花形男子の恋煩い。

かみを

第1話 

 朝の風が心地いい。

学校へ向かう道すがら、目に映る景色の移ろいも、一年経てばすっかり馴染みのものになった。


 高校二年生に進級してから、二ヶ月が過ぎた頃。

きっと人生の大きな思い出になるであろう俺の高校生活は、それなりに充実していた。


「未暎ー!」

背後から太陽のように明るい声が上半身にのしかかる重さと一緒にやってきた。

「…っ凪芽!」

人懐っこい笑顔に、よく見ると意外に凛々しい顔つきをしている彼、夏橋凪芽(ナツハシ ナギメ)は、乱れた髪をそのままにし、今も俺の背中に重心を預けている。

同じ中学校出身である凪芽とは、高校生になってから部活を通して仲良くなった。

「……お前ら朝から何やってんの。」

少々、いや、かなり呆れた声で長身眼鏡の男が俺達を傍観する。

「…景!助けて凪芽がっ!」

俺はもう一人の友人、井関景(イセキ ケイ )に助けを求めた。

景は深いため息をつきながら、凪芽のリュックを軽く引っ張る。

「今日の一時間目テストあるよ。しかも赤点取った奴は補習あるらしい。」

景の言葉を聞いた凪芽は青ざめた様子で、俺の背中から離れて行った。

「…未暎"は"頭良いから。」

景は凪芽に耳打ちし、一人足を進めた。


 俺は必死に凪芽を引き連れて、なんとか教室へ続く廊下まで辿り着くと、お決まりの光景が広がってた。


俺は無意識に溜息をつく。


何十人にも及ぶ女子の群れが二年A組に集中している。

前扉も、後ろ扉も明らかにクラスメイトではない女子で塞がれている為、出入りがしづらい。

先に到着していた景も、方向転換しこちらへ戻ってきた。


「…毎回顔ぶれが違うんだよなぁ。」


進級してから二ヶ月も経っているのに、人数は減らないどころか増えている気がする。

俺はあからさまに嫌な顔をしている景と凪芽の盾になり、"すみません通ります"と会釈をしながら、教室の前扉まで歩みを進めた。


「…っなんか今日一段と人多くなかったか?」

教室に入るなり、すぐさま景は肩を下ろす。

「ほんっとそれな!?」

景と凪芽が会話をしている間に、俺はさりげなく前扉を閉める。

女子の苦情が扉越しに聞こえてくるが全く気にしない。

「春葉くんも大変だよね。」

俺が同情するように呟くと、二人は首を大きく縦に振った。


 ー女子の視線の先にいたのは、

窓際の後ろから二番目の席に座る、色素の薄い青年、春葉佐名。

 世の中は不平等。そう口を揃えて嘆かれる程の美青年で、この学校生粋の有名人である。

去年は別クラスだったのにも関わらず、彼の話は風の噂で聞いていた。


俺は春葉くんの方に視線を向ける。

…実際、テレビに出ている芸能人よりも顔が整っているなと、男目線でも思う。


 思ったより長い時間、彼のご尊顔を眺めていたせいか、ふと視線が交差する。

そして、分かりやすく顔を逸らされた。


男からの視線なんて気持ち悪いに決まっていると、俺は

小さく身震いをして自分の席に向かう。


俺は後ろ扉が閉まっていることを確認し、テスト勉強でもしようと椅子に腰掛けようとする

…が、それは友人達によって拒まれる。

「未暎おはよう!今日クラスの皆んなでボーリング行くから予定空けといて!」

「お前いないとつまんないからよろしく!」

「女子達もお前がいてほしいってさ〜。」


「…俺ってそんな暇そうに見える!?」

俺に断る選択肢はないのかと内心思いながらも、今日は部活も他部活の"手伝い"も頼まれていなかった為、二つ返事で承諾した。

「他部活に助っ人頼まれても今日は断れよな。」

「えっ、そりゃ遊び優先ですよ?」

俺は勉強の事を忘れ、近くにいた女子達も巻き込んで立ち話を続けていた。

話題は今日の予定の話から世間話へ、今は恋話に拍車がかかっている。

「…てかうち本気で春葉くん好きになりそう。」

頬を赤らめながら言い出したのは、括られているポニーテールが特徴の相良愛育(サガラ アイ)。

周りの女子達は愛育の方を見ながら、ニッと笑う。

「ねぇ未暎。春葉くんの好きなタイプ聞いてきてあげてよ。」

「っはぁ?」

女子達の予想外の頼みに、俺は腹の底から大きな声を出す。

「ほら、行った!」

「…っいや!なんで俺!?」

俺に断る選択肢はないのか。と、再び思わされる。

「ついでに今日のカラオケも誘って来て!」

…こういう時の女子の団結力は異常だ。

先程まで俺の肩にもたれかかっていた友達は、今や背中を押してくる。

聞き出すまでは戻ってくるなという圧がひしひしと痛いくらいに伝わってきた。



(…そういえば。)

「好きなタイプ聞こうにも聞けないじゃん。」

俺の言葉に一同は唖然とする。

「…だって春葉くん"声"出せないよ。」

女子達は"失念してた"と言わんばかりの表情をこちらに向ける。

「じゃあ今日のボーリングだけ誘ってくるから。」

俺は心底安堵し、再び彼の元へ向かおうとすると紙の千切れる音が鼓膜に響いた。

…嫌な予感がする。

「筆談でお願い。」

愛育は血走った目で俺の手に強く紙を握らせた。

俺の安堵は彼女への恐怖と変化する。


 人見知りとは真反対の性格だと思っているが、この時ばかりは心臓がバクバクしていた。

なんて話しかけようか…なんて普段人と話す上で考えた事がないから自分でも驚く。

しかしながら考えている内に、身体はもう本人の目の前に佇んでいた。

「…えーっと、春葉くんだよね。ちょっと聞きたい事があって。」

当然ながら春葉くんは、大きな目を更に丸くした様子でこちらを眺めている。

「花北じゃん?どーしたの?」

そう俺の名前を呼ぶのは、先程まで春葉くんと笑い合っていた、短髪猫目の体育会系男子、鍛冶屋伊織(カジヤイオリ)だった。

2人の間を邪魔してしまい、申し訳なさで一杯になる。

「……単刀直入に言うね。春葉くんの好きなタイプを教えてほしい。」

俺は回りくどいのは嫌いだ。

少々恥ずかしかったが、愛育から強制的に預かった紙をそっと春葉くんの机に置く。

恐る恐る彼の方に視線を向けると、なんだか頬が赤らんでる気がした。

俺は一度冷静になる。

ほぼ初対面のクラスメイトの男から、いきなり好きなタイプを聞かれるのは現実的に考えて相当ヤバい奴なのではないか。

……まずい。訂正しなくては…。

「…ごめん!俺が知りたいんじゃなくて、…その、クラスの女子に頼まれちゃって…断れなくて…。」

声量が次第に落ちていくのが自分でも分かる。

でも、事情さえ分かってもらえれば同じ男として納得してくれるだろうと…そう勘違いしていた。

俺は再度視線を彼に向けると、先程まで赤らんでいたはずの頬は血色を失い、こちらを鋭く睨んでいる。

(っやらかした〜〜〜!!!)

俺は心の中でそう叫んだ。

美形の怒った顔は迫力がありすぎる。

「いやほんとにごめん。断れなかったって言っても、言われた側は嫌だよな。もう二度としない。」

俺は精一杯の謝罪をする。

この流れでボーリング誘うのは気まずいな〜と、懸念しつつも遊びの誘惑には敵わない。

まずは鍛冶屋に話を振ってみる事にした。

「あのさ、話変わるんだけど今日クラスの奴らでボーリング行くんだけど良かったら来ない?」

鍛冶屋は強化運動部であるラグビー部に所属している為、断られる前提での誘いだったが、思いの外乗り気な様子だ。

「楽しそーじゃん。今日部活ないし行ってもいいか?」

まさかの承諾に俺は大きく首を縦にふり、"もちろん"と返した。

(…あとは…。)

視線を春葉くんの方に落とす。

彼は俺を避けるかのように窓の外を眺めていた。

「…ほら、佐名も行きたそうな顔してるよ。」

鍛冶屋は口角を上げながら彼の顔を覗き込む。

「…正直人数は多い方が楽しいし、来てくれたら凄い嬉しい。」

俺がそう話すと、一瞬だけ春葉くんがこちらを向いた気がした。


「みーーーあき!ちょっと来てー!」

(…そこまで叫ばなくても。)

教室中の視線が自分に集中しているのが分かる。

それは春葉くんも例外ではなかった。

「……っ、じゃあ呼ばれてるから行くね…。」

俺は少し恥ずかしさを覚えながら足早にこの場を後にした。

去り際に、鍛冶屋が「気にしないで。」と天女の笑みと一緒に言葉を掛けてくれたが、"気にしないで"とは、どういう事だろうか…?


「お前あの美形君と仲良かったんかよ?」

物珍しそうな目で俺と春葉くんを交互に見ている彼は、去年クラスが同じだった部活仲間だ。

「…いや、今日皆んなで遊ぼうって話で声掛けてただけだよ。」

加えて、"女子に頼まれて好きなタイプを聞いていた"なんて言える訳がない。

でも…嘘はついてない。

「まじ?俺去年同じクラスだったけど、そういう集まりは参加しないイメージあるわ。」

「えっ、そうなんだ?」

 確かに大人数での遊びに積極的な印象はないが、今回は鍛冶屋も出席すると言う事で来てくれるのだろう。

「いや〜バレー部メンツで今日カラオケ行こうって話だったんだけど無理そーだな!」

彼は残念そうに俺の肩を叩く。

「分身出来ないの悔しいわ。」

俺は軽く冗談を言いながら彼の肩を痛くない程度に叩き返した。

「てかもう直ぐ予鈴鳴りそうだから帰るわ!今度こそ遊ぼうな!」

短い会話を経て、彼は風のように自分の教室へ戻って行った。


 俺も教室に入ろうとしたその時、直近の記憶が思い出される。

「そう言えば春葉くん怒らせてたんだった…。」

結果的に皆んなで遊びに行ける事が相当嬉しかった為か、自分が春葉くんに睨まれていた事をすっかり忘れていた。

俺は教室に足を踏み入れると同時に、おずおずと彼の様子を伺った。

「…寝てる。」

一時間目の小テストに向けて、教科書を開いていたつもりだろうが、首がぐらついていた。

隣で真面目に勉強をしている鍛冶屋と対照的である。

「…っふ。」

無意識に溢れた小さな笑い声とともに、先程までの緊張が少しだけ溶ける。


…ボーリングの時にまた謝ろう。


































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