第5話
ソフィア・ラティーナがグランヴィル領での商業計画を成功させてから数ヶ月が経った。彼女の手腕は瞬く間に評判となり、各地の商人や貴族たちから「賢女」として一目置かれる存在となっていた。
「侯爵令嬢ではなく、今や領主並みの働きぶりだな」
ある商人は、ソフィアの働きぶりを称賛しつつ、彼女の名前を広めていった。かつて罪人として見捨てられた令嬢が、今や王国中でその名を轟かせる存在となったのだ。
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ある日――グランヴィル城の執務室。
「ソフィア嬢、次の案件はこちらです」
ルーシーが手渡した書類には、新たな領地開拓計画が記されていた。ソフィアは書類を広げ、しばらく熟考する。視察、開拓、商業誘致――その計画は複雑だが、実現すれば王国経済に多大な貢献を果たすものだった。
「今度は領地開拓ですか……公爵様、またずいぶんと私を頼ってくださるのね」
彼女は少し皮肉めいた笑みを浮かべた。だが、その表情には嫌悪ではなく、心地よい挑戦に対する意欲が滲んでいる。
「貴様ならやれるだろう」
レオン・グランヴィルが執務室に姿を現し、彼女の正面に立った。冷徹な金色の瞳が、いつものように彼女を見つめている。
「公爵様は本当に私を働かせるのがお好きですこと」
「気に入らなければ断ればいい」
「いいえ。挑戦することは嫌いではありませんわ」
レオンは満足げに口元をわずかに緩める。ソフィアは再び書類に目を落とし、計画を頭の中で整理した。
「この計画、周辺の小領主たちや商人たちを巻き込めば、成功する可能性は高いです。ですが、そのためには協力関係を築かねばなりません」
「その点はお前に任せる」
レオンの言葉に、ソフィアは真剣な表情で頷いた。かつて彼女をただの「駒」としか見なかった者たちとは違い、レオンは彼女の力を信じ、自由に動く機会を与え続けてくれている。それが彼女にとって、何よりも大きな支えだった。
「分かりました。私にお任せください」
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数週間後――領地開拓会議の場。
王都から集まった商人、周辺領地の小領主たちが一堂に会し、グランヴィル城での重要な会議が開かれた。ソフィアはレオンの代理として、会議の中心に立っていた。
「皆様、遠方からお集まりいただき、感謝いたしますわ」
彼女の透き通る声が部屋に響き渡る。その姿は優雅でありながら、堂々としていて、参加者たちは自然と耳を傾ける。
「今回の領地開拓計画は、ただグランヴィル領の利益のためだけのものではありません。周辺の小領地、そして商会の皆様にも等しく利益をもたらすものです」
彼女は用意してきた資料を取り出し、視覚的に分かりやすく説明を始めた。貴族や商人たちは、最初こそ警戒していたが、次第に彼女の言葉と計画に引き込まれていく。
「貴族と商会が協力し合い、公平な利益を分配する。そうすることで、長期的な安定と発展が実現できるでしょう」
ソフィアの自信に満ちた言葉と明確なビジョンに、会議の参加者たちも頷きを重ねる。
「ラティーナ嬢、これほど具体的な計画を立てられるとは……正直、驚きましたな」
「彼女がただの侯爵令嬢であるはずがない」
そんな声が囁かれる中、ソフィアは冷静に微笑んだ。かつての侮りや偏見は、もはやどこにもない。
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会議終了後――城の廊下。
「見事だったな」
会議が終わり、廊下を歩くソフィアの後ろから、レオンが声をかける。彼は相変わらず冷徹な表情だが、その言葉には確かな信頼が滲んでいた。
「これで、少しは公爵様の期待に応えられたかしら?」
「期待以上だ。お前の力はすでに俺の予想を超えている」
その言葉に、ソフィアは思わず微笑んだ。彼に認められたことが、彼女にとって何よりも嬉しかったのだ。
「でも、これからが本番ですわね。計画が成功するかどうかは、私たち次第です」
「ああ、その通りだ」
二人は並んで歩きながら、夕暮れの光に照らされた窓から外を見つめる。ソフィアの胸には、初めて未来への希望が満ちていた。
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夜――ソフィアの部屋。
その日の仕事を終え、ソフィアは窓際に立ちながら夜空を見上げていた。満天の星々が輝き、まるで彼女の未来を祝福するかのようだ。
「もう私は、誰かの操り人形じゃない」
小さく呟いたその言葉には、彼女のすべての過去と、これからの決意が込められていた。
扉がノックされ、ルーシーが顔を覗かせる。
「お嬢様、少し休まれてはいかがですか? 明日もお忙しいのですから」
「ええ、そうね。でも、まだやるべきことが山積みだわ」
ソフィアは笑いながら椅子に座り直し、書類に目を通す。だがその表情には疲れではなく、未来を創ることへの喜びがあった。
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かつて罪を着せられ、すべてを失ったソフィア・ラティーナは、今や王国中にその名を轟かせ、堂々と自分の力で未来を切り開いている。そして、その隣には常に彼女の力を信じるレオン・グランヴィルの存在があった。
「私の人生は、私のもの――誰にも奪わせない。輝かしい未来を、私自身の手で掴んでみせるわ」
夜空に浮かぶ月を見上げながら、ソフィアは静かに微笑んだ。その瞳には、揺るぎない決意と光が宿っていた。
――そして物語は、新たな幕開けを迎える。
グランヴィル領での開拓計画が順調に進み、ソフィア・ラティーナの名はますます広まっていた。「ラティーナ嬢」と呼ばれる彼女の名声は、もはや一貴族の令嬢の枠を超え、一人の実力者として貴族社会に確かな地位を築き上げていた。
だが、その名声は思わぬ波紋を広げることとなる――。
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グランヴィル城――公爵の執務室。
ソフィアはレオン・グランヴィルと共に、領地開拓の進捗報告を受けていた。領民たちは新しい土地の発展に喜び、商会との連携も順調に進んでいる。開拓地に建設された新市場には、すでに商人や職人たちが集まり、活気に満ちているという。
「これで、予定していた第一段階は完了ね」
ソフィアは書類を閉じ、満足げに微笑んだ。
「お前の働きがなければ、ここまで順調には進まなかった」
レオンが冷静に言い放つ。その表情は相変わらずの無表情だが、その言葉には確かな信頼と賞賛が込められていた。
「お褒めに預かり光栄ですわ、公爵様」
ソフィアは穏やかな笑みを浮かべる。その時、扉の外から執事が慌ただしく駆け込んできた。
「公爵様! 緊急の使者が到着いたしました!」
「使者? 誰からだ」
レオンが眉をひそめると、執事は震える声で答える。
「……王都より、エルバード侯爵家の若様が……」
その名を聞いた瞬間、ソフィアの表情が一瞬凍りついた。
エルバード侯爵家――それはかつて、彼女に政略結婚の話を持ちかけた家の一つであり、彼女が侯爵家を追放された後も冷淡に見捨てた家柄だ。
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グランヴィル城・大広間。
ソフィアがレオンと共に大広間へ足を踏み入れると、そこにはエルバード侯爵家の嫡男――カイゼル・エルバードが待っていた。金髪に青い瞳を持つ彼は、いかにも貴族然とした佇まいでソフィアを見つめ、その口元には薄い笑みを浮かべている。
「久しぶりだな、ソフィア嬢」
「……エルバード様。わざわざ遠方よりお越しいただき、何のご用でしょう?」
ソフィアは微笑みを絶やさず、冷静に言葉を返した。その態度にカイゼルは一瞬、目を細めるが、すぐに笑みを深めた。
「ソフィア嬢、いや、今や王国中に名を轟かせる“賢女”とお呼びすべきか」
「お戯れはおやめください。要件をお聞かせ願えますか?」
カイゼルは少し困ったように首を振る。そして突然、彼はソフィアの前に片膝をついた。
「……ソフィア・ラティーナ嬢。貴女に改めて婚約を申し込みたい」
その言葉に、大広間は静まり返った。
「何ですって?」
ソフィアは驚きを隠さず、カイゼルを見下ろす。レオンもその金色の瞳でカイゼルを鋭く睨みつけ、冷徹な声で問いかけた。
「お前は一体何のつもりだ?」
「つもりも何も、私は真剣です。ソフィア嬢の知性と手腕、そして美しさは王都でも評判です。私と結ばれることで、互いの家に利益をもたらせる――そうお考えにはなりませんか?」
カイゼルは堂々とそう言い切るが、その瞳には打算と下心が見え隠れしていた。ソフィアはゆっくりと息を吐き、冷静に口を開く。
「お断りしますわ」
「……何?」
「私はもう、家のため、他人のために自分を差し出すつもりはありません。あなたとの婚約は、今の私には必要のないものです」
ソフィアの毅然とした態度に、カイゼルは明らかに動揺する。
「待ってくれ、ソフィア嬢。貴女も理解しているはずだ。私との結婚が貴女の立場をさらに強固にし――」
「もう一度言いますが、必要ありません。私は私自身の力で生きると決めたのです。あなたの“政略”に乗る理由がどこにありますか?」
その言葉には、かつての侯爵家に囚われていたソフィアとは違う、自立した女性の強い意志が込められていた。
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「……貴様、随分と変わったな」
カイゼルが立ち上がり、忌々しげに呟く。その態度に、レオンが一歩前へ出る。
「貴様の目的は分かった。だが、これ以上ここに留まる理由はないはずだ」
レオンの冷徹な一言がカイゼルを追い詰める。彼は悔しそうに唇を噛みしめながら、ソフィアに背を向けた。
「……後悔するなよ、ソフィア嬢」
カイゼルが大広間を出て行くと、ソフィアは静かに息を吐いた。
「……政略結婚など、もうごめんですわ」
その言葉に、レオンがふっと小さく笑う。
「よく断ったな」
「当然ですわ。私はもう、自分自身の価値を証明しましたもの」
ソフィアの瞳は、今まで以上に力強い光を宿していた。
「私は私の道を進みますわ。誰にも縛られず、私自身の力で」
その言葉に、レオンは静かに頷いた。
「それでいい。お前の未来は、お前だけのものだ」
夕陽が窓から差し込み、ソフィアとレオンの姿を柔らかく照らす。その光は、彼女の新たな道を祝福しているかのようだった。
――誰にも操られない。私の未来は、私が掴むもの。
ソフィアは静かに微笑みながら、その決意を胸に、再び自分の進むべき道へと歩み出すのだった。
『婚約破棄?ごめん、あなたの愛が重すぎるので!』 みずとき かたくり子 @yuru2025
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