その3 早苗、凛子さんの罠に嵌る

 「さて……」

 凛子さんは私を見つめて静かに口を開いた。

 「気が付いていると思うけれど、私ももう長くはないわ」

 私は黙って頷いた。

 由紀恵さんがショックを受けた顔をした。そんな由紀恵さんに凛子さんは優しく言う。

 「以前から言っていたでしょ。誰にもその時は来るのよ」

 と。

 「由紀恵には聞いておいて欲しいから、同席してもらったわ。かまわないわね」

 そういう凛子さんに私は再び頷いた。そして私は感情を込めずに言う。

 「あと、ひと月ってところだと思う」

 由紀恵さんが息をのんだ。心の底から申し訳なく思うが、私が由紀恵さんの前で宣告することを、凛子さん自身が望んでいる。

 ずるいなあ、悪役だよ、私。

 「早苗にはここの裏山に住んでもらおうと思う。社はもう建てているからあとは手直しすればいつからでも暮らせるわ」

 私はうなだれて、無言で聞いていた。

 「インフラや食料は、すべて三橋が面倒見るように、私が居なくなってもずっと面倒見るように、遺言に残して書いてあるわ。もちろん、達也さんの遺言にも書かれているから安心して」

 「うん、ありがと」それだけ言った。少し泣きそうになって来た。

 「生活費は心配しないで。祭祀料ってことになるわ。……まあ、税金対策だと思って気楽に受け取って」

 「うん」

 「行動は自由にしてくれていいわ。いつでも好きな時に好きな場所へ遊びに行ってね」

 「うん」

 「原稿も、今までどおりで。印税なんかも三橋出版がうまくやるから」

 「うん」

 「達也さんもね…… 心配してたの。あの二人、大丈夫かなあって」

 「うん」

 そこで凛子さんが一息ついた。私はうなだれていたから凛子さんの表情はわからなかったけれど、由紀恵さんのすすり泣きは聞こえる。

 「だからね…… ずっと三橋を祝福してね。恩頼みたまのふゆって言うらしいけど。これをずっとね、永遠に」

 「うん ……ん? はあ?」

 慌てて顔をあげたら泣き笑いの凛子さんが居た。

 「それって…… やっぱり三橋に呪われ……」

 「三橋じゃないわ」にやりと笑って、彼女は言った

 「”私の呪い”よ」

 凛子さんが笑い出した。それを見て私も笑った。笑いながら涙が出てきた。そうか、凛子さんか。凛子さんに呪われるんなら仕方がないなあ。


 二人でずっと笑っていた。



 凛子さんの臨終には立ち会わなかった。

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