第15話後編

 激しい雨の中で、永琉は必死に目を凝らした。

 冷たい雨粒が橙色の長い髪を濡らし、全身が震えるほど染み渡っていく。

 顔を真っ赤に晴らし、涙を溜めながら。

 それでも、一生懸命に探し続けた。

 たったひとりぼっちになった人を。

 

 それは、陽翔だ。

 胸の奥から込み上げてくるほど、彼のことが好きなのだ。

 この気持ちに、嘘はつけないほど染み込んでいる。

 

 暗くて寒い雨の中で、この想いだけが希望のように燃えていた。

 

 だから、陽翔に真実を話した。

『鏡に繋がっていること』と『鏡に毒が回れば死んでしまう』ことを。

 

 そうしなければ、陽翔が陽愛の世界にいってしまうとわかっていた。

 一歩間違えば、遠くにいってしまう。

 陽翔を傷つけるとわかっていながら、伝えた。

 

 陽翔が逃げ出した時に支えてあげられなかった。

 陽愛の世界で助けることすらできず、惨めで悔して。

 胸の奥がじんわりと痛んでいる。

 

 永琉は足を止めず、手の中にある、《アザレアコア》のペンダントを握りしめる。

 重い雨の中でも、このペンダントは光のように温かく感じる。

 大切な人から渡されたものだから。

 

 

『その罪はやり直せるよ。だから、俺と、もう一度友達になってくれないか』

 胸の奥に残る、大切な人の優しい声。

 その言葉が支えになって、もう一度立ち上がられた。

 

 永琉にとって、陽翔はで、好きなだから。

 

  ☆☆☆

 

「陽翔君は、陽翔君だよ」

 永琉が心に強く響くように、もう一度叫んだ。

 

「願いを叶えなくてもいいよ。わたしが代わりにやるから、陽翔君は休んで」

 儚く笑い、手を握った。

 大きな目から涙が溢れ、宝石の瞳のように美しく輝きながら、滴り落ちていった。

 涙の奥に俺を守りたい気持ちと、支えたい気持ちが混じっているのが見えた。

 

 俺は首を振った。

 すべて、永琉に押し付けることできなかった。

 初めて出会ってから、 どんな時でも、俺を励ましてくれた。

 頑張ろうと協力してくれた。

 惨めな俺のために、涙を流し続けている。

 失踪した俺を、永琉に愛想をつかさず、捜してくれた。

 

 作り物だから、この約束を果たす必要がない?

 今まで何のために、俺は戦っていたんだ。


 過去の俺の知識じゃなくて、自分の頭で考え出せ。

 

 答えがすぐに出た。

 全く、何を迷っていたんだろう。

 過去と決別するように、ナイフを持つ。


「陽翔君、待って……」

 永琉が手を伸ばし、ナイフを取り上げようとした。

 

 俺は髪の後ろを持ち、ナイフを入れる。

 ザクザクと、深く斬り込みを入れた。

 長かった髪を切った。

 それを彼方かなたに散らした。

 作り物だと思い込んで逃げていた、臆病な自分から変わたかった。

 

「願いを叶えたい。懐中時計の人を救いたい」

 永琉の手を離して、正面からぶつけた。

 与えられた記憶だとしても、作られた存在だとしても。

 大切だと思った気持ちは、偽りじゃない。

 そのために、頑張ろうと思った。

 この気持ちを永琉に託せば、本当の俺が想いは失われる。

 消えると同じことだ。

 

 それだけじゃなくて、やるべきことがある。

 陽愛や心湖が笑っている世界。

 そして、凛也を守ることだ。

 

「陽愛や心湖が笑っている世界を作りたい。凛也を守りたい。

 どんなに辛くても、弱くても、逃げ出したくない」

 

 永琉に手を差し出す。

「永琉、俺に力を貸してほしい」

 身勝手で、逃げ出した。

 永琉に力を貸してほしいと頼むのは、虫がいい。

 決心した覚悟を、永琉にわかってほしかった。

 

『陽翔』って呼んで、忘れていた気持ちを呼び起こした永琉だ。

 希望を灯してくれたから。


 永琉は誓いを立てるように、ネックレスに口づけをする。

 覚悟の証のようにも見えた。


「これがわたしの答えだよ。陽翔君、ううん。陽翔、受け取って」

 永琉はネックレスを差し出す。

 その瞳に迷いはなかった。


 恐る恐ると、手を伸ばした。

 体から、強く高まったオーラが沸き上がった。

 俺の瞳に力が溢れ出す。

 水面を見ると、《ダイヤモンド》の上に、《ブラックダイヤモンド》が重なっていた。

 

「……永琉……ありがとう……でも、なんで」

  永琉に認められて、その真実が胸を温かくさせるほど嬉しかった証拠だった。

 なぜそう思ってくれた理由がわからなかった。


「陽翔……わたしね。すごく好きだったんだよ。

 前に進むって決めてくれて、嬉しかった。……支えたいって思ったの」 

 永琉は頬を赤く染めながら、鈴の声で笑った。

 

 前に進むことを喜んでくれたこと。

 支えたいと思ってくれたこと。

 まっすぐ想いが胸の奥に届いて、涙を溢した。

 

「もう泣かないの」

 永琉は微笑み、ハンカチを渡した。

 

「……そうだな」

 受け取りながら、涙を拭き取った。

 

「さあ、戻ろう」

 永琉は気合い入れるように伸びしながら、背を向ける。

 俺の方に手を出した。

 

 一瞬、儚く笑っているのが見えた。

 俺に見せたくないから、永琉は隠しただろう。

 

 永琉の日だまりのような姿に触れて。

 陽翔という名前に、意味をくれた。

 ようやく大事なことに気づけた。

 

  永琉の“好き”という気持ちにまだ答えられない。

 それでも、永琉は俺にとって、かけがない存在だ。

 哀しんでいるなら、笑わせたい。力になりたい。

 

 その胸に刻み、永琉の手を掴んだ。

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光と闇のジュエルアイと白の三日月《ヴァイスムーン》 さくら猫 @SAKURAad

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