その猛き閃光を

枯山徹舟

第1話  ― 序章 ― 爆ぜる

 爆音が、正午の静けさを切り裂いた。台風の去った初秋の空は、青く澄んでどこまでも広く、真っ白な雲がゆっくりと流れてゆく。


 二階建ての古びた木造家屋は南側の壁が大きく破損し、散乱する埃と煙が激しい炎とともに渦となった。路地を歩いていた通行人は爆風でよろめき、周囲の住宅や店舗ではガラス窓が割れ、破片が飛び散った。瞬く間にサイレンが街中に鳴り響き、通りのあちこちで人が叫び、走り、切迫し、うろたえた。火災現場の周囲には幾重にも人垣が連なり、混乱をあおった。喧騒と怒号が入り混じり、火の粉に巻かれながら消火に奔走する消防隊員たちは、音をたてて崩壊する家屋を目の当たりにし、すでに救助の対象が失われたことを悟った。何かのはじける大きな音がするたびにどよめきが広がり、異臭と煙が立ち込める中、うねる火柱に向かって放水の雨が降り注いだ。

 燃えさかる炎に向かって叫ぶ老夫婦は、警察官の制止にもがきながら、やがて泣き崩れた。

「かずこちゃん! かずこちゃん!」

老夫婦は、その紅蓮の凄まじさになすすべなく絶望した。悲痛な叫びが、そこにいたすべての人々の胸をえぐり、目前で失われた生命に言葉を失ったのである。力なく座り込む老いた夫を抱えるように、小柄な妻が泣き震えていた。


 静岡県中伊豆市郊外での火災は、火元となった住宅の近隣十数軒に延焼し、鎮火までおよそ三時間を要した。死者一名に加え、火傷や打撲などの負傷者は多数に及んだ。伊豆半島の北部に位置し、伊豆の玄関口として、古くから温泉旅館が並ぶ古風な趣の観光地である。静かなたたずまいの温泉街はつつましく賑わい、良く晴れた休日の平和をつんざいて、炎は上がった。爆発のあった家屋は、街の広い通りからやや離れ、細く折れ曲がった昔ながらの裏通りに面しており、消防車両の到着や消火作業に多くの時間が割かれた。

 中伊豆警察署の初動では、ガス漏れや可燃物への引火による不運な建物火災を想定していた。鎮火から数日たっても付近には異臭が立ち込めており、焦げた残骸が散乱していた。消防と警察が焼け跡の調査を開始してすぐ、徹底的に焼き尽くされた火災現場の検証で、すでに印象は変化し始めた。遺体の発見されたあたりを中心に数メートルの範囲は、ほぼ完全に炭化するまで燃焼しており、強力な可燃物の関与が疑われた。火災直前の爆発と併せ、捜査に関わる者たちは、得体のしれない異常に緊張し始めていた。

 さらに数日のうち、焼け跡周辺から辛うじて回収された電子部品の残骸によって、事態は急転した。焦げた部品の解析から、爆発の原因が、違法に製造された爆弾である可能性が浮上し、捜査員たちは色めき立った。さらに、火災現場からはアルミニウムを含む微量の油脂が採取され、ナパームに類似する成分の関与が明らかとなった。   

 ナパームは、戦時に開発された増粘剤を含む焼夷爆薬であり、一般に使用することはない。油脂が混合されており、焼夷弾として航空機から投下されると、周囲に付着して一帯を焼き尽くす。ベトナム戦争では、密林に身をひそめる敵を焼き払うために米軍が使用した兵器である。そんな燃焼剤が、爆弾として使用されたかもしれないのだ。もはや、ただの火災ではない。死者は結果として一名だけだったが、比較にならない大規模な災害となった可能性もあったのだ。確かに消防の散水では消火に手間がかかりすぎた。火が消えず、多量の消火剤が必要だった理由もナパームが使用されたのであれば説明がつく。火災は事故ではなく、何らかの意図で行われた犯罪であり、底知れぬ洗練された悪意に戦慄した。

 静岡県警は直ちに捜査員の増援を決定し、状況は刻々と緊迫したのである。

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