その4 そして神様との日常は続く

 新しい社に引っ越したのは、凛子さんのお葬式のあと、少ししてからだった。

 お葬式でいろいろと思い出していたら感極まってしまい、祭壇の供花が一斉に枯れて、また一斉に咲き誇るというとんでもない奇跡を起こしてしまった。危なかった。そのあおりで凛子さんが生き返ったら、きっとめちゃくちゃに叱られて、早穂と二人、路頭に迷うことになっただろう。「野良神」になってしまう。


 本家のお屋敷の脇、裏山の入り口に小さな鳥居が建てられており、そこから一本の道が山へ続いている。そして頂上付近に小さな祠があり、そこには早穂の髪が収められている。一応、そこで大概の用は済むように、小さいけれど拝殿兼本殿という体にはしてある。

 そしてそこから奥は禁足地と定められ、立ち入った者は道に迷ってもらう。命までどうこうとは思わないけれど、早穂との平穏な生活は乱されたくはないのだ。ただ、年に一度、三橋家当主とその妻が参拝にここ、本当の本殿(つまり少し凝った造りの2LDKなんだけれど)まで来ることになっている。

 古来よりのしきたりという事にしたのだけれど、まあ方便というやつだ。そもそもが由紀恵さんから言いだしてきたことで、勝也さんも、里香さんも協力してくれることになっている。三橋家当主にだけ口伝で申し送られてきた秘儀、だとかなんとか言って。

 ただそれから毎年、正月十日には、当主夫婦がやって来るようになった。もう何十年、続いているだろうか。

 なるほど、「古来からのしきたり」も年ごとにサマになってくるものだ。

 正月十日にした理由? それはもう、三が日はごろごろしたり温泉に行ったり、みんなそうしたいと思ったからですよ。私の都合ではありませんよ。三橋家の皆さんもお疲れでしょうし。


 今年も正月十日がやって来た。達也くんから数えて何代目だったっけ? もう覚えていないわ。ただ今年は13歳になる息子を連れてきた。彼が次期当主だ。しっかりしてほしいと思う。バカ息子になったらその時点で祟るからね。断絶はさせないけど(私たちが困るから)、それなりに厳しいことはするわよ。

 

 流石に我が家を見た13歳の次期当主は面食らったようだ。それはそうだろうなあ、禁足地の裏山にこんな家が建っているとは思わんだろう。ん?よく見ると見覚えがあるな、この子。ああ、2年前に幾人かで肝試しに来て、一晩この山で迷ってもらった悪ガキの一人じゃないか。

 そうか、次期当主だったか。


 家にも驚いたようだが、そこにこんな美女が暮らしていたとは、さぞや驚いたことだろう。と、思って見ていたら、この悪ガキは、早穂をガン見してやがった。私の大事な早穂をガン見するなんざ100年早いわ。っと、見えるのか…… 早穂が。

 初見で見えるのは珍しい。大抵、当主を承継したことを報告に来た時に、初めて早穂が見えるようになることが多いのに、もう見えるのか。先行きが有望なやつだ。だが、お姉さんは許しませんよ。早穂をそんなに見つめると罰を当てますよ。

 「久しぶりですね。もう肝試しはしない歳になったのですね」

 私はにこりと笑ってそう言ってみた。ふん、巫女装束でにこりとされたら意外に怖いものなのだ。案の定、彼は縮こまった。父親が、現当主が慌てて平伏する。

 「そ、その節は申し訳ございませんでした」

 父親の反応に怯えを見せる少年へ、私はちらりと流し目をくれてやった。おい、お前も平伏せんか。

 彼は怯えながら父親をまねて平伏した。ふん、罰はこれくらいにしておいてやろう。

 「それでは今年も、恩頼みたまのふゆを授けましょう」

 厳かにそう言うと、私は若草色の淡い光を親子に注ぐ。次いで早穂も黄金色の光をあわせる。親子は草と土からなる自然の匂いに包まれ、心地よい風が吹くのも感じたことだろう。

 「恩頼の授け」はほんのわずかな時間で終わった。ふたりはしばらくぼおっとしていたが。やがてはっと正気に戻り、改めて平伏した。

 そして恐縮しながらも、ほっとしたような顔で、そして高揚した表情で、山を降りて行った。


 さっさと着替えた私は出前のメニューを広げた。こちらに引越ししてすぐに「かつげん」の息子が近所に支店を出したのだ。縁もゆかりもない滋賀県へ。

 それは完全に早穂の誘導だ。夜な夜な夢枕に立ち、支店を出すように言い続けたのだ。まあ、喋ってたのは私だが。早穂の加護もあって「かつげん」は本店も支店も繁盛している。孫の孫の……? だったかの今の代でも堅実に商売を続けているのは良いことだ。

 「わたしはとんかつ定食だけど、早穂は? 焼鮭定食?」


 さて、早穂、一緒に祠へお金を置きに行こうか。

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早苗の霊異録 たなかみふみたか @-tanakamiF-

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