第24話 おはよう
ふわりと、まばゆい光の中を歩いてゆく。
この一面に雲が広がる景色、静かだけど寂しさを感じない音、包まれるような安心感――
天界の全ての感覚が、一歩を踏み出すたびに、”還って”来たのだと実感する。
(⋯⋯シラネル、)
たくさん苦しめてしまった。
一人にして、泣かせてしまった。
彼がどれほど傷付いたのか。少し想像するだけでも、消えてしまいたいほど申し訳なくなる。
ファルーとルアンの時代の自分が、自死を選ばなかったら。彼の死を冷静に受け止められる心があれば――。
アムネリスの介入で過酷すぎる環境にいたファルー⋯シラネルを見て、耐えられないほどに苦しかった。あの頃は人間なので記憶がないながらも、潜在下の魂はずっと彼を助けたいと叫び続けていた。
そんな彼をやっと救えて、これから傷付いた分、めいっぱい幸せにしてあげたいと、そう思っていたのに。
――何よりも愛しい魂が目の前で殺されるという事実は、ラヴィレンにとってあまりにも辛すぎた。
未熟だった。落ち度があった。
――でも、彼は許してくれた。
ラヴィレンを責めることなく、悪くないと言ってくれた。
その状況を受け入れ、元凶である悪魔でさえ抱きしめた。
あんな思いをしたのに、この事を振り返った彼は「良かったね」と笑うのだ。
確かに、悔しいけど、愛をもっと深く知ることが出来た。
彼の輝きを、尊さを、もっと知ることが出来た。
シラネルへの想いが強くなって、
そんな奇跡のそばに居られる幸福はすでに分かっていたつもりだったけど、より身に染み込んだ。
それはシラネルも同じで、きっと自分への愛をこれ以上なく深めてくれただろう。
あの出来事がなかったら、こんな風になる時は来なかっただろう。
だからラヴィレンも、自分を責めるのをやめなければならない。彼は怒っていないのだから。
そうしないと、彼の努力を、気づきや学びを、彼自身をも、否定することになる。
そんなこと、誰よりもラヴィレンがしたくない。
魂は、そのままでも優しくなれるけれど、傷付いてこそ、もっと優しくなれるのかもしれないと思った。
悲しみや苦しみを通してからしか生まれない愛も、あるのかもしれない。⋯悔しいけど。
だんだん、シラネルの気配が濃くなってゆく。
300年ほどぶりの再会だった。
厳重に封じられた、重い扉の前に立ち、そっと手の平をかざす。
――すると、まるでラヴィレンを待っていたかのように、中から光が溢れ、扉が開いていった。
そこは、森の中のようだった。
生き生きとした木々や草が踊り、真ん中には小さな湖が優しく存在している。
彼と離れる原因となった、ファルとルアンの――あの時初めて彼に会った森に似ていると、そう思った。
そっと、足を踏み入れて、ゆっくりと歩いてゆく。
湖のすぐ近くは花がカーペットのようになっていて、その上にシラネルは仰向けで眠っていた。
「⋯⋯⋯っ⋯」
思わず、胸が詰まる。
ふわふわの髪に、白い肌に。長いまつ毛、形の良い鼻に、かわいらしい唇。それらを纏う、神々しくも、深い愛のオーラ――
何百年、何千年経っても。何回見ても、彼に見とれてしまう。
好きで堪らなくなって、息が出来なくなる。
――どうしても彼じゃなきゃだめなんだと、理屈とか抜きで、全身が訴えかけてくる。
こんな素敵な魂が、この世にいてくれているだけで、この世界は存在する価値がある。
心の底からそう思った。
(⋯⋯そんな君は、笑って、幸せに生きててくれなきゃ)
自分はそのために生まれて、生きているのだと、深く実感した。
シラネルが毎日、自分らしく、楽しく、幸せでいてくれること。
――それを守るのが、ラヴィレンの使命だ。
首に掛けていたネックレスを外し、ボトルを手に取る。
人助けをしてコツコツと溜めた彼への愛は、今にも溢れそうなほど満タンだ。
シラネルのすぐそばに膝をつく。
ラヴィレンはそのまま蓋を外すと、ボトルを傾けて口に含んだ。
シラネルの頭と、小さな顎にそっと触れ、優しく口付ける。
――彼への、感謝と、愛と、決意がすべて伝わるように。
そう思いながら、液体を流し込んだ。
「⋯⋯⋯ん⋯⋯」
ぴく、と伏せられているまつ毛が揺れる。
ラヴィレンは祈るように、彼を見つめた。
しばらくして、⋯そっと花が開くように、まぶたが持ち上がった。
「⋯⋯⋯ラヴィ、レン⋯?」
彼のキラキラ輝く瞳に、自分だけが写っている。
これが”愛”なんだと、そう思った。
「おはよう」
僕の世界。
――それは、ここにある。
空の彼方に愛はある 東城釉々 @raknaboo
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