第7.1~7.9話 落葉のように、日々は積もる
ある日の会話、チャットアプリのログ。
『起きてる?』
『起きてますよ
というか寝れないです』
『あたしも!』
それから2分後に、
『私たち、今日から恋人ですね』
5分後。
『すき』
数十秒の後に。
『私も大好きです』
『こんなに可愛い彼女が出来てあたし今めっちゃ幸せ』
『私もだよ
『え!? え!?
『だめです。恋人になった日の特別です。あと電話はしませんよ。明日、日直で早いんです。だから、おやすみなさい先輩(ハートマークの絵文字)』
『もー! 不意打ちはずるい!!』
も~となく牛のスタンプ、ハートマークを抱く猫のスタンプ、ポップな字体のおやすみの絵文字がその後に続き、会話は途切れる。
※※※
ある日の会話、チャットアプリのログ。
『先輩、初デートの案決まりました?』
『えっとねぇ、鈴晴の部屋でしょ、ボドゲカフェでしょ、映画でしょ、服見に行くでしょ、ゲーセンとかもいいよね』
『あの
それ、いつも通りな気が』
『じゃあ鈴晴はいい案あるの?』
『この前行ったカフェ、
とか』
5分後。
『えそれって
初めてチューした所?』
『ちょ!!
いま私も思い出しちゃってたのに言わないでくださいよ!』
5分後。
『鈴晴は、したくないの?』
『それは
初デートと関係ないですよ!』
『あるよ。だってあたし、したいもん。初デートって、特別だし。
行く場所はね、鈴晴と一緒ならどこでも楽しいかなって。だからさ、内容で勝負というか』
『内容で勝負って
え、キスのことですかまさか!?』
『だめ?』
1分後。
『先輩はずるいです!!』
2日後。
『放課後なんですけど、急に委員会の集まりが出来ちゃって。
30分くらい遅れちゃそうです』
『おっけ~(へんてこな絵文字)
じゃ、鈴晴から貰ったラブレター読んで待ってるね』
『え、まだ学校においてあるんですか!?』
既読。
『先輩!?』
舌を出してこつん、と頭に手を当てた絵文字。
『先輩ー!!』
数時間後。
『今日は、ありがとね』
『はい。
先輩も』
『うん。
じゃあ
明日お金渡すね』
『はい。
今度はちゃんと持ってきてくださいね』
『うん。
鈴晴
おやすみ』
『符雨先輩も。
おやすみ』
『すきだよ』
『私も、すきだよ』
ここでチャットは途切れている。
スマホを愛おしそうに眺めながら、目を閉じるその刹那。
二人はそれぞれの部屋で、奇しくもほとんど同時に。
そっと指先で唇に触れた。
※※※
ある日の会話、チャットアプリのログ。
『恋人っぽいことってなんだと思う?』
『なんですか先輩、こんな夜更けに』
『いいでしょ、金曜なんだし』
『まあ起きてたのでいいですけど
恋人っぽいことですか?』
『そうそう!
はい、じゃあ
眼鏡をくい、と上げたアルパカのスタンプ。
『ええ……もうしょうがないですね先輩は
恋人っぽいこと』
腕を組んで首をひねるアルパカのスタンプ。
『やっぱりデートじゃないですか?』
『いいですね。じゃあデートでしたいことと言えばなんですか?』
『まだその感じでなんですか。
したいことって、一緒に映画観たり、服買ったり、先輩の散歩に付き合うのも楽しいですし。この前先輩とやったゲームセンターのゲームも楽しかったですよ』
『あたしが勝ったやつね』
『そうでしたっけ?』
『そうなの!
それで、正解はね~』
『正解?』
ハートのクッションを抱いたアルパカのスタンプ。
『ペアリング、付けたいなって』
2分後。
『いいですね、ペアリング。
うん、ほんとに、考えてもなかったです。良いですよ先輩!!』
『ふっふっふっ~、君の彼女の
『もう』
チャットは途切れ、15分ほどの通話履歴が続く。
1日後。
『先輩、ペアリング大切にしますね』
『あたしのキスと一緒に買った日のこと覚えておいてね!!』
『それは!!
え、もしかして先輩記念日のたびにキスするつもりですか?』
『特別だもん』
1分後。
『符雨がしたいって言ってくれれば、私、記念日じゃなくてもキスしたいな』
『鈴晴ー!!!! すき!!!!!』
ハートのクッションを抱くアルパカのスタンプの雨。
その中に、一言だけ『明後日のお昼休みとかでも?』と混ざっている。
『そうですね。
私だって
もっと先輩とキスしたいんですからね』
『やっぱ明日! 予定キャンセルするから鈴晴の部屋行っていい!?』
『月曜のお昼休みまで我慢してください!』
15分後。
右手の小指に光る指輪に口づけをする符雨の自撮りが貼られる。
『あたしも、大切にする』
30分後。
ぎこちなく、けれど幸せそうに符雨を真似た構図で撮った写真を貼った鈴晴が、『明日会いたくなっちゃったじゃん、ばか』というメッセージを送った。
深夜0時すぎを示すそのメッセージのログの後に、数時間続く通話の履歴が残っている。
※※※
ある日の会話、チャットアプリのログ。
『先輩、私の部屋に宿題忘れてったでしょ』
『え!?』
3分後。
『ほんとだ、ない!』
『もう、何しに来たんですか今日は』
『とか言って鈴晴だって~』
『それは!!
あーあ、せっかく明日持って行ってあげようと思ってたのに。
先輩、残念でしたね』
『ふふふ。いいもん! どうせ宿題やってないし~』
『それはやってくださいって。ノートのスクショ送りましょうか?』
『お願いします鈴晴様』
別の日。
『すき』
『なんですか急に』
『言いたくなったの』
『寂しいんですか?』
『だって暇なんだもん!
学校行きたい!
会いたい!』
『熱出てるんですから大人しくしててください!
それに』
『それに?』
『今日、お見舞い行きますから』
『ほんと!?
大好き!』
『もう』
『あの、冬限定のもつ鍋味のポテチ買って来て!』
『いつも思うんですけど先輩の限定味のアンテナすごいですね……
病人が食べるものじゃないので、ゼリーで我慢してください』
『えーけちー』
『行きませんよ?』
『ごめんなさいなんでもします会いたいです』
『冗談ですって。
私も好きだよ』
その日の夜、熱が下がった符雨から、『完食!』という一言と共に、もつ鍋味ポテチの空になった袋の写真がチャットに貼られた。
※※※
その関係の名前が変わってからというもの、鈴晴は特に用事もないのに符雨との――恋人との、彼女との、連絡の履歴を見返してしまう。
2か月近くが、経った。
もうそれだけの日々を、鈴晴は符雨と恋人として過ごしている。その軌跡を、指先でたどると、しばらく遡った所で、
『鈴晴のこと、ちゃんと考えられてなくてごめんね』
という符雨からのメッセージに行き当たる。
それを境にして、二人はただの先輩と後輩から、恋人になる。
『三上先輩、今度はちゃんと営業してるか見てから誘ってくださいよ』
『でも散歩も楽しいでしょ?』
『往復2時間はやりすぎです!!』
懐かしい会話が目に入って、鈴晴は口元が緩むのが抑えられなかった。今となっては、恋人になってからの会話も愛おしいけれど、まだ付き合っていなかった頃の会話を見るのがむしろ鈴晴は好きだった。
上手く言葉には出来なかったが、「三上符雨」を感じられる気がして。
「おかしいよね。符雨はもう私の隣に居るのに」
ペアリングを付けている右手の小指でスマホをタップして、待ち受けにしているツーショットの中の符雨を撫でた。ペアリングを買った日に撮った写真。腕を組んで、幸せそうに笑っている二人。
指先に感じるスクリーンの硬さから、彼女の柔らかな温かささえ伝わってくるようだった。
「先輩」
今日のデートの為におろした服や気合いを入れたメイク、学校では付けられないペアリング。先輩、と呟くこの瞬間も、符雨を待つ時間も、早起きした頭に引っ付いた微かな重ささえも。
全て、愛おしく思えるのは。
「りーせー!!」
「……っ! 符雨先輩!」
大好きな
「鈴晴、昨日も通話したのに早いねぇ」
「私も今来たところですよ。それより、ふふ、先輩髪跳ねてますよ」
「え、どこ!? って、あ……もう! 最近の鈴晴ってあたしのこと妹か何かと思ってない?」
「――そんなことないですよ。大切な彼女だもん」
「~~~! もうっ」
今は、と鈴晴は思う。
遡ることのないこの時間を、二人で共にずっと過ごしていたいと。
「行きますよ、先輩!」
この先も、二人で。
毎日、1/3の確率で恋人になる二人 音愛トオル @ayf0114
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