「私は君のファンだからね」

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 あーあ。なんでこんなことになっちゃったんだろうなぁ。

 こうならないために、今まで生きてきた筈なのに。


「なんで……どうして!」


 達観していた俺を現実に呼び戻す怒鳴り声がダンジョンに響き渡る。

 今の声でモンスターが寄ってくるかもしれないな。なんて他人事のように思いながら目の前の人物を見据える。


「なぜ邪魔をするんだ竜牙!? 何をしたのか分かってるのか!?」


 雨音風雅。

 初めて出会ったときはそよ風のような風しか出せなかったソイツは、今は嵐を伴って戦場を駆け抜けていた。

 ともすれば、その成長に対する感慨を味わっていたかもしれないが、今の俺にその資格はない。


 今の俺は、明確に人類を裏切っていた。


『横槍か!? クズ野郎が!』

『出しゃばって邪魔するんじゃねぇよ!』

『私たちを殺す気!?!?』

『またモンスターが出てきたら責任取れるのか!? ええっ!?!?!?』


 風雅の後ろに控えるドローンから配信コメントが浮かんでは消えていく。

 風雅がリスナー達を安心させるためにと、いつものように配信していたそれは、人々を絶望させる舞台装置になってしまっていた。


「堂ヶ崎竜牙……多少はマシかと思いましたのに」

「だから言ったのよ! あいつも堂ヶ崎だって!」

「……だめ、追跡できない」


 風雅のパーティメンバーも容赦なく俺を責める。

 冷静に俺が逃がしたドラゴンを探す者も居たが、それも無駄に終わったようだ。


「答えろ! 竜牙!」


 風雅に再び問われた。


「………アルカナは、俺が守る」

「………アルカナ?」


 言うつもりはなかったが、ポツリと溢れてしまった。

 風雅は誰だとばかりに首を傾げた。無理もない。

 アルカナを知るのは、今の世界では俺だけだった。

 本当はこうするつもりはなかった。

 俺の安寧を考えるなら、アルカナのことなんて無視すれば良い。

 そうすれば、恵まれた才能とこれまでの経験で順当な人生を歩めたかもしれない。

 だけど……


『大丈夫。君はここにいていいんだよ』


 彼女は俺の孤独を………転生者という、否が応でも孤立しなければいけない俺に光を与えてくれた。

 だったら、救うしかない。

 幸い、俺は彼女を救う方法を知っていた。

 だけど、それにはあらゆるものが足りなかった。

 時間も、必要な物も、協力者も。

 まるで世界が彼女を確実に葬ろうとするかのように。

 少なくとも、この世界の作者カミサマはそのように作っていた。


「理解を求める気はない。だから地上に戻ってくれ」

「ふざけるな! あのドラゴンを倒さなきゃ、また地上にモンスターが溢れてしまうかもしれないんだぞ! そうなったら、多くの人が傷つくんだ!」


 そうかも知れない。でも、あのドラゴンはダンジョン・コアそのもの。アルカナの命とリンクしている。

 そんな説明をしてもきっと意味がわからないだろうし、単なる愉快犯か狂人の類と思われるだけだろう。


「竜牙!」


 ああ。もっと俺に力があればいいのに。

 せめて、眼の前の主人公も俺と同じ転生者であったなら良かったのに。

 そうすれば、アルカナを殺させる展開なんて、簡単に覆せるのに。


「ならば、押し通るまで」

「!?」


 俺の魔力と奴の魔力がぶつかり合い、空間を揺らす。

 まるで原作の風雅と竜牙の決闘シーンのようだと自嘲する。

 だが原作のように殺されるわけには行かない。覚悟を決めて剣に魔力を込めた。

 原作で竜牙が殺されるシーンを想起させるせいか、脳裏に走馬灯のように過ぎる。

 俺が堂ヶ崎竜牙として生まれた時のこと。

 近い未来に訪れる悪役としての末路に絶望した時のこと。

 ──そして、このダンジョンでアルカナとすごした日々のことを。

 それだけで俺の腕に力が宿るのだから、我ながら現金なものだ。

 でも仕方ない。自分勝手でもそう決めたのなら、あとは前に進むだけだ。

 俺がどれだけ今に嘆いても、これだけは逸れることはないと、胸を張って言えた。


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「良いね。熱いね。素敵だね!」

「勘弁してくださいな……」


 先輩は夢中になって部誌を広げていたからか、俺が声を掛けるまで気が付かなかったらしい。

 眼の前で自分の小説を読まれることの小っ恥ずかしさと言ったらない。


「おや、おかえり。たこ焼きと焼きそばは買えたかい?」

「なんとか。結構混んでてキツかったです」


 時は文化祭と相成り、部誌も無事に完成した。

 部長は先輩の作品に半笑いながらも「まあ、良いか」と作品を受諾し、俺も締切ギリギリながらもなんとか作品の入稿ができたのだった。


「ありがとう。お祭りには焼きそばとたこ焼きだと私の魂が言っているんだ」

「たぶん、俺も先輩と同じ魂を持ってますね」


 一応、文芸部の作品展示として開けている部室であるが、残念ながら人の入りはまばらだ。

 俺と先輩が受付になってから来たのは三人だったが、それすら盛況だと言えた。


「部誌を読んだ人、なんか言ってました?」

「大体は私の『典型的異世界チート主人公の生涯』の感想ばかりだねぇ。立ち読みで長編を読み切るのは難しいしね」

「でしょうね」


 思わぬメリットである。文化祭の展示としては、実は先輩の作品は正解だったのかもしれない。

 読んだ人にアンケートの協力をしてもらっているが、この分だと先輩の作品の感想が溢れそうだ。


「実に勿体ないよ。君の力作を読み込む時間がないのが惜しまれるね」

「押し付けてまで読んでもらうもんでもないですからね」


 ガラスのハートの自覚はあるから感想によっては砕けてしまいそうだ。

 救いは、熱心な読者の先輩には気に入って貰えたことだろう。


「サスペンス的とでも言うのかな? こういうホットスタートは私好みみたいだ。最後まで竜牙が死ぬかもとハラハラしたものだよ」


 本当に気に入ってるらしい。正直なところ、竜牙とアルカナの結末は最後まで悩んだものだが、ハッピーエンドにして正解だったらしい。


「まあ、気に入っていただけて何よりです。はい」

「お? 照れてる? かわいいじゃないか後輩くん」


 うりうり〜っと肘で俺を突きながらおちょくる先輩になすがままであった。

 対抗策はないのでそのまま焼きそばを食べようと手に取った。


「そんな君にプレゼントだ」

「ぬぇっ?」


 何をしでかすのかと思えば、先輩はそのまま船に乗っているたこ焼きの一つを取ったかと思えば、それを冷ましてこちらに差し出した。


「口を開け給え」

「えっ」

「俗に言う『あ~ん』だよ。眼鏡美人のクールビューティーな先輩からのプレゼントを遠慮なく受け取るが良い」


 コイツ、とうとう自称しやがった。だが先輩はくーるびゅーてぃーだ。そこは譲らん。

 そんな俺の内心は気にしないとばかりに先輩は「ほらほら早く〜」とたこ焼きを構えてながら悪戯っぽい笑みを浮かべている。

 この野郎。いや野郎じゃないけどこの野郎。

 仕方ないので覚悟を決めて口に入れた。

 あっ! 熱っ! まだ冷めきってねぇ! 創作ではよくあるけどたこ焼きのあ~んは危険だな畜生!

 あたふたする俺に先輩は「ハッハッハッ」と笑いながらお茶を渡してくれたのでありがたく頂戴する。


「お味はいかがだったかな?」


 せっかくのたこ焼きを殆ど流し込むような形になってしまったので、味の感想もへったくれもない。


「熱かったですよ畜生っ」

「もう一ついるかい?」

「けっこうです!」


 愉快そうに笑う先輩に俺もたじたじだ。誰かこの空気を壊してくれないかしら。


「ユキちゃん」


 そんな俺の祈りが通じたのか、部室の入口から声がする。

 俺の救い主は部長だった。


「おや、マキちゃん。どうしたんだい?」

「交代の時間だよ。お外に行っちゃいなさいな」


 壁の時計に目を向ければそのとおりだった。部長の後ろにはもう一人の先輩もいて受付の席を開けろと目で訴えていた。


「あらま。いつの間に。では焼きそばを食べたら出ていくとしよう」

「邪魔だから中庭で食べちゃいなさいバカップル共」

「マキちゃん……?」


 部長の声にドスが乗った気がする。

 俺はそそくさと焼きそばを抱えて出口に向かうことにした。


「それでは部長。よろしくお願いします」

「ああ、待ち給え後輩くん。置いてっちゃやーだー」

「はよ出てけ」


 部長の暖かい声援を背に部室を後にした俺達だった。


「焼きそば食べたらどこ行こうか?」


 隣に来て先輩が問いかけてくれる。


「取り敢えず、並んでるところは止めましょうか。時間が勿体ない」

「いやいや。せっかく二人でいるんだ。むしろ並んでるところに積極的に行こうじゃないか」


 二人でいるなら暇つぶしなんていくらでも出来るよ〜と先輩は語るので「ですか」と頷いておいた。


「ところで先輩」

「なんだい後輩」

「なんであんなリクエストをしたんですか?」

「ああ、別に大した理由じゃないよ。みんなが面白がってる悪役転生やら現代ダンジョン物やら、私だけがその面白さを享受できないのは不公平だと思ってね」


 面白いミステリーって探すのが難しいのに、みんなは簡単に見つかってずるいよねぇ〜。と先輩が語る。

 良い例えかはわからないが、先輩の感覚としては、広大な図書館に対して、自分の好きな作品の占めるスペースが他の人とくらべて少ないと感じていたのだろうか?

 読書家の中でも好き嫌いが強い先輩にとって、そうなるのは必然でも寂しいことなのかもしれない。


「自分のはミステリーでもないと思いますよ?」

「別にミステリーだけが好きなわけじゃないよ。私は君のファンだからね。期待に応えてくれると信じていたよ」

「……ですか」


 こう、来るものがあるなぁ。趣味でやってるだけの素人小説に、そこまでのファンがいてくれるのは。

 静かな感動に浸っていると俺の右手を掴む感覚が現れる。


「さあ、早いところ焼きそばを食べてしまおう。そして占い屋さんにでも二人で行っちゃおう」

「……まるで恋人みたいですね」

「だね!」


 急かすように先輩が俺の手を引いてくる。

 俺はそれに抗わずについて行く。

 穏やかな空模様が俺達の行く先を迎え入れてくれるのを感じながら、俺は先輩の手を握り返した。

 その時に先輩が見せてくれた顔は、きっと生涯忘れないだろう。

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俺と先輩の文芸部の日常とか カイ @kai_20059

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