胃の守り神

@k-shirakawa

最後に明かされるその名に、あなたも頷くかも?

昔は美味しかった脂との戦いは、ある日突然始まった。

40代半ば、私の胃袋はかつての豪胆さを失い、脂に対して臆病になった。今が旬のサンマの塩焼き、生イワシ、ノルウェー鯖、キングサーモンそしてA-5ランクの霜降りサーロイン——かつてのご馳走たちは、今や胃袋の敵。丸干しイワシ一本でさえ、胃が悲鳴を上げる始末だ。


「脂がのってるねぇ〜」と満面の笑顔だったあの頃は遠い。今では「脂がのってる……だと?!」と眉間にしわを寄せる。イワシの煮付けでさえ「これは……胃の罠だ」とつぶやき、ノルウェー鯖には「北欧からの刺客め!」と睨みをきかせる。霜降り肉に至っては、胃袋のラスボス。一口で「緊急事態発令!」と胃がサイレンを鳴らす。


そんな私に、料理の工夫という希望が差し込んだ。酒をかけて焼くサンマは、脂がまろやかになり、皮はパリッと。梅干しと煮込めば酸味が脂を中和し、圧力釜で煮れば骨まで柔らかく、胃に優しく滑り込む。かば焼きの甘辛いたれは、脂を旨味に偽装する。胃も「…まぁ、今回は許すか」と納得したつもりが、またやられた。


どんな調理の工夫を凝らしても、最後の仕上げがなければ私は倒れてしまう。食後の儀式として、薬箱からそっと取り出す白い粉末が入ったブリキ製の缶。それは、まるで舞台のカーテンコールのように登場し、胃袋のミュージカルを締めくくる。










その名は——太田胃散。

ありがとう、私の胃の守り神。いい〜くすりです。


―了―

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