第3話 では実践してみましょう(血涙)
ババア、おかしくなったか。
いや、元からオカシイんだったか。
「なんだって?」
「『妹属性』」
「なんだって?」
「アンタ若いのに耳が遠いね。戦争でやられたのかい」
確かに爆音や喚声でイカれるヤツは多いが、私は地獄耳だ。
陰口が多いからな!
それはさておき。
「何が『妹属性』だ、バカバカしい」
「でもそれが事実さね」
「嘘をつけ婆さん。
『火属性』『水属性』以下略ときて、『妹属性』だと?
パン、スープ、サラダの並びに『釘』って入るか」
「気持ちは分かるがね。世界は人間の納得より上で決まっとるのさ」
「その世界は決まった法則で動いてるんだ。人間みたいな悪フザケを起こすか。バカも休み休み言え」
「帰ろうよフューちゃん。時間の無駄だよ」
それもそうか。
金払ってたら、ハムみたいに縛って引きずりまわすところだが。
老婆を振り払う。
痛くないよう気を付けはしたが、保証しない。
「私だって、嘘ならもっと騙せそうなのをつくがねぇ」
おう余裕そうだな婆さん。何よりだ。
私はよく力加減を間違えるんでな。
「騙すならそうだが、からかうにはちょうどいいだろ。
『妹属性』な。正直ちょっとウマいこと言ってるよ。その漫談磨けば、街の人とも打ち解けるさ。じゃあな」
わざと怪我させるまえに、今度こそ帰る。
「待ちな。
そこまで言うなら、証明してみようじゃないか」
「はぁ?」
「もういいよ。つかみでスベった漫才はね、最後まで見てもらえないんだよ」
アネッサが強烈に私の腕を引っ張る。
おいおい肩が抜ける。
去っていく私たちを、老婆は追い掛けない。
ただ座ったまま声を張った。
「実際に使ってみればいい。
『妹属性』魔法を」
ほう。
「ちょっとフューちゃん。行くよ!」
「まぁ待てアネッサ。コイツはおもしろいぞ」
「何が」
「この婆さん、『使ってみろ』と言ったんだ。自分から真偽がハッキリするテーブルに乗ったぞ」
これでできなきゃ、ぐうの音も出ない証拠だ。
何も起きなくかった、
『存在はするが私に才能がなかった』
という場合も、
それは婆さんの見込み違い。
最初に『適性がある』と言い出したのはそっちだ。
鑑定士のプライドも一緒になくすことになる。
「さ、私は構わんぞ。ただ、今まで見たことも聞いたこともない。つまりは発動のさせ方が分からん。教えてくれ」
火の玉飛ばすなら誰でも分かる。
でも『妹属性』はなんだ。
ぶりっ子か?
魔法としてイメージできん。
「魔力を
挑発気味に顔を寄せると、
「『妹属性』は他とやり方が違うのさ。それが忘れられた理由でもある」
ちっちっちっ、と挑発気味に指を振られる。
「ただ全身の魔力回路を巡らせて、
相手を『お兄ちゃん』『お姉ちゃん』呼びすればいい」
「バカか?」
「最初からバカでしょ。帰ろ」
もう一度私の手を引くアネッサだが、
「試しにお連れさんに掛けてみな」
ババアが提案した瞬間、ものすごい勢いで振り返る。
「どうしたアネッサ」
「フューちゃん。やっぱり不正、詐欺、虚言の
「うん」
「だからここはハッキリさせるために、一度やっておこうか……!」
「痛い痛い痛い目が据わってるって」
手甲の上から痛いのは相当だぞ。握りすぎってレベルじゃない。怖い。
「で、婆さん。『妹属性』魔法とやらを掛けると、相手はどうなるんだ」
「アンタほどの適性があれば、そうさねぇ。数時間はアンタのことを、『溺愛してる妹』レベルで扱うようになるよ」
「なんの得もしないな」
「さぁ! 私を『お姉ちゃん』って呼んでみようよ!!」
「痛い痛い痛い妹イジメ反対」
これもう婆さんよりアネッサを納得させないと終わらんぞ。
「分かった。じゃあ『姉さん』でいいか」
「お 姉 ち ゃ ん!!」
「声がデカいな。じゃあ行くぞ」
「待ちな」
なんだババア。
人が嫌々意を決したところだぞ。
もう1回心の準備が必要になるだろうが。
「今度はなんだ」
「そんな無骨な態度で『お姉ちゃん』って呼ぶ妹がいるかい。
ちゃんと呼び方に合わせた振る舞いをしないとダメだよ」
「あ?」
それってつまり、
「オマエいい加減にしろよ」
「私に言われてもねぇ」
それもう魔法じゃなくて演技力だろ。
私ゃピエロか。
騎士団やめてサーカス団入れってか。
「『姉さん』呼びで発動しないのか」
「古文書には『お兄ちゃん』『お姉ちゃん』『お兄さま』『お姉さま』くらいしか」
「それ使用者の性格の問題だろ!」
「じゃあフューちゃん! もっとキュルンキュルンな感じで言ってみようか!!」
「勘弁してくれ!」
両肩をつかむな! 逃げられんだろうが!
「ていうかもう測定不可能だろう! コイツ掛けるまえからラリってるぞ!」
「大丈夫さね。その子との魔力量の差なら、なんでも言うこと聞くよ。そっちを試せばいい」
「いつもそうだよ!」
副官として、割とくだらないことでも忠実に尽くしてくれている。
普段は非常に助かってるが、ここではノイズだ。
「早くしないと終わらないよ。このあと観光するんだろ?」
「ババアあとで覚えてろよ!」
ともあれ、前にアネッサ後ろにババア。
このままでは日が暮れる。
やるしかない!
方面軍の連中は見とらん!
腰を少し曲げて、上目遣いで、両手を握って顔の下に添えて!
「お、
お姉ちゃん……♡」
ぎゃあああああぐわあああああぎああああああ!!
なんで私がこんなことをこんなザマでこんな目に!!
殺せええええええ!!
おいアネッサ!
なんとか言ったらどうだ!
「あ、ああ……」
『あ』じゃない!
私はオマエのせいでなぁ!
人生最大級の心の傷を
「ぎゅぅう〜〜〜〜〜っ!♡!♡!」
「ぐわあああああああああああ!!」
「お姉ちゃんですよぉ〜! ぎゅ〜!」
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!」
「ああん♡ そんな仰け反って逃げないの♡」
「オマエのせいで背骨が曲がっとるんだ!」
これもう姉妹とかいうレベルじゃないだろ!
「ギブ! 放せ! 放して! 死ぬ!」
「あっ、ごめんね!? やりすぎちゃったね!?」
「ゲッホゲッホエ゛ッホ!」
たっ、立ってられん!
この私が膝を突くとは!
酸素っ!
「ね? 私の言ったとおりだろう?
アンタを妹のように愛し、『放せ』と言えば放してくれる」
四つん這いになった背後から、ババアのドヤ声が聞こえてくる。
コイツ。
「いや、どうかな」
とりあえず見下ろされてるのはシャクだ。
立ち上がって睨み返す。
「まだ認めないのかい」
「放してくれたのはアネッサが優しいからかもしれん」
「強情だねぇ」
「あぁ、だからダメ押しのために、
アネッサお姉ちゃん、ババアとイチャイチャして」
「「えっ」」
「お姉ちゃんほら早く」
「フュ、フューちゃんが言うなら……」
「ちょっ、何言ってんだい急に!? イチャ!?」
「どのレベルかは知らん。アネッサの基準による。だが、
さっきのを見るに、激しい寄りだろうな?」
「やっ、やめさせ、やめろっ!?」
「私だって嫌だけど、これもフューちゃんが望んだことなの!」
「あ、うわ、
ほああああああああああ!?」
始まった惨劇はあえてレポートしない。
ただ、私は酸欠の脳でこの世の地獄を眺めながら、
「ロクな魔法じゃない」
「ぎええああああ!!」
「フューちゃああん!!」
「……出世しよう」
出世して、前線を離れて。
魔法など縁もゆかりもない世界へ逃げよう。
硬く心に誓った。
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