真昼の満月

安曇みなみ

 ゾンビ?になったあたしは、今日も満月を眺める。

 この体になってから、なんだかやたらと月が綺麗に見えるのだ。

 そしてなぜだか、いつも満月なの。


 お腹がすくのも忘れて、ずっと見ていられる。

 あのまあるい光は、すごくあたたかい。じりじりと肌がかわくような感じもするけれど、あたしにはちょうどいい。昔は、どうだったっけ。もう、よく思い出せないや。


 周りには、あたしみたいなのが、たくさんいる。

 みんな、ゆっくり、ふらふらと歩いてる。何を考えているのかは、わからない。うー、とか、あー、とか言ってるだけ。でも、きっとみんなも、この綺麗な月が好きなんだと思う。


 たまに、あたしたちとは違う「いきもの」が走っていくのを見る。

 すばしっこくて、物陰にかくれるのが上手。彼らは、この月が嫌いなのかな。あんなに綺麗なのに、もったいない。なんであんなに、いつもこわい顔をしてるんだろう。


 ある日、あたしは一体の「いきもの」と、すごく近くで会った。

 小さな女の子だった。

 ガラクタの山のうしろで、じっとうずくまって、あたしを見ていた。

 どうして逃げないんだろう?

 あたしは、お腹がすいてなかった。だから、ただ、その子を見ていた。

 その子の目は、ぬれて光っていた。


 胸の奥が、きゅう、となった。

 お腹がすくのとは違う。なんだか、なつかしいような、守ってあげなきゃいけないような、へんな感じ。

 あたしは、この綺麗な月を教えてあげたくなった。

 昔、誰かに言ったような、言ってもらったような、大事な言葉が、のどの奥から出てきた。


 口を動かすのは、むずかしい。でも、がんばった。

「つ、きが……きれ、ですね」

 とてもだいじなことなんだ。だからもっとがんばった。


「月が綺麗ですね」


 うん。会心のできばえ。


 女の子は、びくっと体をゆらした。

 そして、ふるえる声で、あたしに言った。

「……おかあ、さん……?」

 そして、首をふると涙を流しながら、空を指さした。


「あれは……あれは、お日さまだよ」


 おひさま?

 あたしは、まあるい光をもう一度見る。

 そう言われると、そんな名前だった気もする。

 でも、あたしにはこれが「月」に思える。だって、こんなに白くて、静かで、優しい。


 女の子は走り去ってしまう。

 それとも、最初から、まぼろし、だったのかな?


 まあ、いいか。

 おひさまでも、月でも、どっちでも。

 あたしは、また空を見上げる。

 やっぱり、すごく綺麗だ。

 あたたかくて、まぶしくて、見てるだけで、なんだか胸がいっぱいになる。


 走り去る女の子のシルエットが、ゆっくりと、スローモーションのように見える。

 ほんの刹那の間、世界から音が消え、思考の霧は晴れた。

 魂の奥底で、記憶の奔流が閃光となってほとばしる。


 太陽──


 あれは、生まれたばかりのあなたの頬を染めた、最初の朝の色。

 あれは、小さな手を引いて歩いた公園で、あなたの髪を梳いた金色の櫛。

 あれは、この身が朽ち果ててもなお、あなたが歩き続ける未来を照らす、永遠の道しるべ。

 あの熱は、かつてあなたを抱きしめた腕の温もりの、最後の名残。


 ああ、そうだ。

 あれは太陽。

 万象を育み、死者すらも照らし、魂の還る場所を示す、始まりと終わりの光。

 廻り続けるときのらせん、その中心でしずかにも、もえ、もえるの


 どうか、にげて、いきのびて──

 たったひとつの

 わたしの

 たいよう

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真昼の満月 安曇みなみ @pixbitpoi

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