第21話
ヴォルフが王宮を歩いていると、ふとかけられる声。
その声に足を止めれば、そこにいたのは、微笑みを携えたジニアの姿だった。
「妹が世話になっていると聞きまして、お礼をしなくてはと思っていたんです」
案内された部屋には、護衛である騎士の他には誰もいなかった。
ブルーベルとリアムを屋敷に匿ってから、既に一週間が経っている。
その間、不審な動きをし始めた王立騎士学校の生徒を始めとした、一部の貴族たちの動向は、変わらず探っている。
現国王を含めた一部の者には、ブルーベルの所在については伝えているし、それはブルーベルの兄であるジニアにもだ。
「全ては、このグランティア王国のためです。どうか、お気になさらず。ブルーベル様につきましても、此度の件が終わり次第、すぐにお返し致します」
「その忠義に感謝する。でも、ブルーベルの件で、少し」
微笑んだままではあるが、少し影の差したジニアの表情に、ヴォルフも少しだけ警戒する。
「そんなに警戒しないでください。ちょっとしたお願いですよ」
「何でしょうか」
「ブルーベルを、このまま死なせることはできませんか?」
その言葉にヴォルフは、その大きな耳を微かに動かすが、すぐに静かすぎる程、動きを止めた。
そして、静かに、その大きな口を開いた。
「おすすめは、致しません」
「わかっています。現状、自分の立場が、後ろ盾がほとんどないことも、本来であれば、ブルーベルを有力な公爵や他国へ嫁がせ、自分の強力な後ろ盾にすべきということは」
母であり、王妃であったジャスミンが亡くなった後も、王宮や貴族たちの闇から、伊達に妹共々生き残ってきたわけではない。
時には愚かな無知ふりをしながら、権力に群がる貴族たちに担がれ、妹であるブルーベルと共に、ここまでやってきた。
――これが本音か。
ヴォルフは、微笑みを絶やさず、しかし、その目にひどく冷たいもの携えているジニアを、見つめ返す。
「ですが、私には必要ありません」
それで本当にいいのか。
そう聞くのは、野暮だ。その程度の覚悟、目の前の男は、とっくの昔に済んでいる。
もしかしたら、クレアをブルーベルに引き合わせたのも、この男の差し金かもしれない。
「……王家の言葉というならば、従いましょう」
ヴォルフの言葉に、ジニアの表情が微かに緩むが、続けたヴォルフの言葉に、その表情はすぐに強張った。
「しかし、ブルーベル第二皇女のお気持ちを聞いたことはありますか? ジニア第二皇子」
本人へ、返答を聞くまでもない。
ブルーベルは、ジニアの言葉を聞いたとして、きっと納得はしない。
「残念ながら、妹には嫌われているようなんです」
「そのようですね」
コルクたちからの話を聞く限り、ジニアだけではなく、腹違いの兄妹も含めて、あまり好いてはいないようだった。
時折見かける様子からしても、ブルーベルが好く要素の方が無さそうではあったが。
「どうしても、できませんか?」
「緊急の事とあらば、我が忠義をお見せすることもできましょう。しかしながら、此度はその時ではないと、私は確信しております」
ヴォルフの言葉に、ジニアはじっとヴォルフを見つめ、問いかけた。
「なにか、掴んだのですか?」
「このまま放置しても、自然と消滅するような件です」
すでに手に入れた情報を合わせれば、ヴォルフたちが動かずとも、解決する可能性が高い。
「ブルーローズまで動かしておいて、ですか」
「アレはこちらも予想外でしたが、おかげで情報が早く集まりました」
焦りにも似た瞳の揺れを眺めながら、ヴォルフは小さく微笑む。
「是非、ブルーベル様がお戻りになられましたら、兄妹でお話をされてください。とても楽しい話が聞けますよ」
「……楽しみにしておきます」
微笑みこそしていたが、ジニアの目は、拗ねた子供のような色を孕んでいた。
「いやですわぁ。ご主人様ったらぁ、私があのようにおちょくることを許されないのに、ご自身ではするなんてぇ……ズルいですわぁ」
馬車に揺られながら、頬に手を当て、不満そうな言葉を漏らすココノエに、ヴォルフも心底嫌そうに表情を歪め、ココノエを睨む。
「お前の
「あらぁ? そんなことありませんわぁ。ジニア様からすれば、我々だって、多少信用できる敵なんですものぉ」
妖艶な笑みを浮かべるココノエに、ヴォルフはまた痛み出す頭痛に手をやる。
「――それで、リザードゴートの動きは?」
話題を変えようと、真剣な口調で、ココノエに調べさせていたことを問いかければ、ココノエもすぐに頬から手を下すと、答えた。
「予想通り、フォリスを切ったようです。そろそろ、躍起になってくる頃かと」
「そうか。では、少し危険だが、ブルーベル様に動いて頂こう」
「承知致しました」
流れていく景色へ目をやりながら、ヴォルフはそう口にした。
*****
父からこれほどまでに本気で殴られたのは、どれくらい振りだろうか。
「何をしたのかわかっているのか!? このままでは、フォリス家は全員、処刑台送りだ!!」
これほど、怒鳴られたのは、いったい、いつ振りだろうか。
「し、しかし! 第二皇子派に加担していた、裏切り者は排除しました!」
「その話をしているのではない!! 何故、皇女にまで、手を出そうとした!!」
青い顔で頭を抱える父の気持ちが、理解できなかった。
青を通り越して、白い顔で倒れた母の気持ちも、理解できなかった。
「王族に手を出せば、死刑だということもわからないほどの、愚か者だったのか……!」
そんなことは知っている。
だけど、第二皇女は、第二皇子の唯一の肉親で、彼女がいなくなれば、第二皇子の勢力は大きく傾き、第一皇子の地位は、より盤石となる。
そうすれば、その要因のひとつとなった自分たち、フォリス家は、第一皇子派の中でも、より地位を獲得できる。
裏切り者を排除したことで、アルグディアン家にも貸しができて、良いことではないか。
「――――」
だが、父は、ただ理解できないものを見るような目で、こちらを見るばかりで、何も答えてはくれなかった。
「……わかりました。父上。では、私が、今度こそ、確実に第二皇女を殺して参ります」
あいつらが、第二皇女を殺せなかったせいで、こんな面倒なことになっているのだ。
王家の犬であるズナーティオ家も動いているらしいが、第二皇女を殺し、次期国王たる第一皇子より、自分たちの行いは正しいものであったと口にしてもらえれば、番犬はすぐに黙る。
たったこれだけの事だ。
それだけのことが、どうして自分の両親でありながら、思いつかず、実行できないのか。
「考えるのは後だ。結果を示せば、父上たちも黙るだろ」
想像ができないならば、目の前に、結果を出せばいい。
そうすれば、簡単に納得する。
そう決めると、キルト・フォリスは、自分の命令に従う使用人たちを連れて、屋敷を出るのだった。
碧鐘の護り手 ~ 白き守護者の死の謎を追え ~ 廿楽 亜久 @tudura
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