、騎士風の青年は私に背を向けた。ついていけばいいのだろう、と理解して彼の後を追いかける。
部屋を出るまでの間、周囲からは煩わしい視線が向けられていた。その目を見ないようにしながら、ふと振り返る。
サクラはもう私のことを見ていない。
私だけが──なんて、名残惜しそうな自分に腹が立つ。苛立ちを飲み込んで、私はサクラから顔を逸らした。
◇
「それで、あの、私は何をすれば……」
おずおずと声を出してみる。扉はわずかに開かれたまま、静かすぎる室内にはここまで案内してくれた青年と私の二人きり。小さくため息を吐き出した彼の雰囲気は大広間にいたときより緩んでいる、ように思える。
「あー、まあ、楽にしろとは言わねえけどさ。そうびくびくされちゃこっちもやりにくいんだが」
「え、ああ、ええと」
「さっきは一応公共の場だったからちゃんとしてたが、まあ、二人きりだしいいだろ。俺はルーカだ。一応あの女王サマの側近というか……側近でわかるか?」
「まあ、なんとなくは」
ならよし、と頷いて、ルーカと名乗った彼はずかずかと部屋に踏み入る。目的地はどうやら部屋の中央に置かれたソファ。何を遠慮することもなく、ルーカは真っ赤な生地の上にどっかりと腰を下ろす。
切り替わりの良さは、まあ、驚かなかったと言えば嘘になる。けど正直助かるのが本音だった。
背もたれに身体を預けたルーカは私に視線を投げてくる。座れよ、と。手で示されて、恐る恐るその指示に従った。
顔はルーカに向けたまま、目だけで周囲の様子を確認する。
第一印象は牢獄。
いや、何も部屋が荒れているとかそういうことではなくて。単に先ほどの大広間とこの部屋の質素さが私の中でうまく繋がらないだけ。
壁には出入り口の一つがあるだけで、窓も棚も、装飾品の一つもない。かろうじて照明が天井に吊るされているくらい。明かりは小さいけれど、部屋の中は決して薄暗いわけでもなく。でも圧迫感は退けられない程度のもの。
拷問でもされるのかな、なんて。あり得るのかどうかもわからない空想が、消えないまんまで脳に引っかかった。
「すまんな、茶が出るまでもうちょい待ってくれや。説明も……女王サマが来るまで待つか、いや、でもな……」
わずかに眉を寄せたルーカはぶつぶつと独り言を呟き始めた。しばらくの間何やら考え込んでいたが、よし、と頷くと真っ直ぐに私を見つめる。
この彼もまた知っている人間ではないだろうかと記憶を探ろうとしたけれど、何もかも、
「とりあえず、状況の確認だけしとこうぜ。でないと落ち着いて話も聞けないだろ」
「えと、そう、ですね」
「だろだろ、よし、んじゃ決まり。まず、あんたは他所の世界からこの世界に連れてこられた。それもあんたの了承なく、勝手に、こちらの都合だけで」
頷いていいものなのだろうか。彼の言葉通りではあるものの、なんというか、ここで頷いてしまうと全てを他人の責任にしてしまう感じがする。
いや、事実としてこんなことになったのは私自身の責任ではない、はずだけれども。
「ああ、すまん、困らせたか。別に嫌な言い方をするつもりはなかったんだが」
「あっ、違います。嫌だとかそうじゃなくて、その、全部をあなたたちのせいにするみたいな感じがなんか……」
すみません、と。何が悪いのかわからないままで、私は思わず頭を下げていた。いやなに謝ってるんだ、私──なんて、思っていたのとおんなじ言葉が、見知った声とともに耳に滑り込んできた。
「何を謝っているのですか、貴方は」
ばっと思わず振り向いた先、氷の女王様が立っていた。目が合ったのはほんの一瞬、サクラはすぐにルーカへと冷えきった目を向けた。
「説明は終わりましたか」
「今からですよ。女王サマが来てからのがいいかと思って」
「相変わらず気が利きませんね、先に終わらせていてくれた方が話が早く進みます。いえ、それともまさか、わたしから直接の説明をしろとでも?」
ぴりとひりついた空気に、しかしルーカはわずかに肩をすくめただけ。ソファから立つことすらせず。
「当然でしょう。この子を呼んだのはあんたなんだから、当然説明する義務がある」
「……もっともらしいことを」
「もっともなことでしょうが」
小さくこぼされたため息が、空気の張りをわずかに緩める。渋々といった様子でサクラは再び私と目を合わせてくれた。もっとも、その焦点はわずかにずらされているようだったが。
「では、説明を。貴方は異界の巫女、容易な言葉を選べば、違う世界からこの世界のために選ばれた人柱です」
淡々と、紡がれた言葉の温度があんまりにもなくて。現実味だってないから、頭が動き出すのに少し時間がかる。
「ひとば……えっ、待って、私もしかして死ぬ感じ?」
ぐら、と。その瞬間、確かにサクラの目が大きく揺れ動いた。けれど揺らめきは一瞬。サクラはすぐにまた、氷の仮面を被ってしまう。
「…………言葉遣いに関してはおいおい改めてもらうとして。貴方が死ぬことはありません」
──死ぬことはない。
「ほんとに、死なない?」
「ひとまずは」
言葉には何やら含みがあるが、ひとまずいきなり天に召されるわけではないことだけは安心できる。いや、今の状況は何一つだって安心でも安全でもない気がするけれど。
あの子が不機嫌な時と同じような表情をしたままで、サクラは言葉を続けた。
「死ぬことはありません、が、この城から出ることも許されません」
「えーっと、待ってよ」
それはつまり、拉致監禁と呼ばれるものでは。
犯罪じゃないのかと言いかけて口をつぐむ。世界が違うというのなら常識も違うのかもしれないし、と、思ったのだけれど。
「まあ、平たく言えば拉致監禁の類になる」
相変わらずソファに座ったままだったルーカが、あっさりと犯罪の事実を認めた。
「あんた、ええと、そうだ名前。まだ聞いてなかったな」
ルーカにそう言われて、確かに自分がまだ名乗っていなかったことに気がつく。じっと、私を見つめてくる薄桃色にしっかりと目を合わせた。
なんとなく、あの子と会った日のことを思い出しながら。
「
「……ユゥ、が名前と考えてよろしいですか?」
桜と同じ顔、同じ声をしながら、彼女とは違う表情で、発音で私を呼ぶ。改めて、目の前のサクラは私の知る桜ではないのだと突きつけられた気分だった。
「違い、ましたか」
「いえ、いいえ、合ってます」
そうですか、と静かに頷いて、サクラはソファへと歩み寄る。と、そこに座っていたルーカの首根っこを引っ掴み、ぽいと床に放り投げた。
「っとぉ! 俺はイヌネコの類じゃないんすけど!?」
「変わりません。護衛はわたしのイヌですから」
「ひっど、ちょっとユゥ、聞いた──って、女王サマ、なんで俺を睨むんすか」
ぴくりと、わずかに動いたのはまたしても眉だけ。睨んでいると言われればそう見えるけれど、サクラの表情の変化は私にはよくわからなかった。
こほんと咳払いをして、サクラが私に向き直る。なんとなく、雰囲気は大広間にいたときよりは和らいで見えた。
「さて、巫女についてもう少し説明を」
「あ、はい、お願いします」
「よろしい、素直に従う者はわたしも好ましいです」
好き、って、あの子だったらもう少し可愛く言うだろうな。何処かへと浮遊しかけた意識の紐を無理やり繋ぎ止める。今は、ちゃんと話を聞かなくては。
「まず始めに、巫女として選ばれし者には鎖としての適性があります」
「鎖、って?」
「要するに、厄災を抑え込む力があるということです。貴方はただこの城にいるだけで、この世界に溢れる厄災を封じることができる……できる、という言い方は適切では無いかもしれませんが」
「あーと、つまり私がここにいればこの世界の人たちは平和に過ごせるってことで、おけ?」
おけ、と。私の言葉を繰り返したサクラはわずかに眉を寄せて、ちらと瞳を何処かにずらす。視線の先を追ってみれば、壁にもたれかかったルーカがこくこくと頷いていた。
「おけ、おけ……まあ、そういうことです」
ならいいか、と思いかけて、自分の指先が意図せず跳ねた。
──いや、よくないだろ。
「……一応聞きたいんだけど、さ」
「なんでしょうか」
「私、元の世界に帰れる?」
気がつけば、視界には自分のスカートとその上に置かれた手だけが。顔を上げなきゃいけないとは思ってる。目の前の人は女王様ってやつなんだから、こんな態度失礼でしょ、多分。
でも動けない。動かせない。
サクラは。
「……いいえ、それは許されません。貴方はその命が尽きるまで、この世界で巫女として、封印の鎖としての役目を果たしてもらいます」
桜だったら躊躇いそうな言葉を、あっさりと私に突きつけた。
◇
用意された部屋は、自分には勿体無いようなものだった。何人入れるんだろうってくらい広いし、ベッドは一人じゃでかすぎるくらいだし、飾ってあるもの全部高そうで怖いし。そんでもって、やっぱり窓はないし。でもやたら豪華な天井の灯りのおかげで暗くはないし。
「んじゃ、また明日な。これから色々、神事みたいなことはやらされるだろうけど……ま、うちの女王サマに任せときゃ安心だから。とりあえず今日はもうゆっくり休め」
「ああ、うん、ありがと」
爽やかすぎる笑みを残して、ルーカは私のものとなった部屋を出ていく。閉じた部屋の中は、やっぱりなんだか牢獄みたいだ。
「あー、私、一生ここで暮らすのか」
そう言ってみても、その言葉の重さはまだ手元にはない。
──帰ることはできない、帰らせてもらえない、元の世界には。
受験勉強も進路のことも、何にも考えなくてよくなった。続くはずだった毎日がなくなって、来るはずだった明日が急に違う話に変わった。
なんか、桜とは二度と会えないらしいよ。
「……っ、やば」
わざとらしくどすどすとカーペットを踏み締めて、バカみたいにデカいベッドに飛び乗った。綺麗に洗われているであろう布団をさっそく他所の世界の埃で汚してやる。異世界人の体液で汚してやる。
「桜……」
どうしよう、もう会えないんだ。
大丈夫かな、桜。あの子、友達いないからさ。急に私が居なくなったらひとりぼっちじゃんか。優せんぱいがいるから寂しくないんです、って。言ってたの、私忘れてないんだから。
どうしよう、泣いてたら。
いや、案外平気かもしんない。なんだかんだ、あっさり違う良い人見つけてさ、私のことなんてすぐに──。
「やだ」
嫌だ、そんなの。
私が居なきゃダメって泣くのも。
私が居なくても平気って笑うのも。
「どっちもやだよ、桜……」
「会ったばかりの、それも自身よりも目上の存在を呼び捨てにするのですか、貴方は」
「────っ!」
多分、バッタみたいになってたと思う。そのくらいの瞬発力が今の私にはあった。けどバッタみたいに綺麗に着地はできなくて。
「あだ、だ……」
どすんと落ちたベッド横、側溝から覗くカエルみたいにして恐る恐る顔を出してみる。部屋の出入り口、さっきまでと違って少し装飾の減ったサクラが呆れたような視線を私に向けていた。
「まったく、何をしているのです。そちらの世界の人間には、子供のおもちゃの動きを真似る習性でもあるのですか」
「な、ないっての! っていうか急に入ってこないでよね。ノック! 常識でしょ」
「しましたよ。した上で、何の反応もなかったものですからしんぱ……いえ、生死の確認を」
こほん、と。誤魔化すような咳払いの前、心配したという言葉を私の耳は聞き逃さないでくれた。
「それで、わたしがどうかしましたか」
「は、え?」
「……ですから、ほら、呼んでいたではありませんか。サクラ、と」
ああ、なんて、とりあえず曖昧に頷いておく。
……どうしよ。同じ名前の似た人と付き合ってたんですー、とか、言ったらダメな気がする。いや良いのか? 私、この子とは別に付き合ってもないしっていうか今日初めて会っただけのよく似た知らない人なんだから………。
「ユゥ?」
そっと、柔らかな手が私のおでこに触れた。いつのまにそばにきていたんだろうか。慌てて顔を見れば、薄桃色の瞳にはわずかに影が差していて。
──なんか、あの子と同じ、って。
「やはり召喚に無理が? いえ、いえ……わたしが失敗するはずありませんし。でも……」
「あ、あー、えっと、あの!」
急に大きな声を出したせいだろう。サクラははい、と、わずかに目を見開いて私を見た。
──やっぱ、ほんとは、同じなんじゃないかな、とか。
「その、召喚って、無差別? なんですか?」
何を、聞いてるんだろう。
多分欲しい答えがあるんだ、私。
でもサクラの答えは、私が求めてたものとは違くて。
「あ……ええ、そうです。魔法陣を描き、呪文を唱え、異世界と道を繋げる。わたしがしたことはそれだけで、巫女の選定はその、この世界自身が行ったことです」
「……そ、っか」
なんだ、違うんだ。
勘違いしてたのが恥ずかしくって、なんか、泣きそうだ。バカみたい、私。別の世界のサクラも私が良いって思ってくれたのかなとかさ、ないじゃん、普通。ありえないって。
「ユゥ?」
「っ、なんでもない」
今の声、泣きそうなやつだったって自分でもわかる。っていうか、正直また泣きそうでキツいってば。
辛すぎるでしょこんなの。勝手に連れてこられた先から二度と帰れないとか、知らん世界に恋人と同じ姿の女王様がいるとか、しかも別に好かれてるとか選んでくれたわけでもなくてさ。
あー無理、ほんと、無理、だから。
「え、あ、ど、どこか痛むのですか、ユゥ」
ボロボロ落ちてく涙を見送る。私の肩を掴んだサクラの手を振り、払えないままで、顔も見ないで泣いてやる。ついでに返事もしないまんまで。
「あ、う、ゆ、えと」
でもさ、無視できないんだ。割り切れないんだ、本当に別人なんだからとかそういう風には。
そっと目線を上げた先、おろおろとあからさまに戸惑ってるサクラが居る。私がうまくいかない日に、頑張って慰めようとしてくれた桜そっくり。
それじゃあさ、無視なんて出来るわけないじゃん。
「ん、ごめん。ちょっと、自分の世界のこと思い出してた」
「あ……」
ぱっとサクラの手が離れる。自分は悪いことした、してる、みたいな。なんて言うの、罪悪感か。申し訳ないって思われてんだなって伝わってくるから、責める気持ちは少しも湧かない。
嘘、ほんとはあるけど、言わない。
「あー、まあ、でも来ちゃったもんは仕方ないから。こっちで好きに、は、無理か。なるべく楽しく暮らさせてもらうからさ、私」
「楽しく、楽しく……」
「ちょっと、そこで声小さくしないでよ。もしかして娯楽が一つもない世界なの?」
「いえ、いいえ! この世界は素敵な場所です! ……その、厄災さえ封じられていれば」
サクラの手が私の手を取った。ぎゅうと力を込められて、その力加減までもが桜と同じだから目の奥が痛くなる。喉の奥が苦しくなる。
不安そうな眼差しも、やっぱり同じで。
「だから、ええと、この城に居てくれませんか」
引き攣る。頬が、瞼が、口の端が、喉が、身体中全部が。
「貴方がこの城で過ごしてくれるのならば、この世界は平和なままでいられるんです」
「……今は?」
「今は、少し、魔物が増えてたりとかします……天候の乱れもあったりとか……。で、でもユゥがここで過ごしてくれれば、ただここに居てくれればいいんです! 難しいこととか怖いこととかないので、ここで、不自由はさせないので……」
必死すぎるでしょ、なんて、思わず笑みがこぼれた。無理矢理に笑う私を見て、女王として必死になるのは当然です、ってサクラは私の手を握る力を強める。
「自分の国を、世界を守りたいと思うのは当然でしょう。女王なら、いいえ、女王でなくとも」
それは、なんとなくわかるかもしれない。私だって桜の居る世界がどうにかなってしまうのは嫌だ。守れるんなら守りたいし、助けられるなら助けたい。
「……うん」
未だ頼りな気に揺れ動く薄桃色の瞳を、しっかりと見つめ直す。この子は、桜じゃない。私の後輩でも恋人でもない。
でも見た目も声も、なんか、雰囲気とかもさ、同じだから。
「わかった」
できることを、ここでやろうか。
桜に二度と会えないと言われていても、元の世界に帰してもらえないとわかっていても、それでも──。
「私は多分、何もできないけどさ」
サクラの手を握り返す。びくりと、小さく肩を震わせたその姿がかつて、初めて手を繋いだ日の桜と重なる。
「それでも、サクラの助けになるならここにいる」
言っちゃった。
言ってしまった。
帰りたいって言わなきゃいけないのに。
帰らせてって言うべきなのに。
──それでもやっぱり、放っておけないから。
「うん。帰っても大丈夫になるまでの間、ここに居てあげる」
もう、目から涙は溢れ出さない。その代わり、なんかサクラの方が泣きそうな顔をしてる。
あー、やっぱ、帰りたい。
桜はこれよりひどい顔して泣いてるはずだもん。
「っ、で、では改めて命じます。ユゥ、貴方にはこの世界で厄災を抑えるための鎖として、巫女としての務めを果たしなさい」
「……帰ってもいいってなるまでの間だけね」
仕方ないからそうしてあげる、みたいな雰囲気で言ってみた。うん、実際仕方ないから。
サクラはまだ泣きそうな顔をしていたけれど、でもなんとなく、少しだけ喜んでいるようにも見えた。その顔も、雰囲気も、やっぱり桜と同じ。
だから祈っておくことにした──私がこの子を好きになることがありませんように、なんて、自分でも無理だとわかっている願いを。
「では、これからよろしくお願いしますね、ユゥ」
ねえ、だからさあ、同じようには笑わないでよ。
その言葉を飲み込んで、私はただ笑みだけを浮かべた。
見知った貴方、見知らぬ貴方 月代杏 @tsukishiro228
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