真昼の満月
安曇みなみ
*
ゾンビ?になったあたしは、今日も満月を眺める。
この体になってから、なんだかやたらと月が綺麗に見えるのだ。
そしてなぜだか、いつも満月なの。
お腹がすくのも忘れて、ずっと見ていられる。
あのまあるい光は、すごくあたたかい。じりじりと肌がかわくような感じもするけれど、あたしにはちょうどいい。昔は、どうだったっけ。もう、よく思い出せないや。
周りには、あたしみたいなのが、たくさんいる。
みんな、ゆっくり、ふらふらと歩いてる。何を考えているのかは、わからない。うー、とか、あー、とか言ってるだけ。でも、きっとみんなも、この綺麗な月が好きなんだと思う。
たまに、あたしたちとは違う「いきもの」が走っていくのを見る。
すばしっこくて、物陰にかくれるのが上手。彼らは、この月が嫌いなのかな。あんなに綺麗なのに、もったいない。なんであんなに、いつもこわい顔をしてるんだろう。
ある日、あたしは一体の「いきもの」と、すごく近くで会った。
小さな女の子だった。
ガラクタの山のうしろで、じっとうずくまって、あたしを見ていた。
どうして逃げないんだろう?
あたしは、お腹がすいてなかった。だから、ただ、その子を見ていた。
その子の目は、ぬれて光っていた。
胸の奥が、きゅう、となった。
お腹がすくのとは違う。なんだか、なつかしいような、守ってあげなきゃいけないような、へんな感じ。
あたしは、この綺麗な月を教えてあげたくなった。
昔、誰かに言ったような、言ってもらったような、大事な言葉が、のどの奥から出てきた。
口を動かすのは、むずかしい。でも、がんばった。
「つ、きが……きれ、ですね」
とてもだいじなことなんだ。だからもっとがんばった。
「月が綺麗ですね」
うん。会心のできばえ。
女の子は、びくっと体をゆらした。
そして、ふるえる声で、あたしに言った。
「……おかあ、さん……?」
そして、首をふると涙を流しながら、空を指さした。
「あれは……あれは、お日さまだよ」
おひさま?
あたしは、まあるい光をもう一度見る。
そう言われると、そんな名前だった気もする。
でも、あたしにはこれが「月」に思える。だって、こんなに白くて、静かで、優しい。
女の子は走り去ってしまう。
それとも、最初から、まぼろし、だったのかな?
まあ、いいか。
おひさまでも、月でも、どっちでも。
あたしは、また空を見上げる。
やっぱり、すごく綺麗だ。
あたたかくて、まぶしくて、見てるだけで、なんだか胸がいっぱいになる。
走り去る女の子のシルエットが、ゆっくりと、スローモーションのように見える。
ほんの刹那の間、世界から音が消え、思考の霧は晴れた。
魂の奥底で、記憶の奔流が閃光となってほとばしる。
太陽──
あれは、生まれたばかりのあなたの頬を染めた、最初の朝の色。
あれは、小さな手を引いて歩いた公園で、あなたの髪を梳いた金色の櫛。
あれは、この身が朽ち果ててもなお、あなたが歩き続ける未来を照らす、永遠の道しるべ。
あの熱は、かつてあなたを抱きしめた腕の温もりの、最後の名残。
ああ、そうだ。
あれは太陽。
万象を育み、死者すらも照らし、魂の還る場所を示す、始まりと終わりの光。
廻り続けるときのらせん、その中心でしずかにも、もえ、もえるの
どうか、にげて、いきのびて──
たったひとつの
わたしの
たいよう
真昼の満月 安曇みなみ @pixbitpoi
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