無言の呪言師~最後の呪い~
しずく
無言の呪言師~最後の呪い~【読み切り】
この世界に魔法使いは居ない。幻想的な存在だ。代わりに呪言師、呪い師、言霊師といわれる人間はいる。
違いはあるのか?といわれると少ないが違いを判断できる分には十分にある。
「呪言師」はそのままだ。呪いの言葉を力にする者。
「呪い師」は護符などの聖物を作り出したり加護を与えたりする者。
「言霊師」はこの世界で言う魔法使いに一番近い存在で、言葉を顕現させる者。炎を熾したり、水を出したりする力を言葉を使って行使させる者。
そんな私は、呪言師だ。この世界に残った数少ない呪いの言葉を遺す者たち。制約によって縛られた条件の中であれば言霊師よりも強力な力を行使することが出来る一方で制約を破ると自ら、または誰かに強力な災いが降りかかる。
その制約とは……
生命、命ある者に対して『「死ね」』『「生きろ」』『「死ぬな」』などの命に対する呪いの言葉を吹き込むこと。
その中でもっとも危険なのは「死ね」という純粋な悪口のような呪いの言葉ではない。「生きろ」や「死ぬな」の方が実は呪言師としては呪いの代償が大きくなる。
これは、自分ではない誰か、目の前の相手や第三者に対して使う場面が多いのだが、例えば『「生きろ」』という呪いを誰かにかけてしまうと一生その人物は死ななずに世を彷徨いながら生き続けることになる。『「死ぬな」』では死を目前にしている人間の場合最悪不死者、アンデッドと言われる化け物になり果てる。
不老不死しゃないか!いいじゃんか!と思うかもしれない。
でもよく考えろ、なぜ人間は六十から八十で一気に老衰で亡くなるんだ?簡単だ。それ以上生きる糧を見出せない生命だからだ。
そこに『「死ぬな、生きろ」』と呪いをかけてしまうと、死ねない体に精神が着いていけずやがて崩壊し、廃人になり果てる。挙句器だけが彷徨い続ける。
「制約」は呪言師同士が設けた誓いではない。呪言師が呪言師である故の存在証明なのだ。そう、これは世の摂理である。
「やあ、やっと来たね。」
「なぜ遅れた。」
「……寝てた。」
「大事な会議に遅刻するとは何事だ。」
「別にいいだろ?まだ始まってないんだし」
「なんだと?!」
「まあまあ二人とも、落ち着いてください。」
私の名前はリタ。性はない、普通のリタだ。女だが男として生きている。理由は、まあいつか話そう。
カースメイジの
皮画とはわかりやすく言うと入れ墨や彫り物だ。だが自分の意志で入れるものではなく、先天的または後天的に意図せず授かるものになる。私の場合、包帯で隠しているが左腕全体にその皮画が浮かび上がっている。私の皮画はケガにも見えるため人に見せれるようなものではないためいつも包帯で隠している。
私にケンカ腰に突っかかってきた若いような見た目の黒色の髪のごっつい体つきの男は
仲裁しようとして間に割って入った眼鏡をかけた女は知将と言われる
イスに座って、今のこの光景をふふっと微笑んでいる女が真理の巫女、
最後に、今この部屋にはいないが外で仕事をしている
勇者たちはそれぞれ私がカースメイジの
ダンガルドは盾と剣、そして太陽。インミは本と紙、そして星。ハイーナはヘイローと翼、そして光。ペイロンは旗と眼、そして神馬。
それぞれ、勇者が持っている力、象徴を表す皮画が体のどこかに現れている。ちなみに私のカースメイジの皮画は文字だ。左腕に、まるで壊死したみたいにびっしりと書かれた文字が映し出せれた皮画がある。それ以外には何もない。
「ペイロンがいないが始めます。」
インミはいつもの通りに指を鳴らし結界を部屋の範囲に貼って音が漏れないようにし、会議の内容を話し始めた。
会議の内容はいたってシンプルなものだった。
イルミ文字が書かれた壁画が記されたダンジョンが新たに発見された。イルミ文字は悪魔が使う文字でそのイルミ文字が書かれたダンジョンということはその周辺に悪魔またはそれに近い何かが住み着いた可能性がある。
「漏れ出る呪力量は?」
「確認できる段階で三百五十です」
「高いですね」
「はい。一般的なダンジョンは百から百五十の範囲ですが、純粋な値で計算すると敵は二倍から三倍の強さだと思われます。それ以外の何か要因も予想されますが……。」
「それ以外を考えても意味はなさそうですね。」
「どこから出土したもの?」
私が気になるのは漏呪力量じゃない。単純に呪力量が高いだけならそこらの国家の騎士団でもどうにかなる。だが、ゆかりの場所なら……そうもいかない。
「ベルゴア渓谷です。」
「わぁお。」
「……ほぼ確実か。」
「はい、おそらく。で、あるからしてオースメイラ王国の方々も我々に要請されました。」
はるか昔に戦争の舞台になったことがある平地ベルゴア。その西側にある大渓谷には邪教アンダードの神殿があったとされる場所。彼らが戦争で死んだ者たちを生贄とし、悪魔かそれに近い何かを召喚したとすれば、そこにイルミ文字の刻まれたダンジョンが出現するのも納得できる。
「問題は悪魔の等級ですね。」
「悪魔単体の三百五十は伯爵だ。もちろんそれ以外もいるはずだからもう少し低くなりそうだが。」
「オースメイラから何か情報はないのですか?」
「あります。」
インミは持っていた書類の中からいくつかの研究内容が記されているであろう紙を出してテーブルの上に並べた。
紙に書かれた内容のうち、いくつかはこちらが考えても仕方がないものだったが呪言師である私にとっては面白いものを散見することが出来た。
『ラヒーカ、デモーニクティメイネン、デゴズアとあとはロイツィヤ』
イルミ語で、悪魔・悪魔召喚・その個体名あともう一つ気になる単語があるけど、この単語の意味は分からない。ロイツィヤとは何だ?
「何かわかる方いますか。」
「ラヒーカはイルミ語でデーモン、デゴズア、生贄の儀式、ハーインリーヒ、あとはデモーニクティメイネン……だから悪魔召喚かな?」
「ハーインリーヒとは?」
「欠けてるけど前後の文字から、この場所の名称?だとおもう」
「デゴズアという悪魔なんて聞いたことないですね」
神殿で育ったハイーナが聞いたことがないのであれば他の勇者やそれ以外の人たちも知らないだろう。消滅した悪魔なのか、それとも伝承に残らないほどの悪魔だったのか。
「ですが、何となくは情報を整理できました。今回の任はダンジョン攻略というよりも悪魔討伐になる可能性の方が高いです。」
インミが情報をまとめあげ説明すると、その日の会議は解散となった。そして、次に集まるのは三日後のダンジョン攻略前日と決定した。
リタは、話がまとまるとすぐにインミが降ろした結界を壊して部屋をでると、あくびをしながら歩いて要塞の外に出る。
イレリア王国の北側に位置するこのノードシーデン要塞は国の北を護るための重要な要塞軍事拠点だ。その面積は王都一区分で約四万五千平方メートル、この国最大の要塞で動員兵士数はおよそ三千もおり、一般的な要塞の広さは約二倍、動員数は約十倍にもなる。
理由は北側を護る要塞というのが大きいのだが、現在の王国が誕生する前の歴史においてこの要塞は魔族に対抗するための要だとされていたからそれもあってこの広さなのだろう。現在は帝国からの侵攻を防ぐ目的で利用されているが、今も昔も戦争の時代なのを見れば歴史はそう簡単にかわらないのだと常々思う。わかりやすく言えば「愚か」
まあ、私としては政治や戦争は勝手にやってという感じなので心底どうでもいい。巻き込まれさえしなければ干渉することがない第三者だ。といっても勇者なので当たり前ではあるのだが……私の場合は心情的にも情勢的にも第三者になる。
そんなことを考えていると後ろから信心の勇者であるハイーナに話しかけられた。
「お久しぶりです、リタ。お元気でした?」
「…見ての通りね。」
「よかったです。今日はこの後お時間ありますか?」
「あるよ?どこか行くの?」
「はい、その、デート…ではありませんが、王都に珍しいものを扱う商会があると教えていただきました。そこに行きませんか?」
「……いいけど」
「ありがとうございます!」
ハイーナは私の手を握って引っ張ると術陣の真ん中に立って「ポート:エルナス」と宣言した。
ポートは移動、エルナスは術陣に登録された王都の名前になる。要するにこれは瞬間移動用の道具とスペルである。
ハイーナに連れられて、王都の商会やそのほかの露店を回っていたら結構な時間が経っていて、西の空に赤い夕陽が王都をまぶしく照らしていた。
「……もうこんな時間」
「そ、そうですね。リタ、またご一緒できますか。」
「時間が合ったらまた行こう。」
「あ、ありがとうございます……!」
ハイーナと別れて、その日は王都の宿に泊まることにした。
「いらっしゃい。」
「飯と一泊。一人部屋でとれる?」
「はいよ、銀十枚だね。」
宿屋の店主だと思われる女性に銀を渡すと部屋のカギを渡してきた。
「どこで食べる?」
「部屋までお願い」
「出来たら持って行かせるよ。」
カギを持って階段を上る。廊下突き当りから三番目の部屋のドアを開けると鍵……ではなく、呪いでドアを封鎖した。正直木製のドアなんか蹴ったりタックルすればいくらでも壊して中に入れる。であればそのドアを壁にしてしまえばいい。
イスに座って手帳に今日のことを書き記す。誰にも読まれることのない呪言師の間にのみ伝わる文字と言葉で書き記すその手帳は、ぱっと見ではミミズのような波線にしか見えない。
ドアの奥で軽い足音が聞こえてくる。ドアをノックする音が聞こえてきたのでドアに掛けた呪いを解いてドアを開けた。
「はい、お客さん。わ、お客さん……かっこいいね。」
「……あ、ありがとう」
「ね、夜にお邪魔してもいい?金一枚でどう?」
売春か。こういう宿屋ではよくあることだ。王都でも女性、特に若い女性は働き口が限られる。宿屋で働けているだけでも十分だが給料はあまりなく生活する分には少々苦しいのだろう。金一枚は宿屋の一日の給金といったところだろうが、私は女だし、それに行為自体に全く興味がない。
「残念だが今は持ち合わせがない。」
「そっか~。お兄さん好みだったのに。」
そう言って宿屋の娘は階段を伝って下の階へと降りて行った。
勘違いしてくれて助かった。かっこいいやタイプといわれることは結構ある。当然だ。もともと女なんだから、そこら辺の筋肉質の男たちよりも顔立ちがいいし清潔感があるように見えるはずだし、ぱっと見ただけだったら貴族にも見えるはず。
ドアに先ほど解除したものと同じ呪いを施し、部屋の奥の机に食事を置いて、飯を食う。固くないパンは珍しくおいしいがスープはそこまで味が濃くない。腹を満たすための食事であっておいしさを求める食事ではない、まずくはないがおいしくもない値段相応の料理という評価だろう。
普段保存食の干し肉や森に生えてる野草ばかり食べていた身としては十分すばらしい食べ物だ。
先ほど途中まで書いていた手帳をもう一度取り出して、ペンを走らせる。書き終わった後にベッドに横になると一息ついて、目を閉じた。
夜が明けきる少し前に目を覚ます。鳥の姿も、人の声もない静かな光景が広がる。太陽もまだ低く、山の影に隠れている。部屋を出て受付にそっとカギを返して宿屋を後にする。さて、何をしようか。
時間の経過は非常に早いものであっという間に二日が経過して、ダンジョン攻略の日になってしまった。
「よし、全員揃ったか。」
人数を数えてそう宣言したのは
ノードシーデン要塞に集まった五人の勇者とオースメイラの騎士百名、イレリア王国の騎士八十三名の計百八十八名のダンジョン攻略隊。
ダンジョンを攻略するために集まった部隊にしては人数が多いが場所が不吉なベルゴア渓谷であることと悪魔召喚が行われた可能性があることを加味してこの人数が招集された。同盟を結んだ二国間による初のダンジョン攻略となる。鬼が出るか蛇がでるか、それは行ってみないとわからない。
「
ペイロンの宣誓は、さすが
ベルゴア渓谷までの道のりは非常に遠く険しいため術陣を使って複数に分けベルゴア渓谷近くの術陣に部隊を送り出すことになった。
「ポート:ファナル高原!」
一部隊ずつ代表がそう叫び、術陣が部隊を光で包み転送していく。術陣は多くの人間を一気に転送するにはそれ相応のエネルギーを必要とするためた媒介となるたくさんの呪力液を必要としたが、無事百八十八名の全員の移動が完了した。
「第一部隊から第四部隊、順に続けてベルゴア渓谷へ向けて行軍を開始せよ!」
術陣により移動したファナル高原からベルゴア渓谷までは約十キロもない。だが鎧を着たうえに剣や盾を持った騎士たちが早く移動できるはずもなく、長時間の移動になるだろう。荷物は持ってきているが問題が起きても、幸い近くに川も森もあるため食料や水に困ることはないだろう。
四時間に及ぶ行軍の末、第一部隊がベルゴア渓谷入口へとたどり着くことが出来た。ここから渓谷の底へと降りて、ダンジョンに向かう必要がある。ここまでの道のりでの戦闘は三回と多くないが少なくもない数が起きている。全てモンスター戦である。
騎士たちは鎧を着て視界不良で体が硬いなか、慎重にそして確実に渓谷を下っていく。これも訓練や経験のおかげなのだろうか。とリタは思う。この攻略部隊の中で一番身軽なのが呪言師の勇者リタだ。なにせ必要とする武器はその身一つなのだから何もいらない。
「勇者リタ、何か気配は感じますか。」
話しかけて来たのはオースメイラ騎士団の騎士団長のラーキンス。三十後半という若い年齢の騎士でありながら騎士団長という素晴らしい職と腕前の騎士だ。
「……なにも。」
「わかりました。」
リタは呪言師だ。だから他の勇者や人間よりも呪力を感知したり気配をとらえるのがうまい。リタがそれを感じ取らないということは近くに大きな脅威はないということだ。もちろん脅威となりえない小さな気配は関知しているが鳥や狼などの動物なので恐れるような存在ではない。
「やっと到着しましたな。」
「えぇ。訓練で鍛えているといってもいざ戦場に向かうと考えると疲れますね。」
「……戦場はこれからですよ。」
騎士たちは脅威の少なさに少しだけ緊張がほどけている。緊張の糸を張り詰めすぎるべきではないがこのくらいの解け具合であれば逆にちょうどいいだろう。
「半刻の休息後、ダンジョン内に侵入し攻略を開始する!作戦同様、ダンジョン最奥までよろしく頼む。」
半刻……つまり三十分、休憩にしては長い気もするが行軍の休憩はたぶんそのくらいなのだろう。とリタは思う。リタは勇者だがこのような軍による大移動は初参加だ。呪言師は基本的に一人で完結するタイプの戦闘法を用いる。そのため少数または一人での戦闘しか経験していないのだ。なので半刻の休憩なんて襲ってくれと言っているようなものでしかない。
「リタ、チョコレートどうですか?」
「ハイーナ、相変わらずチョコ好きだね。」
「いつも持っていますよ?おいしいですからね。」
「じゃあ、一個もらってもいい?」
「はい!どうぞ。」
黒色にも見える茶色の四角い固形を箱から一つだけ手で取りだす。
口に入れると甘さがいっぱいに広がり、その甘さの中に少しほろ苦さもありその苦さが甘さを十分に引き立てる。舌に溶けていくチョコレートは口全体に甘さを伸ばし、自然と喉の奥に消えていった。
「おいしかったですか?」
「甘かったよ。」
「ふっふっふー。そうでしょう!これは神が私に授けてくれた最高の菓子ですからね~!」
ハイーナはどや顔で威張るが、実際作ったのは神でもハイーナでもないんだよな。と思いながらそれを言わずにしまっておく。
「チョコって高いんじゃない?」
「大丈夫です!神の信者が私に送ってくださいました!」
それって大丈夫なのだろうか…?それってハイーナ宛じゃなくて神様に宛てた供物では?
「あ、毒の心配はありません。私が触れた時点で消えますから」
「そ、そこは心配してないよ。」
「よかったですっ!あっほかの方にも分けてきますね!」
ハイーナはそう言って、ほかの勇者や騎士のいる方へと走っていった。
騎士たちの集団に紛れていくハイーナはやはり目立つなぁ、と思っていると騎士が急に膝を地面に付いて深々と頭を下げたときは「さすが聖女だ…」と改めて感じた。
「情報が一切なダンジョンです。十分に警戒して進みましょう!時間がかかっても問題ありません、慎重に行動してください!」
「「はい!」」
ペイロンの合図で慎重にダンジョンの中に入っていく。ダンジョンの中は特殊空間になっていて明かりがなくても十分に周りを見渡すことが出来ている。
石造りの荒廃した神殿のような空間が広がる。壁には壁画が描かれており何かにひざまずいているような描写が書かれている。特殊模様やイルミ文字が描かれていること以外は既存の発見されているダンジョンとそう大差はなさそうだ。
「……?警戒しろっ!」
騎士団長のラーキンスの雷鳴にも劣らぬ大声が響き渡る。ダンジョンの通路の物陰から骸骨騎士やリッチが姿を現した。
「リッチがいるとは……っ!!!」
不死王リッチ。元は人間種だった存在が自分が治める学問の真理を追究し続けたがその夢かなわずに死んだが、無念の中でその執念を忘れた状態で不死者として甦ってしまった中位の魔族だ。
生前に真理を追究した者というだけあって、そのリッチが使う力は油断できぬほど強力で数十年前に一体のリッチロードが国を滅ぼした過去もある。
「陣形!盾兵っ!シールドを展開せよ!攻撃隊、用意!」
騎士団長の指示に従い、騎士たちがそれぞれの役割通りに行動をする。リッチが魔族の呪術を展開するが、それを盾兵が相殺し呪術の発動により行動が出来なくなったところに言霊師が展開していた術を行使する。
骸骨騎士とリッチに術が直撃するが、骸骨騎士は粉々になって消し飛んだが、リッチはギリギリのところでリキャストが完了していたのかシールドを展開しておりダメージはほとんど受けていない様子だ。
キー!キキキキキッッ!!と耳をつん裂くような甲高い笑い声を上げたリッチはイルミ語の詠唱をはじめながら両手にググッと力を入れてエネルギー体のようなものを作り出す。
あれを直撃したらシールドを張った騎士でも負傷者が出るな……。
『「詠唱解除」』
『キッ!?』
リタは呪術を行使されるとまずいと感じ口元を手で隠して呪言を唱える。呪言はイルミ語で人間にはほとんど聞こえない特殊な発音方法を利用するためほかの騎士や勇者は何が起こったのかわかっていないだろう。
だが目の前のリッチだけは私と眼が合ったので私が詠唱を無効にしたと理解したようだ。まあ、だからと言って何かが起こるというわけでもないのだが。
リッチは詠唱解除されたが、たまっていたエネルギー弾を騎士たちめがけて発射してくる。そのエネルギー量は詠唱が完全ではないといってもすさまじいもので何人かの騎士が吹き飛ばされてしまった。
「――――っ!くそっ!衛生兵はけが人を運べ!戦える者はけん制攻撃せよ!」
言霊師が詠唱をはじめ、手のひらの上に浮かぶ炎を大きくしながら詠唱が終わった者から順に術を行使してゆく。
熟練の卓越した騎士たちなのもあってか陣形はそれまでに修復されておりけが人は陣の後ろ側に運び出されていた。
ダメージが蓄積してきたのか、リッチに余裕がなくなってきている様子がうかがえる。
『キキッ!キエェェアァァッ!!』
リッチの咆哮がダンジョン中を轟かせ敵を威嚇する。だが素晴らしいかな、騎士たちはそれ程度ではひるむことなく徐々にリッチとの距離を詰めていく。追い詰められたリッチは尻込みをして汗のようなものを額から流す。呪術の詠唱を始めたが残念ながらもう間合いに入っていたようだ。じりじりと距離を詰めていた騎士たちの刃の届く範囲にリッチが入っており、心臓に浮かぶ呪力液を凝縮したような呪力石を砕かれてリッチは『ギエェェェ!』と叫び声をあげながら灰になって消滅した。
「……リッチが出るとは思いませんでした。」
「えぇ。迷い込んだ学者が呪いを吸い込んでリッチになったのか、それともダンジョンがリッチを生んだのかわかりませんがこれ以上に慎重に進みましょう。」
攻略隊は気を乱すことなく先ほどよりも慎重に緊張を高めながら前進していった。
そしてついにダンジョンの最奥と思しき場所にたどり着いた。
「……間違いなく最奥の主の部屋でしょう。」
「これからは我々の仕事ですね。」
「ええ、勇者一行あとは、よろしくお願いします。」
「私たちがいれば勝利も同然だ!」
ダンガルドが勝利を確信しているような声で勝ち誇ったようなゆるぎない眼差しを向け宣言する。
「その通りです。騎士団の皆様は道中素晴らしい役目を果たしていただきました。次は私たちの番ですね。」
「イルミ、頼む。」
「はい。帰還の符を起動します。」
帰還の符とは紙に指定の術と絵を施し、符を破った際に起動した座標に即座に戻ることが出来る奇跡の符で呪い師が長い時間をかけて製作する貴重な護符だ。
起動した帰還の符を勇者全員が持ったあと、ダンジョン最奥へと続くデカい扉をダンガルドが力を込めて力だけでこじ開ける。
さすが、筋肉馬鹿だな。とリタは笑みを浮かべ思った。
長く、広い通路。その突き当りには……
「……っ!ドラゴン…ッ!?」
魔王を倒した勇者が存在した時代昔よりもはるか遠い時代に、存在した最も神に近くもっとも偉大だとされた種族「ドラゴン」。
悪魔の暮らす世界、精霊が暮らす世界、人間が暮らす世界、そして天使が暮らす世界を神の他に唯一、行き来すること許された存在でどの種族よりも最も欲の強い存在。神が生命体の求める完璧な姿だというのであればドラゴンは生命が求める最悪の姿。
ワイバーンやリザードマンのような種族はそのドラゴンの落とした力から誕生した種族だとされているが、まさかここまでとはっ……!
「ど、どうします?ドラゴンですよ!」
「どうもこうもないだろ、討伐できるかよドラゴンなんか」
「ええ、ですが……そうもいかないみたいですよ。」
ドラゴンの奥から、黒い何かがうごめいている。霧のような煙のようなモヤモヤとした形が不確かなものだ。
形が決まっていなかった何かは少しずつその姿を変えていき、背中に翼を生やした悪魔へと姿を変貌させた。
「……なんだ?お前らは。」
「悪魔、そこで何をしている。」
「もう見つかってしまったのか?せっかくリッチを呼んでいたのに。役立たずだなあ。」
「そこでっ、何をいしているのかと聞いている!答えろ!」
「このドラゴンを起こそうとしてるんだよ。まあ?死んでいるがね?このドラゴンの力を使って貴様ら人間が暮らす中間界をいただき悪魔の時代を作るのだ。」
「そんなことできるわけないだろう。」
「可能だよ。人間と違って私たちは姿に制限はないからなあ?」
悪魔が体を動かしてドラゴンに呪力を与えていく。悪魔がその姿を再び霧のように形不確かなものにした瞬間に、ドラゴンの鋭い目が開き、咆哮を上げた。
勇者たちは、それぞれの方法でその咆哮を防ぎ、ドラゴンおよびドラゴンの中に憑依したのであろう悪魔の討伐を開始した。
ダンガルドの大盾でドラゴンの大きな爪を防ぎ、インミの呪術作られた槍をドラゴンの体に突き刺す。ハイーナは神の加護でドラゴンの呪術による攻撃を防ぎ、ペイロンは言霊で精錬させた矢の雨を降り注いだ。
だが一向にドラゴンにダメ―ジが与えられているような気がせず、そのまま長い戦いが続いた。
どれほど時間が経過しただろう。ドラゴンの翼は傷つき、鉄のように固いうろこも剥がれ落ちたが、それでもドラゴンはその存在を証明し続けた。
疲労した体に、息が切れる。いくら攻撃してもそれ以上の攻撃が帰ってくる。加護を付与しても、槍で刺しても、意味がない。相手はドラゴンなのだから。
そんなことを考えながらも、意味がないことだと思いながらも全力で抵抗する。なぜなら、このドラゴンが外に出てしまったら世界が危ない。ということをその場にいる全員が知っているから。
「面倒だな……」
悪魔の声が聞こえた。
その瞬間、ドラゴンが口の中にエネルギーを溜めはじめ、歯や口の隙間からエネルギーの光が漏れ出てくる。
「くっ!まずい、全員避けろ!」
ペイロンが叫ぶ。その瞬間ドラゴンの口から先ほどとは比べ物にならない大きな光が放たれ、炎がすべてを燃やし尽くした。ドラゴンブレスだ。
ダンガルドが大盾をドラゴンに向けて構える、勇者全員をかばう。「ぐっ…」と苦虫をかんだ時のような言葉にならない声を上げて必死に耐える。
すべてが熱い。ドラゴンブレスは人が防げるようなものではないが、さすが勇者というべきか、ダンガルドはドラゴンが息を切らすまで出し続けたドラゴンブレスを刹那の差で防ぎ切った。
「……ぐ、ぐぅっ」
「大丈夫か!?ダンガルド!」
「す、すまない…」
ダンガルドは呻き声をあげ、その場に倒れる。
構えていた大盾と盾を構えていた腕はボロボロになり、これ以上腕を上げられない状態にまでなっていた。ところどころ装備が溶け、骨が出そうになっている。
だが、ドラゴンの攻撃はここで終わらないようだ。もう一度ドラゴンの口から微量の光が漏れ始める。
「まずい!ドラゴンブレスがまた来ますっ…!!!」
ハイーナが叫ぶ。
「しょうがない!撤退だ!帰還の符を使えっ!」
「は、はいっ!」
ペイロンは歯を食いしばりながらも苦渋の選択で撤退することを選択し、皆に告げた。インミがダンガルドの護符と一緒に帰還の符を使い、ダンガルドとインミが瞬時に光の粒子となり消えて行った。
ペイロンは最後の一撃に!と、矢を降り注ぐ攻撃をしたが結局意味はなく、すぐに帰還の符を使った。
「ハイーナ、急いで!」
「も、燃えてて……」
「え…?」
「護符がさっきのブレスで燃えちゃって使えない!!」
まずい。護符は一人一枚ないと効果は発動しない!このままじゃ、ドラゴンブレスをくらうことになる。これ以上は耐えられない。だから、どうにかして帰還の符を……っ。
あるじゃん。私の。
「ハイーナ!」
「な、なに?!」
「これ上げる。」
「……!だめだよ!リタっ!これじゃリタが逃げられない!」
「ハイーナ、あなたは聖女だよ。あなたがいなくなったらみんなが混乱しちゃうから。あなたが生き残って。」
「だめ……!リタも、リタがいないなんてダメ!」
リタはドラゴンの方を一瞬見る。漏れ出す光は強力になっていきこのままでは確実に間に合わない。
「ハイーナ、生きるんだ。」
『「さようならだ、ハイーナ」』
「え……っ。だ、め………!」
ハイーナの声が途中で途切れる。その瞬間に光の粒子だけがそのまま残り粒子さえも消えて行った。リタは自分の護符を使ってハイーナを帰還の座標まで飛ばしたのだ。
これで、私だけが残った。犠牲のなるべきなのは聖女ではない。なにがあろうと今後のためを思うなら聖女は生きるべきだ。
ドラゴンは状況を知り、口の中に溜めようとしていたエネルギーを解放してブレスの発動を中断させる。
「ふん!全員逃げたか!」
「あぁ。お前と、私だけだ。」
「お前だけでも、あの世に送ってやる。」
「やってみろ。追い詰められた鼠はドラゴンすらも死地に追いやるぞ?」
「そうこなくてはな!?!?」
ドラゴンのしっぽによる大振りの攻撃が立っていた地面をえぐり取る。ジャンプして無理やり躱すと、イルミ語で呪言を発現させダンジョンの壁や床の素材で剣を作り出す。
ドラゴンに剣を突き立て、攻撃するとかすかながらドラゴンのうろこに傷がつく。
予想通りだ!
リタが予想していたのはハイランド
青く、そして暗く輝く世界でもっとも固い鉱石の一種で、加工が難しくドワーフが扱うオグンの炎と呼ばれる炎で熱したときのみ柔らかくなり、その性質はすべてを穿ち、すべてを絶ち、すべてを刻むとされている伝説の
ハイランド鋼ならドラゴンブレスの熱でも溶けることはないのではと思っていたけどまさか本当にハイランド鋼だとは、これならまだ可能性はある。
ドラゴンの風をも切り裂くような勢いで飛んでくる攻撃をスレスレのところでかわしながら剣で切っていく。それでもドラゴンのうろこによる防御で浅い傷しかつかないが、リタはイルミ語による呪言の発現を抑えれば体力をほとんど使わない。
だが、そうやって殴っていてもドラゴンがそれをただ切れれ続けているだけとは限らない。だからどこかで決着をつけなければならない……。
―――自分の命を引き換えにしてでも。
「キサマ、呪言師だなっ!?なぜそのような動きができるのかはわからんが呪言では傷を付けれないぞ!」
ドラゴンは前足の鋭い爪で攻撃を続ける。左右の腕が、リタのいた場所を通り抜けていく。前足の攻撃の合間にもしっぽを巧みに使い攻撃を繰り広げるが、まるで牛若丸が橋の上で弁慶の攻撃を躱すかの如く、身軽な動きでぴょんぴょんとドラゴンの攻撃を避ける。
「うざったいやつめぇ!!」
「ははっ!そんな大振りじゃ当たらないぞ」
攻撃を与え、攻撃を受け、お互いに損傷する。ボロボロになった体を、無理やりにでも動かしながら剣をドラゴンの固いうろこへと突き立てる。
終わらない戦いの中に焦りが募る。
「ここまでとは……っ!」
悪魔が乗り移ったドラゴンは、リタの強さを認め本気を出す。
ドラゴンブレスのようなエネルギーの塊ではない、純粋な炎の塊を口から放出させてすべてを燃やす。
「死ぃねぇ!!」
「っつ…!」
物量で攻めてくる炎の塊が右腕を直撃し、燃え落ちる。
身にまとっていた黒いローブも炎に触れ、だんだんと燃えて灰になって消えてゆく。
隠していた銀色の髪があらわにしてふわふわとたなびかせながら、炎を避けてドラゴンに一歩、また一歩と距離を縮める。
呪言師の血を受け継ぐものだけが持っている光のような淡い黄色い瞳を尖らせて、精神を集中させる。
それでもドラゴンの攻撃をすべて躱すことが出来ず、だんだんと傷が増え流れ出る血が多くなる。
「呪言師の勇者もここまでのよだなぁ!?」
「ああ。」
ドラゴン、いや、悪魔よ。だが知っているか?お前の前で私が何度呪言を発現させたか。一度だ。ハイランド鋼を用いた剣を作るために一度だけ呪言を発現させた。そう、呪力は十分だ。
「さあ、死ぬがいい!!フレアノヴァ……」
ドラゴンが落としたエネルギーの塊が、地面に触れる。その瞬間目を閉じていても視力がなくなり目がつぶれるような眩い閃光が空間を穿つ。
『「遮れ」』
イルミ語による呪言の力が、リタを黒い力が包み込む。光が通り抜けていき、ドラゴンが目を開くと目の前まで迫るリタの姿があった。
「な!なぜだっ!!」
「けけっ!一緒に死のうぜ……っ!」
一言だ。呪言師にとって一言口に出すだけで効果が発動し、理を動かす。
制約の中にある強力な力は、世界を恐怖させるが、その向ける矛先次第で英雄と言われる存在になれる。
イルミ語は神の言葉だ。理さえも塗り替える、世界の言葉だ。制約の言葉をイルミ語でつぶやくと、その存在でさえ代償を支払うことになる。絶対に、絶対に、言ってはいけないよ。
あぁ。知っているさ、爺さん。だが、誰かを護るためなら……
――――許してくれるだろ?
『「死ね」』
ドラゴンに掴まり、イルミの制約の言葉をつぶやく。ドラゴンに向けられたその言葉は、ドラゴンを破壊しその形は少しずつ崩れ、ボロボロと黒い塊へと崩壊していく。旧約聖書に記される神を殺した灰、世界の灰と言われる物質。呪言によって変換された命が死ぬときに生まれる理の歪み。
「――――キサマっ!キザマァァァアアァアッ………!!!」
黒い世界の灰はドラゴンの体全体を包み、その存在を中に入り込んだ悪魔ごと消し去り塵と化させた。
制約の代償だ。力が入らない。
黒い世界の灰が、リタの体を侵食していく。
痛みは感じない……。ただ、体が動かない。
「・・・・~~。」
ダンジョン最奥へとつながる、大きな扉が開く。
奥から人が入ってきて、リタに近づく。長い金髪の人。
「~・・・!」
きっとハイーナだ。
何かを言ってるのはわかるけど、何も聞こえない。
ただ、ひたすらに私に触れて、涙を流しているのが分かる。ひたすらに私を揺らし、何かを訴える。
でも、無理だ。もう、何も……見えない。なにも聞こえない。
燃えて灰になった包帯がほどけ、黒い腕があらわになった左腕を、最後の力を振り絞って伸ばす。
「起きて!リタ!お願いだから!」
握られた左手を、上に伸ばして、ハイーナの頬に当てる。
もう。熱すらも感じない。
リタは、必死に、最後の力を振り絞る。
「お別れだ。」
「だめ…お願い、行かないで。まだ、だめだよ……」
ああ……本当に。お別れの時間だ。
世界の理の歪みが、徐々に修正されていく。体を覆った世界の灰が、だんだん白く淡い光の粒子となってリタの体と一緒に消えていく。
歪みの代償。制約を破った代償は、必ず負わなければならない。
『「―――――またね。」』
ハイーナが抱く、リタの体は、ハイーナの頬にやさしく触れたまま、そのすべてを光の粒子によって包まれ消滅する。
最奥に響く、ただ一人の悲しい叫びと、敬礼を残して。
無言の呪言師~最後の呪い~ しずく @tokishizu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます