第7話最低最悪の取引き
「名乗らなくて良かったのかい? 今のキミなら、それなりに格好がついたと思うけど」
それは、進治と妖精が病院での戦闘を終えて帰路についてる最中のこと。
進治の肩に掴まる妖精が、ふとそんなことを訊ねた。
対して、裏路地を駆ける当の本人は特に気にした風もなく答える。
「言っただろ、ヒーローやるのは今回だけって。名乗ったせいで特定でもされてみろ、これ以上人生に余計な波風が立つのはゴメンだね」
『今回だけ』。それは進治が病院へ向かう前、確かに宣言していたことだった。
魔獣を倒したこと、そして人を救えたことは誇らしく思う。けれど魔獣が出現する度にあんな戦いを続けていては命がいくつあっても足りやしない。
であれば、ここで流されることなく断固としてNOを突きつけるのは至極当然のことだった。
だが、平穏無事を望む進治の思いとは裏腹に。
「そうかい。まぁ特定については今更だと思うけど」
「……ん、どゆこと?」
「あぁそっか、キミは寝て起きてすぐ病院に直行だったから知らないんだね」
妖精は、あっけらかんと言い放つ。
「とっくに特定されているよ。名前を検索すればサジェストに『ヒーロー』が、画像を調べれば中学の卒業アルバムが一発でヒットするくらいにはね」
「…………、!?!?!?、!、!?」
直後、進治の足がピタリと止まった。そして数秒の沈黙の後、声にならない悲鳴が上がる。
言わずもがな、声の主は進治だ。
横断歩道での二の舞を避けるため、人目の付きにくい道を選んでいたのが幸いした。でなければ今頃は再びギャラリーに囲まれていただろう。
だが今は、そんなことどうでもいい。
「どいうこと!? いやホントにどいうこと!?」
「そのまんまの意味だよ。特定、されてるよ」
「じゃなくて、何がどうしてそうなったって話で!」
「そりゃあ交差点の映像からさ。あとは制服から学校が、出席状況から教師やクラスメイトが、みたいなトコから芋づる式に。まあ辿ればもっと沢山出てくるだろうし考えてもキリがないと思うよ」
「嘘、だろ……」
崩れるように膝を付き、項垂れたまま両手で頭を抱える進治。頬がヒクヒクと引き攣り、顔色は真っ青。額にはビッシリと汗を浮かんでいる。
端的に言ってひどい有様だ、下痢を我慢する時だってもう少しマシな表情をしているだろう。
対して妖精は、いっそ腹立たしいほどに気楽なもので。
「そう落ち込むことでもないさ。ほら、人の噂は七五日って言うだろう? それに実際のところ、今の時代は流行なんて半月も続けばいいところ。どうせ話題なんて直ぐに流れるだろうし、ちょっとの辛抱だよ」
「他人事だと思って軽く言いやがる」
「実際ヒトゴトだしね」
「このクソウサギッ!!!」
励ますようで更に刺していくスタイル。
堪らずブチギレた進治は、肩に居座る妖精の頭を鷲掴みにすると宙ぶらりんのまま眼前に持ち上げた。
しかし妖精は、特に焦るでもなく続ける。
「そんなことより、早く戻らないと指名手配犯になっちゃうよ。いいのかい?」
「……お前ホント嫌いッ!!!」
妖精の言葉に、いよいよ本気でどこかにブン投げようとする進治。
しかし頭の隅に居る冷静な自分が、『一人で戻っては余計な面倒を抱えることになるぞ』と諭す。
ので、どうにか投球寸前の姿勢でセーブを掛けた進治は、妖精の頭を鷲掴みにしたまま帰路を急ぐのだった。
※※※※※
斯くして、進治と妖精は無事に自衛隊駐屯地へと帰ってきた。
帰ってきたのだが──。
「まあ結局、閉じ込められるのは変わらないよなぁ」
支給された寝間着のようなグレーの長袖長ズボンに身を包む進治は、三畳半ほどの広さの部屋でひとり布団に寝転がっていた。
それは、遡ること三時間前──。
病院から戻った進治と妖精を出迎えたのは、銃や防弾プレートで武装した大勢の自衛隊員だった。
入口では扇状に陣形が組まれ、誰も彼もが緊張の面持ちで
とはいえ、そうなるのも当然だ。
そもそも進治たちが病院へと向かうことが出来たのは、妖精による脅迫まがいの取り引きによる特例的な許可があってのこと。決して納得させて信用を勝ち取ったわけではない。
つまり進治と妖精が危険な存在である疑いは未だ残り続けているのだ。
進治もそのことを理解していたため、特に抵抗することなく彼らの指示に従った。
結果──現在こうして独居房のような部屋で独りの時間を過ごすに至ったのである。
「まぁでも、あの尋問部屋じゃないだけずっとマシだよな。監禁状態なのは変わらないけど、今は手足も自由だし、ご飯も出してもらえた」
進治は、両腕を天井に伸ばしながらポツリと呟く。
その言葉通り、彼の手足に枷は無い。そして腹も満たされている。
危険視されていることは変わりないものの、どうやら魔獣退治を果たした実績から多少の信用は得られたらしい。
部屋の中だけという制限はあるが、最低限の人間扱い……もとい一応の自由は許されていた。
なにより、
「あとは妖精が俺の身の潔白を証明してくれたら、晴れて元の生活に戻れるんだけど」
今、この場に妖精はいない。
戻ってきて直ぐ、進治とは別の場所に引き離されたからだ。
おかげで進治は一人、落ち着いて現状を思い返す時間を得ることが出来た。
……しかしながら、
──思い返せば思い返すほど、怒涛の展開続きだったなぁ……。
交差点の魔獣から始まり、ヒーローの夢を見たかと思えば現実で。拘束されたら半強制的に病院に出向くことになり、終わって戻ればまた拘束。
とんだハードスケジュールである。
彼が産まれてから今日まで、これほど忙しいと思った日はない。
なんなら未来を含めたとしても越えられるか怪しいところである。これ以上は勘弁してくれと祈りたくなるのも当然だ。
だが、その忙しさもようやく終わる。
直後、出入り口の鉄製の扉からノックの音が響いた。
そして進治が返事をする間もなく開かれる。
「失礼します、風守進治くん」
「っ! や、山田さん……!?」
部屋に入ってきたのは山田だった。
尋問部屋で会った時と同様、その姿は変わらない。紺のネクタイに黒い背広のスーツを着ている。
途端、進治は声を裏返しながら弾け飛ぶように身体を起こした。
忘れてはならない。現在、進治の社会的生殺与奪の権を握っているのは山田である。
約束は果たした。妖精を取り調べして話も聞いた筈だ。
つまりは、ようやく解放の可能性が見えてきたのだ。ここで心象を悪くするような振る舞いは、どんな些細なことであっても避けたい。
進治は慌ただしく姿勢を正して背筋を伸ばし、緊張の面持ちで山田の反応待った。
と、次の瞬間。
「この度は、誠に申し訳ありませんでした」
「………………へ?」
山田が真っ先に行ったのは、深々と頭を下げての謝罪だった。
途端、進治は困惑の表情を浮かべて首を傾げる。
対する山田は、頭を下げたまま次のように語った。
「あの小さなウサギ……妖精から話を伺いました。それを踏まえて様々な情報を照らし合わせてみたところ、どうやらキミは本当に巻き込まれただけの可能性が高いと判断されまして」
「え、えーっと……。それはまあ、そうなんですけど……」
進治の表情は、困惑のまま変わらない。
つい先程まであれだけ警戒されていたのに、ここまで態度を急変されては当然だ。
もちろん余計な疑いを掛けられないなら、それに越したことはない。これ以上疑われても泥沼化するだけだ。
けれどコトがコトなだけに、やけにアッサリした山田の対応にはどこか違和感があった。
果たして、その違和感が正しかったことを彼は直ぐに思い知る。
直後、山田が
「ところで話は変わりますが、このままヒーローを続ける気はありませんか?」
「そんなことだろうと思った!!!」
進治は激怒した。
やはり山田の狙いはこれだった。
「俺だけ取り調べも無かったし、随分あっさり謝罪されたと思ったらこれだよ! 嫌です、お断りです断固として拒否します」
「そう仰らずとも良いではありませんか。私は向いていると思いますよ? ヒーロー」
「あなたに何が分かるんですか」
「”これ”を観れば、誰でもそう思いますよ」
そう言って山田は顔を上げると懐から一台のスマホを取り出す。
尋問部屋で見たものとはデザインが違うことから、おそらく彼の私物と思われる。
その画面には、SNSに投稿されたとある動画が映っていた。
「これって……」
「あなたが病院で魔獣と戦い、さらには負傷した人を救護した映像です」
「え、いつの間に撮られてたの!? 誰が、どこから!?」
「アカウントを見たところインフルエンサーの方のようですね。どうやら偶然にもあの病院に居合わせていたらしく、避難途中にキミの姿を見て撮影せずにはいられなかったのだとか。……正直な話、こういう危険なことは控えて頂きたいんですがねぇ」
苦笑を浮かべて画面をスクロールする山田。
動画の説明欄には、まさに山田が語った通りの言葉が記載されていた。
「……インフルエンサーより戦場カメラマンの方が向いてると思いますよ、この人」
進治は目を細め、呆れ顔で呟く。とんだ命知らずがいたものだ。
ちなみに投稿は、まさに大バズリの真っ最中というところ。現在も大量のリプライが送られ続けており、内容としては主に
が、期待に応える気のない当の本人は唇を尖らせてそっぽを向いた。
当然、理由はひとつ。
何度も何度も、繰り返し言い続けてきたことだ。
「ていうか、こんな動画出されたってやりませんよ。病院に向かう前に言ったこと、聞いてましたよね? ヒーローやるのは今回だけって」
「えぇ、確かに。ですが……」
「だいたいっ! 家にだって丸一日帰ってないんです。親に何て説明したら……ってそうだ親! 未成年は保護者の同意がどうたらこうたらってのがあるんじゃないんですか」
どうにか食い下がろうとする山田。
対する進治は、親の存在を思い出すや否やここぞとばかりに捲し立てた。
進治の母親は、人の役に立つことや助けになることを尊ぶ人間だ。進治も母親から事あるごとにそう教えられてきた。
だが果たして、人のためとはいえ息子が命懸けで戦うようなことまで肯定するだろうか。
答えは否。
というより、それは彼の母親に限らない。大抵の世の親は我が子が危険の坩堝へ飛び込むことなど望まないだろう。
だからこそ進治は、自信を持って保護者というカードを叩きつけることができた。
だが、
「……そのことですが、キミに話しておかなければならないことがあります。落ち着いて聞いて下さい、風守進治くん」
「な、なんですか急に……。何を言ったところで」
ふと、山田の纏う空気が変わった。
それも、これまでの
例えるなら、病患者に余命を告げる医者のような悲痛さとでもいうべきか。
途端、進治の背筋に冷たいものが走る感覚。けれど彼は、あくまで平静を装って応える。
ヒーローを辞めることは決定事項なのだ。なにを言われたところで、その決断が揺らぐことはない。
しかし、
「キミのお母さん……風守
山田が告げた言葉は、いとも容易く進治に衝撃を与えた。
「………………………………は?」
長い沈黙のあと、進治はそれだけを絞り出す。
声は聞こえている。なにを言われたかも把握している。
だだ意味が理解出来ない。
時が止まったかのように身体が固まり、視界から色が抜け落ちる。
不条理な夢を見ているのに、それが夢だと理解できないようなフワフワした感覚。
「なんで、どうして」と、上擦った声が小さく漏れた。
そんな進治に、山田は目を伏せつつ続ける。
「風守くん、数刻前に地下の部屋で話したことを覚えていますか? 昨日出現した魔獣の数についてです」
「魔獣の、数?」
「『国内とアメリカでそれぞれ二箇所。中国、カナダ、フランスで一箇所ずつ』。……キミが交差点で倒した魔獣の他にもう一匹、国内に魔獣は出現していたんです」
「…………いや、いやまさか。だからって母さんがピンポイントでそうなるはず──」
「事実です。なにより被害に遭ったのはキミのお母さんだけではありません。被害者の数は確認できただけで一〇〇を超えています。中には……残念ながら亡くなられた方もいます」
「っ、」
信じられないと、進治は震える声で否定の声を上げようとする。
しかし真剣な山田の声が、進治が言い切ることを許さない。
後に続くのは、無情な事実。
「キミのお母さんは魔獣に襲われました。幸い一命こそ取り留めてはいるものの、現状意識回復の見込みはありません」
「は──」
息を吐くような声だった。進治は目を見開き、同時にワナワナと肩を震わせる。
視界が揺らぐ。思考が真っ黒に塗り潰される。
処理し切れない感情がマグマの如く胸中から湧き上がり、瞳の奥を濁らせていく。
脚から力が抜けて膝をつくと、今にも大声で発狂しそうになった。
その時。
「落ち着くんだ、風守進治」
ピシャリと、言い放つ声があった。
一体いつから居たのだろう。
山田の足元から、白いウサギがひょっこりと顔を出していた。
「やぁ、さっきぶりだね」
「妖精……?」
進治は、虚ろな眼差しで妖精を見下ろす。
そこには何の感情もない。ただそこに居ると認識しているだけの反応。
妖精が現れた、だからどうしたというのだ。コイツがいたところで事態は好転しない。母親は助けられない。
むしろ変わらぬ妖精の態度に苛立ちすら覚えそうになって。
進治は、はたと気づく。
「妖精……そうだ、妖精! お前の力があれば……!」
少しの思案の後、彼の瞳に希望の光が宿る。
ヒーローの力があれば、母親を救えるのではないかと。
病院で妖精は言っていた。
生きてさえいれば、どんな怪我でも一瞬で治せると。
そして先ほど山田は言った。
『一命は取り留めた』と。
ならば母親にも同じことが出来るのではないか、と。
進治は期待に満ちた眼差しで妖精を見る。
だが、
「残念だけど、それは出来ない」
「は?」
妖精は、無情にも首を横に振った。
途端、進治の表情が固まる。
「出来ないって、なんで」
「単純な話さ。条件が足りていない」
「じょう、けん?」
不安と動揺に声を震わせる進治。
対する妖精は、静かに口を開く。
「生きてさえいれば、どんな怪我も一瞬で治せる力。……まさか、そんな破格の力が無条件かつ無制限に扱えるとでも? 当然そんな筈ない。ボクの力は、ある三つの条件を満たしてようやく効果が発揮されるものだ」
そして妖精は、ウサギの手を器用に動かして指を一本立てた。
「一つ目の条件は、対象が生きていること。より具体的には自力で心臓が動いている状態を指すわけだけど、この説明は今更要らないね?」
「……」
進治は何も応えない。
未だ呆然としたまま妖精の話を聞いている。
その反応を気に留めず、妖精は二本目の指を立てる。
「二つ目の条件は、そもそもこの力は”二四時間に一回、一分間しか使えない”ということ」
「っ!? ……いや、だったら明日もう一度使えば」
「三つ目」
進治の背筋に冷たい汗が走る。
二四時間の回数制限、つまりは一日に一回しか使えないということ。一分というのは効果が持続する時間のことだろう。
そして、その一回は既に病院で使用している。
即ち、今日はもう使えない。
けれど逆に考えれば、時間を空ければ再使用できるということ。
絶妙に不便だが諦める理由にはならないと、どうにか食い下がる。
しかし妖精は、無慈悲に三本目の指を立てて言った。
「この力の対象は、負傷してから”六〇分以内”のものに限られるということ」
「……………………六〇分、以内?」
今度こそ、進治の瞳から完全に光が消えた。絞り出した言葉は、震えた声でのオウム返し。
負傷してから六〇分以内。母親が魔獣に襲われてから今この瞬間まで、どれだけ時間が経った?
一つ言えるのは、妖精の話が本当なら既に母親を助けられる芽は潰えたということ。
信じられない、認められない。だけど否定もできない。
言い返すことも儘ならず、ただ呆然と黙り込む進治。
しかし妖精は一切手を緩めない。淡々と現実を突きつけた。
「下手に期待させるのも酷だからハッキリ言わせてもらうよ。ボクの力じゃ、もうキミのお母さんは治せない」
「そんな、そんなのって……」
その言葉がトドメだった。
進治の顔は失意に暮れ、力なく項垂れる。
視界はボヤけ、滴り落ちる涙が床を濡らした。
力の使い手である妖精が無理と断言した以上、もう打つ手はない。他に方法も思いつかない。
今、彼の心は母親に起きた理不尽への怒りと失望、そしてどうしようもない無力感に埋め尽くされていた。
そんな中、
「……この状況でこんなことは言いたくないのですが。提案があります、風守くん」
「…………」
進治と妖精のやり取りを見ていた山田が、非常に申し訳なさそうにしながら口を開いた。
無言で顔を上げる進治に、彼は言う。
「ヒーローになる件、真剣に考えてはくれませんか?」
「…………ふざけてんのか? アンタいい加減に……ッ!!!」
途端、進治はこれ以上ないほど目を見開いた。怒りのあまり血管が浮かび、目が血走る。
どんな神経をしていたら、ここでそんなコトを言えるのか。無神経にも限度がある。
立ち上がり、山田へと詰め寄る進治。
そして山田の胸ぐらを掴むと、感情のまま拳を振り上げた。
その時。
「このお話を受けて下さるなら、
「っ!」
まっすぐに目を見て告げられた山田の言葉に、進治の拳が止まった。
そこに妖精が、すかさず口を挟む。
「少し落ち着きなよ、風守進治。現実的に考えて、キミひとりで母親の看病ができるのかい? そもそも治療費や入院費用はどう工面する? 時間にせよ金銭面にせよ、一介の高校生がどうにかできる範囲を軽く超えているとボクは思うんだけど」
「それは……っ」
感情的に言い返そうとして言葉を詰まらせる進治。
ヒーローやら妖精の力といった不明瞭なものではなく、現実問題として理解できるからこそ言い返すことができない。
すっかり黙り込んだ進治に、妖精は続けて言う。
「そもそも本来、国が一個人のためにこんな提案するなんてありえない。ある程度の保障やセーフティはあるにしても、基本はキミが背負うことになるんだよ? それを責任を持って肩代りしてくれるんだ。少なくともボクはこの話、受け得だと思うね」
「……」
妖精は言うだけ言うと、後の判断は進治に委ねるといわんばかりに肩を竦めた。
とはいえ、こんなものは殆ど脅しである。
協力すればサポートするが、拒否するなら一人でどうにかしろと突き放されるに等しい。
命懸けで戦う日々を送るか、いつ目覚めるとも分からない母親の為に人生を
ただの高校生が選ぶには余りに残酷な二択。どちらを選んでも茨の道。
まさに最低最悪の取り引きだった。
だから──。
「……守るべき国民に、それも未成年の子どもに、このような判断を迫る頼む情けなさ。そして卑劣さは重々承知しています」
言い訳はしない。
それでも卑怯と自覚した上で尚、山田は真摯な眼差しを進治に向ける。
そして深く、深く頭を下げて言った。
「ですが今、この国に方法を選ぶ余裕はありません。キミの以外に魔獣に対抗する手段がないからです。……どんなサポートも致します、春子さんの治療だけでなくキミへのケアにも手を尽くしましょう。だからどうか、力を貸しては頂けませんか?」
「…………」
最後の言葉は、もはや祈りに近かった。
彼も必死なのだ。この機を逃したら最後、再びヒーローが現れるのはいつになるか。
もし現れたとして、その時この国はどうなっているのか。少なくとも焼け野原になってからでは意味はない。
全ては国のため、そして未来のため。
山田はプライドをかなぐり捨て、
果たして──。
「……………………一つ、約束して下さい」
ポツリと、進治は呟く。
元より、彼も分かっているのだ。
自分ひとりでは何もできない、この条件を飲む以外の選択肢が無いことを。
だからこれは、拒否でも合意でもない。
一つの問いかけ。
「母さんを、絶対に死なせないって」
「ええ、勿論です。現代医療の及ぶ範囲で、全霊を尽くし──」
顔を上げ、目を見開く山田。
言葉の意味を咀嚼し、理解し、頷く。
そして約束の証として握手を交わすべく、右手を差し出し一歩前に出ようとした。
しかし進治は、
「違う」
山田の言葉を遮って言う。
「どんな大災害が起きようが。未知の殺人ウイルスが蔓延しようが。魔獣の大群が攻めてこようが。母さんを守れ、傷つけるな、死なせるな。……あなたたちに、それが出来ますか?」
ムチャクチャな要求だった。
だけど、これだけは譲れない。
心意気を見せてくれるだけでいい。そうしたら進治も結論を出せる。
果たして、山田は迷わなかった。
「約束します。もとより、それが
即答だ。
それも口先八丁、その場合わせの出任せじゃない。
国を守護する者として、確かな意地と誇りを込めた応えだった。
ならばもう、進治の答えは一つだけ。
「その言葉、信じますよ」
「ええ。この役目、文字通り命懸けで務めさせて頂きます」
改めて差し出される山田の右手。
進治は、その手を握り返す。
果たして、ここに取り引きは締結される。
同時に、この瞬間──
Front Of Crisis 佐藤 景虎 @whimsicott547
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