第2話 『逃げることには「意味」がある』
「あっ」
教壇から足を踏み外した女子生徒が、手にしていた教育資料を床にばら撒いた。
それをチャンスと思って立ち上がり、無言の圧力を帯びている視線から逃れるように、彼女がばら撒いた教育指導資料を集めた。
「あ……ありがとう……」
「これ職員室に持ってくの?」
俺の問いにただ頷いた彼女は、小さな体で資料を集め、たまに顔に似つかない大きな眼鏡を戻していた。
黒い髪は艶はなく、どこかゴワゴワしている感じで、その長さは肩くらいまであった。
「なら運んでやんよ」と立ち上がると、行く手を妨ぐ様にイケやんが立っていた。
その目は呆れている。
それもそうだろう。野球をやると言ったのは確かだが、入学式の次の日からやるもんだと思っている、こいつはおかしい。
何度もなぜ来ないと聞かれたが……
「だから二週間は部活動見学が許されてただろう?二週間はその期間を有意義に過ごしたい」と応えると……。
「お前の兄貴の気持ちは?」
俺が兄貴に野球道具一式を買ってもらった経緯を知っている。
だから……そんな情に流される様な発言を……
「あ……佐藤君……わ……わたしは……大丈夫です」
彼女のか細い声に視線を移すと、床を見て申し訳ない表情を見せていた。
その表情に……
「みろイケやん。お前が威圧的な表情しているから……ん?誰だっけ?」
彼女を見ると、再び……
「は……はし……もと……ま……ゆみ……です」
「ほら橋本さんもお前が怖くて、オドオドしてんじゃんかよ」
俺は橋本さんの手を取った。
「え?」
「行こう橋本さん。俺も少し持ってやっから」
勢いを伴って、イケやんと東堂さんの間をすり抜けて、教室を後にした。
「え……わ……わた……」
「大丈夫。助かったよ。ナイスタイミングだった」
彼女が言おうとしたのを妨げる様に言葉にした。
遠くから東堂さんの声が聞こえる……
……ったく、書くって言ってんだろうが!
その言葉に振り返り、
「わかった。明日から出るから、イケやんも帰れ!」
俺の言葉にどう言う表情をしていたかはわからないが、とりあえず、今日は凌げると思った時に、掴んでいた手を、恐ろしい勢いで払われた。
「……手……いた……いで……す」
そう言えば、俺の握力は妹がドン引きするくらい強かった。
「ご……ごめん」
「い……いえ……」
彼女の頬がほんのり赤く、照れているのだろうか、俺と目を合わせない。さっきも床を見ていたし、この人も人見知りするのだろうか。
「わ……わたしは……もう大丈夫なんで……それ……」
「いや、いいよ。確かに持てない重さとは思わないけど、助けてもらったお礼」
「助けた?わ……わたしが?」
「あぁ。俺野球部に入るんだけど……もうちょっと自由にしたいなって思って……」
職員室に向かって歩きだした俺の後ろを、追ってくる気配がわかる。
「野球……部……」
「うん。橋本さんは?何かやるん?」
「……わ……わたしは……特に……」
か細い声が聞こえる。と言うか聞こえづらい。
少し歩調を弱めると、彼女も弱めた。俺の後ろの位置を誇示しているような、そんな彼女に向かい立ち止まり、振り返った……
そして……。
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『俺たちの青春』 シーズン1 高校生編 春から初夏 さすらいの物書き師 @takeman1207
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