第3話(どん)

 週末、出産した友人たちとランチに出かけた。

 店内の小上がり席に並んで座る。話題の中心は当然――


「もう、毎日大変でさ。夜泣きで眠れないの。昨日も三時間しか寝られなくて!」


 私はうなずき、笑顔を作る。子ども、授乳、離乳食、保育園…話題は止まらず、相槌のタイミングを計るのに必死で、また頭の中で軽くため息をついた。


「香苗は最近どう?そろそろ結婚とか考えないの?」


 さも当然のことのように聞かれ、一瞬思考が停止した。

 今はまだ考えられないかな、と曖昧に笑う。


 結局、社会は当たり前に敷かれたレールの上を走ることを強要してくる。

 多様性だの、選択の自由だのと言われても、そこに座れる椅子は最初から限られているのだ。


「いいなあ香苗は自由で!私も早く社会復帰したいよ〜うちも毎日大変でさ」


 別の友人がスマホの画面を覗き込み、赤ん坊の写真を見せ合いながら意気揚々と話す。笑顔の奥に微かな誇示があるのを感じるのは先入観からだろうか。


 私はコーヒーを飲み、笑顔を貼り付けたままあの女のことを思い出していた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

偽善者の椅子 純情残業隊 @dokusho0611

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ