雨は天然水?

αβーアルファベーター

天然水とは。

◇◆◇


天然水と雨 ― 名づけの境界線


◇◆◇


「天然水」という言葉を耳にすると、多くの人が頭に思い描くのは、

雪を抱いた富士山の姿や、深い山奥から静かに湧き出す清流だろう。


透明なボトルに詰められた水には「自然の恵み」

「大地が育んだ命の源」といったコピーが添えられ、

清らかさと安心感を象徴している。


だが、ここでふと考えてしまう。

それならば、空から降ってくる「雨」はどうなのか。


雨もまた自然が生み出した水である。人の手で合成されたものではなく、

大気の循環という地球規模の営みによって生じる水の一形態である。


蒸発し、雲となり、やがて大地に戻る。


これ以上「天然」と呼ぶにふさわしいものはないように思える。


それなのに、私たちは雨を「天然水」とは呼ばない。


◇◆◇


科学的な違い ― 雨と地下水


◇◆◇


科学的に見れば、この違いにはいくつかの理由がある。


まず、雨は「純水」に近い性質を持つ。海や川から蒸発した水蒸気が雲になり、

凝縮して降り注ぐため、基本的にはミネラルや不純物をほとんど含まない。


逆にいえば、雨は「自然に蒸留された水」といえるのだ。


一方、「天然水」として販売される水は、

長い年月をかけて大地に染み込み、地層を通って湧き出した水である。


その過程でカルシウムやマグネシウムといったミネラルを吸収し、

飲用に適したバランスを獲得している。

つまり、天然水は「大地が調合したミネラルウォーター」なのだ。


さらに、雨は大気を通過する際に二酸化炭素を溶かし込み、弱酸性になる。


また、大気汚染のある都市部では硫黄酸化物や窒素酸化物を含み、

酸性雨になることもある。


これらは人間にとって好ましくない成分であり、

安心して「天然水」とは呼びにくい理由のひとつとなっている。


◇◆◇


哲学的な違い ― 言葉とイメージ


◇◆◇


だが、問題は科学的な成分の違いだけではない。

むしろ大きな要因は「言葉のイメージ」である。


「天然水」という言葉は、すでにブランド化されている。


スーパーの棚に「雨水」とラベルの貼られたボトルが並んでいたらどうだろう。

たとえ完全にろ過し、安全性を保証されていたとしても、

多くの人は手を伸ばすのをためらうに違いない。


「雨水」という言葉には「濁っている」

「不衛生」という負のイメージがつきまとう。


一方で「天然水」と書かれていればどうだろうか。


「自然が育んだ」「大地の恵み」といった肯定的なイメージが、

安心感と清涼感を与える。結局のところ、

「天然水」と「雨水」を分けているのは、

成分の違い以上に「言葉の響き」や「文化的な価値づけ」なのだ。


◇◆◇


どちらが本当の「天然」か?


◇◆◇


こうして比べてみると、皮肉なことに気づく。


「天然水」と呼ばれる水は、実際には「天然」であるだけでなく、

「人間が安心できる天然」に限定されている。


つまり「天然水」という言葉は、自然そのものを表しているのではなく、

「人が飲んで良いと思える自然の水」を指しているのだ。


一方の「雨」は、もっとも原初的で、

もっともダイレクトに地球の営みから生み出された「天然の水」である。


それにもかかわらず、私たちはそれを「天然水」と呼ばない。


ここに、人間が自然をどのように切り取り、

意味づけるかという文化的な営みが現れている。


◇◆◇


結び


◇◆◇


「天然水」と「雨水」。


どちらも自然が生んだ水であり、同じ循環の中で生まれている。しかし私たちは前者を「清らかな恵み」と呼び、後者を「不純で扱いにくいもの」と見なす。


結局のところ、この違いは人間が安心を求め、

自然に対して都合の良い名前を与えているだけなのかもしれない。


空から降る一滴の雨と、ボトルに詰められた一本の水。


両者は同じ地球の循環に属している。けれども、

言葉の選び方ひとつで「ありがたい恵み」にも「飲めない不純物」にも変わる。


つまり、「天然水」という言葉そのものが自然をそのまま指すのではなく、

「人間にとって心地よく、受け入れやすい自然の姿」を映しているのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雨は天然水? αβーアルファベーター @alphado

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ