朝帰り
焼おにぎり
母.
長男の
内向きな性格で、趣味はゲーム。
ほかの理由ではほとんど仕事を休まないが、心待ちにしているゲームの発売日だけは、意気揚々と休みを取る。
その情熱を向ける先は他にないのだろうか。母親として情けない。毎度「職場に迷惑は掛けてないから」と返されることに辟易して口出すことは止めたが、まだまだ社会人としての自覚が足らない子である。
そんな息子の帰りが遅い。
現在、夜の十一時をまわった。あと一時間で日付が変わってしまう。
どうしたのだろう。長男の身に何かあったのだろうか。
手元のスマホを見る。私が送ったグリーンの吹き出しに、既読マークは付かない。
今日は、周真の昔の友人が地元に帰ってくるらしく、その人と食事をしてくるので夕食は要らない、という旨は聞いている。
しかし、そう遅くはならないだろう、という話だった。もし、懐かしい話に花が咲いて遅くなるようなら、そのようにメッセージを入れてくれればいいのに。
いつもだったら、まめに私へ連絡をくれるあの子なのに。
思えば、昨晩は様子がおかしかった。普段より少し帰りが遅かったうえ、夕食は「食欲がない」などと言って、早々に自室にこもってしまったのだ。
朝になれば「お腹空いた」と居間へ下りてきたために安心してしまったが、今思えば、もっと子供の話を聞いてやるべきだったのだ。
とにかく気が気ではなかった。スマホを確認しては画面を消して落胆し、そしてまたすぐ手に取ってしまう。
「……ねえ優也、お兄ちゃんから何か連絡来てたりしない?」
落ち着かない私は、離れて暮らしている大学生の次男に連絡をした。
「母さんさぁー」
次男は呆れた口調だった。
「兄貴、もう社会人だろ? 過保護過ぎなんだって。ていうか今日、金曜だし、あの兄貴だってハメ外すことくらいあるだろ。どうせ、朝になればフラッと帰って来るって」
「そうかしら……」
「そうだってば」
子どもに諭され、私は無理やり風呂に入り、気持ちを落ち着けてベッドで朝を待つことにした。
優也の言うとおりになるだろうか。周真は、無事な姿で私の元へ帰って来てくれるのだろうか。
◆
外で、車のエンジンが停止する音がした。はっとして、目を開ける。
息子の車だ。
周真が帰ってきた。
あたりは薄暗い。深夜──いや、もう早朝か。
そして玄関のドアが開く音がして、私は寝室の戸を開けて廊下へ出た。
「……周真?」
玄関で、待ち侘びた長男の姿を認める。靴を脱ぐ途中の姿勢で、私を見てぎょっとしている息子。
私は息を止めて、その様子を見つめた。
まだ朝が早いから、ばれずに自室に忍び込めると思ったのだろうか。本当、やることなすこと幼いというか、かわいげがあるというか……。
周真は取り繕うように苦笑いをして、「ただいま……」と小声でつぶやいた。
私は呆れて、何から声をかけるべきかと思案する。
すると、なにかに気がついた。昨日までの息子と、どこかが違って見えるのだ。
しばし、その顔をじっと見てしまう。
なんだか浮かれたような空気。夜更かしをしてきたはずなのに、普段より目が疲れていないうえに、肌つやも良い気がする。
これは、そういうこと……なのだろうか。
母親の勘だ。息子を長年近くで見てきたからこそ気がつけたとも言える。
でも、ついさっきまで、いつまで経っても幼い子供のままだと──そう思っていたのに。
「おかえりなさい。洗濯物があればカゴに入れておいてね」
それだけを告げて、私は寝室に戻った。
本当は、小言でも言ってやるつもりだった。
『どれだけ心配したと思ってるの』って。
けれど、そんな気持ちは失せてしまった。幸せそうな息子に、余計なことを言ってしまいそうで。
寂しいような、誇らしいような。
そんな朝であった。
朝帰り 焼おにぎり @baribori
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