続ごんぎつね 彼岸花の咲くころに
さわみずのあん
彼岸花の咲くころに
彼岸花が咲いていた。
彼岸花が枯れ、四十九日。
山が眠り、また、四十九日。
冬のこと。
二、三日。雪がふりつづいた。
その間、兵十は。
外へも出られなくて。
家の中にしゃがんでいました。
月がこうこうと照る。
ある。晩の、ことです。
こんこん、こんこんと。
兵十の家の戸を。
叩く。ことを、せず。
口で。こんこん、こんこんと。
呼ぶ。声がします。
「こんな夜中に、誰だ? 加助か?」
兵十は、なっていた縄を置き、
戸口の声に耳を傾けます。
けれど、こんこん。と呼ぶ声は、
年を取った、女の人の声です。
「弥助のかみさんかな? おおう、今、開ける」
兵十は戸を開け、目を丸くします。
そこにいた人の顔が、死んだおっ母に。
まっこと瓜二つだったからです。
「おっ母」
雪明かり月明かり。
その下での朧げな顔かたちでしたが。
おっ母に似ている。本当に似ている。
兵十はしげしげと見つめる顔の、
口が開きます、
「晩も、遅くに。失礼いたします。私、ゆき、と申します。恥ずかしながら、雪で、道に迷ってしまい。どうか一晩。ここに泊めてもらえないでしょうか」
「おっ、おお。おお、入りな入りな」
兵十は、ゆきを、家の中に上げます。
「まいったな。なんか、あったかいもんを。ああ、ゆきさん、そんな土間のとこで、たってないで、上がりな上がりな。待ってろ、確かおっ母の着物が……」
ゆきは、兵十の死んだおっ母の着物を着て、囲炉裏の前で暖まっており。兵十は、それを見て、なんだか心が温まりました。
「ほら。ゆきさん。栗粥だ。外は寒かったろう」
と、ゆきに。大きな栗の入ったお粥を渡します。
「まあまあ、本当にありがとうございます。立派な栗まで入って、」
「いや、まあ、貰い物なんでね」
「ほう、それはまた、どなたから?」
「いや……、実はね。信じられないかもしれないんだが……」
兵十は、自分でも、なぜこの、話を聞いてほしいのかは、分かりませんでした。
おっ母に似たゆきに、ごん狐の話をしました。
「……青い煙が、まだ筒口から細く出て、げほげほ。煙いね。囲炉裏が。どうも、」
煙のせいでしょうか、兵十は目に。薄ら、涙を浮かべていました。
「なるほど。ごんが。この栗は。そうでしたか。ごんが」
「まあ、ゆきさん。信じられない話だとは、俺だって思っていますよ」
「いえ、きっと。きっと。あの子です。追い返しても追い返しても」
「あの子? 追い返しても?」
「狐はですね。夏の終わりに、子離れするのですよ」
「へえ」
「今まで、帰っていた家。まあ、巣穴。ですけれど。そこに帰ろうとすると、ある日突然。追い返されるのです。一匹で生きておいき。ここへは二度と戻ってくるんじゃないと、母親が牙を向くこともあるそうで。それが、狐の。自然の掟。なのです」
「はあ、厳しいものですね」
「でも、この子は。いえ、ごんは、自分が何か悪いことをしてしまったんだ。ごめんよ。おっ母。許してくれ許してくれ。と栗や松茸を巣穴の前に置いていったのでしょう。母親が巣穴を変えるまで」
「ははあ、やけに狐にお詳しいですね」
「山の方で狩りをしていたものですから」
「へー、見かけによらないですねえ」
「それで、えと、兵十さん?」
「なんでしょう?」
「この、栗は、私が食べてしまってよろしかったのですか?」
「ええ、構いませんよ。まだ残りもありますしね」
「残りは、どうなさるおつもりで?」
「春先に。埋めようと思いまして。」
「そうですか。それが。よろしいでしょう。なら。兵十さん?」
「へえ」
「ご迷惑でなければ、春先まで、ご一緒にお住みしても、よろしいでしょうか?」
「はえ、まぁ、よろしいですが……」
春。
「それでは、兵十さん。さようなら」
「ああ、そうか。行っちまうのかい?」
「ええ。もう。会うこともございませんでしょうが」
「寂しいねえ。へへ。実を言うとね。ゆきさん。あんた、俺のおっ母に、」
「それはそうでございましょう」
「えっ、それは、どういう?」
「母として。母親として。私は。子のために。いえ。もうしわけのない……。栗。育つとよろしいですね」
ゆきは、ごんと栗の実の、埋まっている場所と。
兵十を、ちらと見、発って行った。
空は、晴れていたが、ぽつりぽつりと。
いく粒か、雨が降っていった。
十年後。
秋。
兵十は死んだ。
腹が破れ。
腸からは。
彼岸花が咲いていた。
およそ二百年後。
日本でエキノコックス症が初めて発見される。
続ごんぎつね 彼岸花の咲くころに さわみずのあん @sawamizunoann
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