中秋の名月と麗しき約束
藤泉都理
中秋の名月と麗しき約束
瑞々しい梨、無花果、葡萄。
こんがり焼けた秋刀魚。
ふかふかに蒸した栗、里芋、薩摩芋。
茸盛り沢山の炊き込みご飯。
彩を考えて秋の実りを盛り合わせては、秋の七草を生けて完成させたお膳、計百膳。
作戦通りに行くぞ。
額に双葉を生やした一角兎が言った。
悲願を成し遂げますよ。
額に双葉を生やした一角鬼が言った。
すでに成体年齢を迎えているので本来ならば立派な角が生えているはずの一角兎と一角鬼の額には、何故か双葉が生えたまま。
双葉は幼体時にしか生えないものであり、成体になれば双葉は四つ葉に増え、そして、花を咲かせて散らせては立派な一本角が生えて来るのだが、この一角兎と一角鬼の額には双葉のまま。四つ葉にすらならなかったのである。
中秋の名月の月光を三十分間浴び続けたら、無事に一本角が生える。
成体年齢を迎えても双葉のまま一年が経ってこれはおかしいと考えた一角兎と一角鬼が、慌てて賢者に相談しに行くと言われた。
「丁度今宵じゃな。中秋の名月は。ただし、中秋の名月を浴びれば毛並みがより艶やかになるからと、絹馬が独り占めしようとしておる。絹馬をどうにかせねばならぬ。それはおまえたちで考えよ。ああ。絹馬は旬の物と、彩り豊かに飾り立てられているものに目がないと聞く」
「「ありがとうございます」」
一角兎と一角鬼は賢者に深く頭を下げこの場を去って行っては、一角鬼の家で話し合って今、絹のような光沢のある美しい毛並みで飛翔が可能な馬である絹馬を、中秋の名月から退かせる作戦を実行しようとしていたのである。
銀杏、桜、いろは紅葉、桂、花水木、南天の紅葉、黄葉した葉の絨毯の上に、秋の実りのお膳を百膳置いては、木陰に隠れて七輪で秋刀魚を焼き始め、香ばしい秋刀魚の香りが中秋の名月に覆いかぶさる絹馬に届くように、天狗から借りた八つ手を振り続けた。
そうして、五分後。
百頭の絹馬が地に降り立ってお膳の前に腰を下ろし上品に食べ始めた。
これならば三十分間は楽勝だろう。
ほくそ笑んだ一角兎と一角鬼は、百頭の絹馬に隠されていた中秋の名月の月光を両腕を広げて、これでもかと浴び続けた。
一角兎と一角鬼には月へ行くという悲願があった。
一角兎は想い一角兎に、一角鬼は弟の一角鬼に約束していたのである。
必ず、後を追うと。
一角兎と一角鬼は成体になり立派な角が生えて、試験に受かれば月へ行く事ができ、月に行って月姫に仕事ぶりが認められれば宇宙へと行く事もできたのである。
数年に一度、中秋の名月の日に月姫は気紛れに地球に降り立つ事があった。
その際に月姫の神々しさに心を奪われた一角兎の想い一角兎は、月姫の傍で働くために月へと行き、一角鬼の弟は一角鬼同様に宇宙を旅する事を夢見ていたので月へと向かったのである。
「一角鬼。やったな」
「ええ。やりましたね。一角兎」
中秋の名月の月光を浴び続ける事、三十分間。
双葉から四つ葉へと葉が増えては、五枚の尖がった銀色の花びらの、甘い香りを放つ花が咲き誇ったかと思えば、儚げに散っていき、そうして、一角兎と一角鬼が待ち望んだ立派な一角角が生えたのである。
「これで月へと行ける!」
「これで月へと行けます!」
手と手を取り合って飛び跳ねまくった一角兎と一角鬼の周囲では、まだまだお膳を堪能している百頭の絹馬が居たのであった。
「………賢者にカンニング方法でも教えてもらうか?」
「莫迦な事を言ってないで勉強をしますよ。一角兎」
「ハイ」
無事に一角角が生えた一角兎と一角鬼は上機嫌で一か月に一度の試験を受けたのだが、結果は不合格。
一角兎の家で来月の試験に向けて猛勉強する一角兎と一角鬼がふと窓越しに夜空を見上げると、満月が煌々と輝いていたのであった。
「必ず月に行こう。一角鬼」
「ええ必ず次の試験に合格しますよ。一角兎」
(2025.10.6)
中秋の名月と麗しき約束 藤泉都理 @fujitori
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