輝くあなた

しきまさせい/マニマニ

ソファの上に長い体が横たえられている。筋肉質だが細く引き絞られていて、床へと下ろされた腕には乾いた均質な肌に太く緑色を透かした血管が走っている。肩口は明るい茶色をした髪がかかり、その毛先は暖色に設定された黄色い光に透けてところどころ緑がかった金色をして呼吸に合わせて揺れていた。どうしてか、眠っていればいいのにと思った。足音を立てないようにそっと歩み寄り、顔を覗き込む。彼はそれを待っていたかのように微笑みを湛えてこちらを仰ぎ見た。

「おはよう」

「おかえり」

「寝てた?」

「うん、今何時?」

「もう日付回るよ。ベッドにいればよかったのに」

 彼は緩慢に首を振るとラグを叩いて座るように促してくる。俺はコートを脱いで荷物を放り出すとその腕の下に座り込んだ。肩に肘が置かれて、大きな手のひらが耳から頭にかけて覆っている。酔いの回った肌には少し低い体温が心地よかった。

「変な話してもいい?」

 後頭部に振動を感じる。唇が髪に触れている。くすぐったくて少し笑ってしまった。

「いつもするじゃないか」

「そうだけど、今日のは変だし、嫌な話かも」

「いいよ」

 声は静かで、しかしいつもの柔らかさを欠いた硬い音をしていた。彼、吉住彗は緊張するとこんな声を出す。初めて会う人、年上の女の人、自分に受け止められないくらい興味を剥き出しにしてくる人。彗に初めて会った時もこんな声をしていた。

「昔の話なんだ」

 すう、と腹に入り切らない、肩を上下する大きく浅い深呼吸をして彗は喋り出した。

 

 ずっと黙ってたけど俺は昔すごく怖い目に遭ってる。その時の記憶は少し変で、女の人が俺より小さい子どもに、ものすごく期待した目で包丁を振り上げるのを狭くて暗いところから、扉の隙間から見ている。そんな子どもの俺を後ろから見ているんだ。子どもの俺がいる場所は、大人の俺が入るような隙間があるはずないのに。変でしょ?それでね、それからその子どもの俺はこっちをぐるりと向いて、見開いた目で、でも少し面白がっているような感じで、言うんだ。

「あの人、次は右の肩を刺すよ」

 それから俺が扉の隙間の向こう側を見ると、薄暗い部屋の中、女の人が覆い被さっている小さい子ども……赤ちゃんって言ってもいいそんな年の子どものことがよく見えるんだ。まるで手元にあるみたいに。その子、体のあちこちから血が出てるんだ。女の人の手元は狂いまくってるのか、苦しめたいのかもわからない。その子は泣き声も立てないからもう手遅れなのかもしれない。でも一番嫌なのは、その子がぼんやり光ってみえる事なんだ。血を流している場所と、それから他の柔らかい汚れた肌の上が光って見えるの。一際光っているのが右の肩だった。それで子どもの俺が言った事を思い出す。

「あの人、次は右の肩を刺すよ」

 そうして言葉通りにその人が振り上げた包丁が当たり前のように光に吸い込まれていくの。

 そこから目が離せないで見ていると子どもの俺の声に次はね、って言われるんだ。


「思ったより嫌な話だな」

「そうでしょう。黙っててごめんね」

「話すタイミングもないでしょう、そんなこと」

「それもそうだね」

 笑い混じりに彗は答えた。心を守るために自分を自分から切り離した記憶なんだろう。それを自分で許せないから記憶の中の自分が今の自分に話しかけてくるように改竄しているのかもしれない。昔大学でとった講義を思い出しながらそんなことを考えていた。

「それでね」

「まだ終わりじゃないのか」

「うん、まだある。全部喋っちゃいたいの」

 いいかな?とまた後頭部を口付けて彼は言う。俺が断ることなんかないのに彼はこうして甘えて見せる。許しを求めてみせる。

「いいよ」

 

 それからね、俺は色んな人の体がキラキラ光って見えるの。腕だったり、脚だったり、脇腹だったり首だったり。それってどんな意味なのかな、期待でいっぱいの目で振り上げえた包丁が吸い込まれいくようなところなんだよ。

 

 声は震えていた。俺の頭を覆う手はすがるように力が入っている。ぐるりと振り向いて、その手が頬を覆うように動かしてやる。

「どこまで話したい?」

「ぜんぶ」

「全部ってどこまで?」

「俺の話したいところまで」

「じゃあそこまで話してもいいよ」

 長い髪がもつれている。指を通すとするりと解けていく。手のひらに頬を擦り寄せて目を合わせる。桃色の粘膜と青みがかった眼球に浮かぶ赤茶色の瞳孔は暖色の照明を受けて奥の奥まで透けて見えそうだった。いささか増えた水分にぬらりと光る様は彼が今まさに生きている体を持っていて、扉の奥に潜んで極限に笑うしかない子どもではないことを物語っている。

 

「辰哉は輝いて見えるんだ。全部」

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