マジェスティ13の秘密は、UFOじゃなかった!

金城由樹

今夜、何かが来る(たぶん)

 都心から電車で三十分、住宅地と山林の境界に位置する丘陵の上に、後楽こうらく高校は建っている。

 その最上階、理科棟のさらに奥。深夜の天体望遠鏡室の前には、二人の高校生が寒さに肩をすくめていた。

 

 そこで、満月を見上げながら腕を組んで仁王立ちしているのは、天文部部長・矢島やじま俊一しゅんいちだった。

 成績は常に上位、部の運営も卒なくこなす文武両道の優等生。

 しかし部員たちは知っている。彼の真の姿は、銀河の彼方へと思いを馳せる、筋金入りのUFOマニアであることを。


 その横で、副部長の汐留しおどめ優香ゆうかは、無言で深いため息をつく。

 眼鏡の奥の瞳がうんざりした色に染まっている。

 彼女は真面目で現実的なタイプで、矢島の空回り気味な情熱に毎度巻き込まれてはツッコミを入れているが、それでも部活動には付き合ってくれるあたり、面倒見の良さがうかがえる。

 

「汐留君! これを見たまえ!!」


 矢島が誇らしげに取り出したのは、古びた文庫本。表紙には『マジェスティ13の秘密!』というタイトルが躍っている。黄ばんだ紙、謎の筆跡、いかにも“やばい本”の空気を漂わせていた。


「これは単なるオカルト本ではない。真実の記録だ! きっとこの月光も、交信信号の一種に違いない!!」


「いやいや、まずそのタイトルからして胡散臭いんですけど」


いな! 『マジェスティ13』だぞ!? アメリカ政府が秘密裏に設立したUFO調査委員会、“MJ(マジェスティック)-12”の、さらにその裏を知る者……それが十三人目の存在、”マジェスティ13”だ!」


「待ってください。そもそも“MJ-12”って何ですか」


「なんと一九五〇年代、アメリカ政府が宇宙人との接触を隠蔽するために設けた極秘組織だ! 本来は十二人の科学者と軍人で構成されていたが―——」


「はいはい、その“十三人目”がなぜか日本で本を出してるんですね。しかも自費出版で」


「きっと組織を追放され、真実を託したんだろう。こういう形で!」


「せめて出版社通してください」


「出版社? それじゃ検閲されるではないか!」


「その前に部長の校内持ち込みが検閲対象ですってば」


「それだけじゃないぞ、見ろ、このページ……。“二〇二五年十一月の満月の夜、地球とプレアデス星団との間に第三種接近遭遇が起きる”とある!」


「プレアデス星団って……、要するに”スバル”でしょ。日本車じゃないですよ?」


「汐留君、それは車じゃない、伝説の宇宙人の故郷だ!」


「はいはい……。で、その宇宙人がこの寒い夜に、こんな田舎の高校の校庭にやってくると」


「そのために、われわれ天文部が存在する!」


「聞いたことない存在理由です!」

 

 やがて観測準備が整い、望遠鏡を覗き込む矢島の目が真剣味を帯びる。

 その姿はおちゃらけた様子とは異なり、どこか子どものような純粋さを感じさせた。


「……きっと、今も誰かがこの地球を見ている。宇宙の彼方から、今日のわれわれの行動を観察しているはずだ」


「その割には行動が地味すぎます。観察する価値、ギリです」


「そうか? 今日のわたしは銀河標準時間で最も活発だぞ」


「意味が分からないですし、その単位初耳です」


「そろそろ電磁パルスが来る頃だな……」


「言い切る前に科学的根拠ください」


「感覚だ」


「出た! 科学を名乗る直感主義者!!」


 汐留は、ポットで淹れた紅茶を両手で包み、秋の冷たい空気の中にひっそりと立っていた。

 紅茶の湯気がふわりと揺れるたび、彼女の横顔が柔らかく照らされる。

 

 汐留は心の中でふと思った。

「もし本当に来たらどうするのかしら」

 笑っているようで、どこかで少しだけ、それを願っている自分がいた。


 時折、風が吹き、樹々のざわめきが夜を飾る。

 そのたびに、彼らの会話はふと止まり、月を見上げる静寂が訪れる。

 満月は地上の喧騒など意にも介さず、淡々と冷たい光を降り注いでいた。


「見えた! あれは……飛行物体! アルデバランの左上、微妙に角度三度!」


「部長、それ街のヘリコプターです。しかも病院のロゴ見えてます」


「ふっ……偽装してるに違いない」


「誰に!? それに、宇宙人のどこにそんな予算あるんですか!?」


「静かに! 今、宇宙からのノイズが……」


「それ、イヤホンのコードがこすれてるだけです」


「おかしいな……わたしの観測メモが真っ白だ」


「最初から書いてないだけです」


「いや、これは宇宙存在による記憶消去の可能性が……」


「便利な妄想で全部済ませないでください」


 矢島の口から飛び出すのは、毎度ながらの陰謀論じみた主張ばかりだが、彼の視線は本気だ。誰よりも真剣に“来るはずの何か”を信じている。

 汐留はその熱意を茶化しながらも、完全に切り捨てることはしなかった。

 彼の語る妄想のような夢物語に、ほんの少しだけ共鳴する自分を、彼女もまた否定しきれずにいたのだ。


 そんな空気が、満月の下で静かに交差していく。

 光が空を走ったとき、矢島の声が響く。

 

「火球だ」


 UFOではない。

 だが、その瞬間、ふたりの視線が一瞬重なり、どちらからともなく微笑みがこぼれた。



 •



 観測は、何も起きずに終わった。だが、それでいいのかもしれなかった。

 片付けを終えた矢島が、わずかに肩を落としながらも空を見上げると、汐留もまた視線をそらさず月を見ていた。



「月が綺麗ですね」



 その言葉は、どこか唐突で、それでいて自然だった。



 矢島が振り返る。



「……お、おう。ああ、そうだな」



 言葉少なにうなずく彼の顔には、さっきまでの空騒ぎとは違う、どこか照れくさそうな気配がにじんでいた。


 満月の光が、静かに二人を包み込んでいた。

 今夜も宇宙は沈黙している。

 だが、それを見上げるふたりの心には、小さなざわめきが確かに残っていた。



(了)

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