贈り物とは思ってなかった
石田空
本当に気が付かなかった
「エリザ、もうすぐ誕生日だね。誕生日はなにが欲しいかな?」
当時、私はまだ我が家を普通と思っていたものだから、友達の家と自分の家の違いについてよくわかっていなかった。
友達がまだ幼い弟を一生懸命面倒を見ているのを見かける。おかげで最近はなかなか一緒に遊べないものの、弟を抱き締めている友達は本当に嬉しそうで、漠然と私もそんなことをしてみたくなった。
「ならおとうとがほしいわ」
そう言った途端、お父さんとお母さんは顔を見合わせた。
「あーあーあー……審議させてくれないかい?」
「エリザ、お父さんをあんまり困らせちゃ駄目よ?」
「え? ごめんなさい」
私は子供部屋でポツンと待っている間、お父さんとお母さんはずっと台所で話し合っている。お腹が空き、私は前にもらった瓶詰めのキャンディーを頬張って夕食の代わりにしていた。
私はいったいなにをそこまで困らせてしまったのだろう。
うちの家は貧乏ではないはずだ。だから弟がひとり増えても大丈夫と思っていたのだけれど。どうもそういう訳ではないらしい。
寝ても覚めてもなかなかふたりの話し合いは終わらない。私もいい加減部屋を出て遊びに行きたくなり「もういい、おとうといい。いやならもういい。あそびたいし、おなかすいた」と伝えに行こう。そう決めたときだった。
子供部屋の扉が叩かれた。
「はい」
「エリザ、誕生日おめでとう。弟のクリフだよ」
「えっ」
お父さんはどこから連れてきたのか、金髪碧眼の男の子を連れていた。
うちの家系は皆栗色の髪に翠色の目なのだから、こんな子が生まれる訳がなく、いったいどこから連れてきたのだろうと唖然としてしまった。
しかも。
「この子大きくない?」
私は十歳。この子はどう見積もっても六、七歳だった。
戸惑っているものの、クリフはこちらを見上げて本当に震えている。それを見た途端に友達が弟を一生懸命可愛がって抱き締めているのが頭に浮かんだ。
……この子が何者かはわからないけれど、可愛がらないと。
私はそう決心して、「おいで」と手を広げた。
クリフは視線を揺らしていたものの、お父さんよりも年の近い私のほうがよかったのか、すぐにぱっと寄ってきた。
抱き締めると、土の匂いと鉄の匂いがした。
この子はいったい何者だろうと、そのとき思ったんだ。
****
クリフの成長は著しかった。
私はちっとも身長が伸びず、顔だって童顔のままだというのに、クリフは一年経つごとにぐんぐんと成長していった。
最初は私の身長の半分くらいで、私は手を引いて歩いていたのだけれど、四年も経ったら私よりもすっかりと身長が伸びてしまい、私が手を引かれている有様だった。
そして、我が家は引っ越しが多く、友達ともクリフがキンダースクールを卒業した頃には引っ越さないといけなかった。
私とクリフが手を繋いで歩いていると、「素敵なお兄さんね」「まあ愛らしい妹さん!」と言われてムッとする。
私がクリフのお姉さんなのに。気付けばそんなことが増えていた。
「エリザ、そんなに怒らないでよ。どうしても僕のほうが成長が早いんだから」
「あなたに怒ってないのよ。私はどうしてこんなに年を取らないんだろう、どうして身長伸びないんだろうと思っただけで」
私が服を買いにクリフと一緒に出かけたら、通されたのは子供用のコーナーだった。癇癪を起こしかけたので、クリフは私を担いで逃げ出してきてしまった。
お父さんとお母さんは懐古趣味で基本的に古着でもかまわない性分だけれど、私はそれは嫌だった。流行のドレスが着てみたかったのに、私ではくびれもなく、胸も膨れてなくて、ちっとも似合わないから寸胴体型でも着られる子供服を勧められるのだ。涙が出てきてしまった。
それを見かねて、クリフは溜息をついた。
「……エリザはもしかしてちっとも気付いてないかもしれないけど」
「なによ」
「お父さんもお母さんも、エリザも。人間ではないよ?」
「……えっ」
私は目をパチパチとさせた。
にんげんじゃない。クリフはなにを言っているのだろう。
私が戸惑っている中、クリフは続けた。
「皆吸血鬼だよ。僕は元々、他の吸血鬼に捕まって餌場に放置されていたら、僕を捕まえた吸血鬼がハンターに狩られてしまったんだ。でもハンターは餌場に放置されていた僕に気付かなかった……お腹は空いたし、逃げ出したくてもここがわからないし、なによりも首輪を付けられて身動きが取れず、このまま死ぬのかもしれないと思っていたときに、餌場に来たのがお父さんだったんだ」
クリフはいったいどこの誰だろうと思っていたら。でも。私はなおも納得できずに訴える。
「吸血鬼って、血を飲まないと生きていけないんでしょう? 私、血なんて飲んだこと一度もないけれど」
「そりゃね。真祖は血を飲まずとも生きていけるし長生きだよ。お父さんもお母さんも血を飲まないから。でも吸血鬼の中でもダンピールになったら血が必要になってくる」
「……そうなの」
クリフは「ねえエリザ」と言ってきた。
「もし君が寂しくなったら、僕を噛んでね。僕も吸血鬼になるからさ」
「……しないわ。きっと退屈になったら、世界が終わってしまうもの」
「でも僕はお父さんに助けられたから、今を生きている。お父さんに『エリザをよろしく』と言われたから今があるんだ」
私は悩んだ。でも一旦保留にした。
これだけ綺麗な弟だもの。私はいつまで経っても大人になれない半端物だけれど、いずれクリフは誰もが放っておかない美丈夫になる。
そのとき、彼が年を取らない化け物になってしまったら、誰もが損失だと思う。
彼は人間の中で生きて、人間の中で朽ちるべきだから。
だから私は「考えておくわ」の一点張りではぐらかすしかないのだ。
<了>
贈り物とは思ってなかった 石田空 @soraisida
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