ダブルエックストリガー
真名千
ダブルエックストリガー
「
「せっかくですが、お断りします」
(分かってますね?)と紬は職場のおじにホルスターの膨らみをさりげなく誇示した。
「そ、そぉ……。残念だな~」
おじはすごすごと引き下がっていく。
20XX年、銃刀法が劇的に改正された。すなわち女性に限って護身用の拳銃所持が解禁された。外国人や性犯罪への不安を煽りに煽ったポピュリズム政党X党が公約にして政権をとったことで、これが可能になった。
技術の進歩も関係している。
女性護身用拳銃のトリガーには遺伝子を簡易に解析する装置が組み込まれており、Y染色体の持ち主が引いてもロックされて動作させることが出来ない。生きたXX染色体の持ち主のみ拳銃の発射が可能であった(体温や脈拍もモニターされている)。
もちろん、警察などの司法機関がもつ銃には、そのような安全装置は組み込まれていなかった――こちらには登録された遺伝子をもつ人間だけが使用可能になる仕組みが期待されていたが、求められる技術的難度が女性護身用拳銃とは全く異なっており、コスト的な問題から実装が難航していた。
代わりに一部では指紋認証が使われていた。
ピースオーダーと名付けられたこの女性護身用拳銃はひとたび発売されると飛ぶように売れて、一気に銃所持率が上がっていった。ポピュリズム政党が銃器メーカーから裏金を受け取っていたことは言うまでもない。
こうして腕力の不均衡が、火力によって押し戻された結果、男女の社会的な関係が徐々に変わっていった。職場などでつきまとい無理に交際を迫るような男性が減っていったのである。そのまま物理的に減らされる事件も起きた。
だが得られた平穏は一時的なものだった。
拳銃の流通量が増えれば当然、銃弾の流通量も増える。そして銃自作のネックは高品質の銃弾の確保にあった。女性護身用拳銃の普及は銃弾の入手を以前よりも容易にした。その結果、アンダーグラウンドでの自作銃を大幅に増加させた。しかも、それらのハンドメイド銃は以前より性能が向上していた。
流石に3Dプリンターでの製作は、かなり強引に規制されていたが、それでも単発式のパイプ銃なら所持は比較的容易であった。
またシンプルに女性が闇バイトなどの犯罪グループに引き込まれ、銃を持って犯罪者側に回る事例も発生していた。治安悪化を受けて、正規に拳銃を所持する家族の女性に銃弾を提供してもらい、護身用にハンドメイド銃を隠し持つ男性まで現れた。
そのような状況になすすべのないX党がまだ政権を握っている間に、世間を震撼させたのが「パイプガンナー事件」であった。
連続大量殺人犯の「パイプガンナー」は最初の犯行では鉄パイプで女性を襲って護身用拳銃を奪った。次の事件からは、奪った拳銃の銃弾を利用したパイプ銃を自作して強盗殺人の犯行を恐るべき頻度で繰り返した。もはや犯罪のために銃弾を奪っているのか、銃弾を奪うために犯罪をしているのか、傍目には分からないありさまであった。
「やつはトリガーハッピーなのだ」と指摘する捜査関係者もいた。実際に奪った銃弾の数に比べて犯行で使われた銃弾の数は少なく、短期間で更新されるパイプ銃の試射で使いまくっているものと思われた。
もちろん、そこら中に監視カメラがある世の中でこんな犯行が長続きするはずがない。
「パイプガンナー」の姿こそ帽子やマスク、コートで隠されていたものの、やつが護身用拳銃を奪う犯行の最中がついに監視カメラに撮影され、警察によって無人コンビニの内部に追い詰められた。
深夜、連続大量殺人犯は完全に包囲され、逮捕は時間の問題だった。
警察特殊部隊の指揮官は無線で命じる。
「あーあー、そちら、月は出ているか?やつの装備は単発式のパイプガンのみ。次に威嚇で発砲したら一斉に突入しろ!」
『了解』
パァン!
「GO!!」
乾いた音の直後に特殊部隊が突入する。だが――
パンパンパンパンパン!
特殊部隊がもつ短機関銃とも異なる、聞こえるはずのない銃撃音が現場にこだました。
「やられた!」「下がれ下がれ!」「サブを持ってるぞ!!」
現場は混乱に包まれる。
「バカなっ!!?」
指揮官はありえない事態に混乱した。徹底した画像解析でパイプガンナーの銃に連発機能がないことは明らかだった。他に銃を持っている情報もなかった。仮にごく小さなものを隠し持っていても、あれほどの連射ができるとは……正式な工業製品並の性能だ。
そこでふと指揮官はもう一つ確実に持っている銃の存在に気づく、やつには使えないはずだと思い込んでいた。
「――まさか!?「パイプガンナー」の正体は」
ダブルエックストリガー 真名千 @sanasen
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