くっ! 殺せ! ※休暇中
第4話 サラダが食べたい
あのあとは疲労もあったし酸欠で具合も悪くなったし。
甘味なんかを食べには行ったが、割とすぐ宿舎に帰ってきた。
それとは別に、数時間『妹属性』魔法が抜けなかったアネッサに
「はい、あ〜ん♡」
「よせ」
「よさぬ」
「いうことを聞け」
「くっ! 魔法で従わせるなんて、お姉ちゃん悲しい……!」
「魔法って自覚あるなら、そのロールプレイをやめろ」
「追加でクッキーとジャムのセット頼もうか。あとスグリのケーキとー、砂糖とジンジャーのクッキーとー」
「おいおい、そんなに食えるのか」
「私は無理だけど、フューちゃんは食べるでしょ?」
「は?」
「いっつもたくさん食べるもんねぇ」
「大喰らいは認めるが、そこまで甘味に執念ないぞ」
「でも私が食べさせてあげたいんだよぉ! かわいい妹に! 甘味を!」
血糖値の暴力で殺されかけた、というのはある。
確かに
『騎士なら摂れるときに糖分は摂っとけ』(エネルギー源的な意味で)
と教えたことはある。
たぶん関係ないな。
「今日はごめんねぇ〜! 大変だったよねぇ!?」
「正直『気にするな』とは言えんレベルのダメージだった」
「うわあぁ〜!」
で、今は夜の宿舎。
アネッサは私の部屋に来て平謝り。
床で土下座するので、ベッドに座らせた。
「嫌いになった?」
「ならないよ。オマエは魔法掛けられた側だろう。なんの責任がある」
「ありがとぉ〜」
とは言うものの。
正座して捨てられた子犬のような顔。
まだ落ち込んでいるようだな。
まぁ私が部屋で椅子に座っているのも、気になるところなんだろう。
夜は飲みに行くのを楽しみにしていたが、昼に食べすぎたからな。
断念してパンとチーズだけ、という運びになった。
悪いヤツではないし、怒ってはいない。
普段は私が世話になっている。
励ましてやらねばな。
「それより明日は雑貨屋に行くんだよな? 楽しみだな」
「! うん!」
アネッサはよく小物を買っては実家に贈っている。
遠く離れている家族に、少しでも何かしてやりたい
肉体は帰れないかもしれないので、せめて形見は遺したい
というのは、騎士なら共通の心理だ。
私はやってないけど。
「楽しみだなぁ、えへへ」
すっかり機嫌を直したらしい。
アネッサは枕を抱いてベッドへ倒れ込む。
「おい。私のベッドだぞ」
「明日に備えて早く寝ないと」
「部屋に帰ってな」
「えー?」
えーじゃない。
さっさとベッドを開けろ。
なんだその上目遣いは。
「一緒に寝ない? 添い寝しない?」
「野営を想起することはせんのが私らのマナーだろう。生き死にの世界は忘れろ」
「お姉ちゃんはフューちゃんと添い寝できるなら死んでもかまわない!」
「命の価値安すぎるだろ。死刑囚でももうちょっとあるわ」
コイツ、魔法解けてないんじゃないのか?
翌日。
今日は昼から街へ繰り出した。
まずは昼飯を食って、それからショッピングだ。
空きっ腹だと冷静さを欠いて、余計なものまで買うからな。
アネッサは正常な思考でもいらんものを買うのが好きだが。
「今日もお出掛け日和だねぇ」
「おかげで人手が減らん」
今日も大通りは人で満ちている。
夏の太陽も相まって、鎧ではどうにも暑い。
歩きなのがまた煩わしさを増幅させる。
人の波に同じ目線で飲まれるのは、圧迫感があるものだ。
「馬にしてくればよかったかな」
「でも、小回りが効かないしねぇ。馬留めがないお店も入れないし。
あ! ご飯あれにしようよ!」
切り替え早いな。
どれどれ?
「ほう、サラダか」
前線じゃ、新鮮な生野菜を食える機会は貴重だ。
「なるほど。好きな野菜を選んで、自由にサラダを組み上げる方式か」
「私キュウリたっぷり入れてもらお〜! フューちゃんは?」
「じっくり考えるよ。注文できるまで時間があるしな」
でも複数種類の野菜がよりどりみどりなら。
内地でも混むに決まっている。
店員のいるカウンターまで、人の壁は厚さ3人分くらいか。
それも1列2列とかじゃなくて、横いっぱいに広がっている。
攻城戦を思い出すなぁ。
右にいるアネッサも、気を抜けば分断されかねない。
「にしても、人混みキツすぎるね」
「休暇中の外出くらい、私服アリにしてほしいもんだ」
「でも鎧じゃなかったら、今頃モミクチャにされてズダボロになってるかも」
「市民はモーニングスターか何かか」
だが確かに、心理物理ともに圧迫感はあるな。
「どうする。
「んー、でも、サラダ食べたいし。
あ、そうだ!」
「どうした」
「並んでる人にお金渡してさ。
『妹属性』魔法で買ってきてくれるようお願いしようよ!」
「は?」
何を言っとるんだコイツ。
「そりゃダメだろ」
「なんで? 横入りするわけじゃないし、奢らせてもないよ?」
「真面目に並んどる人はどうなる。それに、知らん人を操ってパシるのか」
オマエ、実はそんなに良識ある人間ではなかったりするのか?
「でも私たち、さっさと出た方がいいと思うんだ。鎧は硬いし、
人混みにいたら邪魔だよ?」
「うーむ」
一理ある。
鎧とぶつかったら痛いよな。
ところどころ微妙に尖ってるし、関節用の隙間に肉挟むと涙が出る。
「ねぇ。後ろに並ばれると出られなくなるよ」
「むむむ」
マナー問題は解決していないし、詭弁なのは分かっている。
でも正直、私も今すぐ出たいんだよな。
……人が多いからザワザワしている。
で、みんなメニューボードを見て、野菜の組み合わせを考えるのに夢中だ。
ほとんどの人には聞こえんし見てないだろう。
よし。
ターゲットはオマエだ! 私の前に立つ男!
一緒に地獄に堕ちろ!!(?)
「あの」
「なんでしょう」
振り向いたのは好青年。
頼み事がしやすそうな顔で安心だ。
同時に弄ぶ罪悪感もある。
「ちょっといいかな、お、お」
「?」
明らかに挙動不審な、身長も同じくらいの騎士女相手にニッコリ。
急かさず待つとはなんて聖人なんだ!
だがすまん!
一緒に死んでもらう!!
くっ、屈辱で胸骨のあたりが詰まってくる!
戦場で負った数々の古傷が、一斉に痒くなってきた気がする!
あぁぁあ! 両方のスネと左の二の腕と左目の下と額がめっちゃ痒い!
息苦しくて胸に添えた手が、自然と気弱な少女のようになって──
「お兄ちゃん……♡」
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!
なぜだぁぁぁぁ!!
ババア殺すっ!!
使えても使えなくても私を苦しめるのか魔法めがッ!!
今にも沸騰しそうだ。
触るなよ。わずかな刺激で噴火するぞ。
街ひとつ火砕流と火山灰で地図から消せるぞ。
そんな私の内面も知らず、青年は
「なんだい?
なんでも言ってごらん♡」
何ニヤついてんだ、殺すぞ。
次の更新予定
クール系女騎士の適性魔法が『火』でも『水』でもなく『妹属性』だった場合 〜戦争に勝つためとはいえ、この私がキュルルン上目遣い〜 辺理可付加 @chitose1129
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