朝帰り

焼おにぎり

 母.

 長男の周真しゅうまは、二十四歳になった今もどこか子供らしさが抜けきらない子だった。

 内向きな性格で、趣味はゲーム。

 ほかの理由ではほとんど仕事を休まないが、心待ちにしているゲームの発売日だけは、意気揚々と休みを取る。

 その情熱を向ける先は他にないのだろうか。母親として情けない。毎度「職場に迷惑は掛けてないから」と返されることに辟易して口出すことは止めたが、まだまだ社会人としての自覚が足らない子である。


 そんな息子の帰りが遅い。

 現在、夜の十一時をまわった。あと一時間で日付が変わってしまう。

 どうしたのだろう。長男の身に何かあったのだろうか。

 手元のスマホを見る。私が送ったグリーンの吹き出しに、既読マークは付かない。

 今日は、周真の昔の友人が地元に帰ってくるらしく、その人と食事をしてくるので夕食は要らない、という旨は聞いている。

 しかし、そう遅くはならないだろう、という話だった。もし、懐かしい話に花が咲いて遅くなるようなら、そのようにメッセージを入れてくれればいいのに。


 いつもだったら、まめに私へ連絡をくれるあの子なのに。

 思えば、昨晩は様子がおかしかった。普段より少し帰りが遅かったうえ、夕食は「食欲がない」などと言って、早々に自室にこもってしまったのだ。

 朝になれば「お腹空いた」と居間へ下りてきたために安心してしまったが、今思えば、もっと子供の話を聞いてやるべきだったのだ。


 とにかく気が気ではなかった。スマホを確認しては画面を消して落胆し、そしてまたすぐ手に取ってしまう。


「……ねえ優也、お兄ちゃんから何か連絡来てたりしない?」


 落ち着かない私は、離れて暮らしている大学生の次男に連絡をした。


「母さんさぁー」


 次男は呆れた口調だった。


「兄貴、もう社会人だろ? 過保護過ぎなんだって。ていうか今日、金曜だし、あの兄貴だってハメ外すことくらいあるだろ。どうせ、朝になればフラッと帰って来るって」

「そうかしら……」

「そうだってば」


 子どもに諭され、私は無理やり風呂に入り、気持ちを落ち着けてベッドで朝を待つことにした。

 優也の言うとおりになるだろうか。周真は、無事な姿で私の元へ帰って来てくれるのだろうか。



 ◆



 外で、車のエンジンが停止する音がした。はっとして、目を開ける。

 息子の車だ。

 周真が帰ってきた。

 あたりは薄暗い。深夜──いや、もう早朝か。

 そして玄関のドアが開く音がして、私は寝室の戸を開けて廊下へ出た。


「……周真?」


 玄関で、待ち侘びた長男の姿を認める。靴を脱ぐ途中の姿勢で、私を見てぎょっとしている息子。

 私は息を止めて、その様子を見つめた。

 まだ朝が早いから、ばれずに自室に忍び込めると思ったのだろうか。本当、やることなすこと幼いというか、かわいげがあるというか……。


 周真は取り繕うように苦笑いをして、「ただいま……」と小声でつぶやいた。

 私は呆れて、何から声をかけるべきかと思案する。

 すると、なにかに気がついた。昨日までの息子と、どこかが違って見えるのだ。

 しばし、その顔をじっと見てしまう。

 なんだか浮かれたような空気。夜更かしをしてきたはずなのに、普段より目が疲れていないうえに、肌つやも良い気がする。


 これは、そういうこと……なのだろうか。

 母親の勘だ。息子を長年近くで見てきたからこそ気がつけたとも言える。

 でも、ついさっきまで、いつまで経っても幼い子供のままだと──そう思っていたのに。


「おかえりなさい。洗濯物があればカゴに入れておいてね」


 それだけを告げて、私は寝室に戻った。

 本当は、小言でも言ってやるつもりだった。

『どれだけ心配したと思ってるの』って。

 けれど、そんな気持ちは失せてしまった。幸せそうな息子に、余計なことを言ってしまいそうで。


 寂しいような、誇らしいような。

 そんな朝であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

朝帰り 焼おにぎり @baribori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ