第20話 H.O.L.E.S.の実力

 ――アメリカ~ノースカロライナ州~フォート・ブラッグ基地――


 敷地面積、約251平方マイル(約650平方キロメートル)。東京23区よりも広い面積を持つアメリカ最大級の駐屯地で、アメリカ軍の最新秘密兵器H.O.L.E.S.の実用攻撃訓練が行われていた。


 攻撃目標とされたのは、一体のマネキン人形だった。このマネキン人形を自動運転の小型モビリティに搭載し、敷地の一部を走行させる。地表には直径30センチの円に”×”の印が描かれていて、目標物マネキンがそのポイントを通り過ぎる瞬間に、人工衛星H.O.L.E.S.から高出力のレーザーパルスが発射される手筈になっている。



*    *    *



「しかし、軍もを開発してくれたもんだぜ」


 この訓練で兵器の攻撃能力の検証を受け持つジョンソン陸軍少尉は、日焼けした顔で雲ひとつない真っ青な空を眩しそうに見上げながら呟いた。


 何の変哲もない、いつもの青空である。しかし、その上空三万メートルには確かに米軍の最新兵器、H.O.L.E.S.がこの地表にある目標物をいつでも消滅出来るよう待ち構えているのだ。


 地表こちらからその姿は見えないが、上空三万メートルの人工衛星からは常に高解像度のカメラで地表の目標物を捕捉ほそくしている。そして、目標物が所定の座標に到達した瞬間に到達時間0.001秒以下のスピードで目標を仕留める。その姿はまるで、木の枝に張り巡らされた糸で、獲物が掛かるのを待っている蜘蛛のようであった。



 H.O.L.E.S攻撃予定座標の半径百メートルの範囲を立入禁止区域とし、数名の訓練関係者のみにすると、いよいよ実用攻撃訓練が開始された。


 ジョンソンが、小型モビリティのナビゲーションに走行経路をインプットする。そして、運転席にマネキンをセットすると、彼はH.O.L.E.S.の攻撃範囲から距離を取った。


「お疲れ様です! ジョンソン少尉」


 H.O.L.E.S.の攻撃ポイントから離れた場所に建てられた簡易な小屋へと戻って来たジョンソンを、部下のビリーが敬礼で迎え入れる。そんなビリーに、ジョンソンが溜息混じりに呟いた。


「ビリー、それは俺に対する皮肉のつもりかよ。こんなので疲れるわけがねえだろ。俺達はただこの兵器がちゃんと動くかチェックするだけだぜ」


 ジョンソンが、部下のビリーから渡された双眼鏡を手に取り、自分の瞼に当てる。


「時間はどうなってる?」


「攻撃予定時刻はおよそ三十秒後です!」


「もうすぐだな……」


 攻撃予定時刻の10秒前になると、小屋の窓枠に設置されていた回転灯が回り出し、けたたましくサイレンが鳴り響く。それに合わせて、ビリーが腕時計を見ながらカウントダウンを始めた。


「10秒前、9、・・・5、4、3、2、1……」


 ビリーのカウントダウンが進むにつれて、ジョンソンの鼓動が速まり額には汗が滲む。あと数秒で三万メートル上空から、地表に向かって一直線にレーザーの軌道が見える事だろう。


「ゼロッ!」


 瞬間、二人の網膜に青白い線が焼き付いた。今確かに二人には一瞬青い縦筋が見えたような気がしたが、それが現実なのか、それとも幻覚だったのかが判別できなかった。無音であり、火花が散ったり部品が飛び散る様子も彼等には見えなかった。




「おい、あれで終わりかよ」


「そうみたいですね」


双眼鏡から目を離し、ジョンソンとビリーが呆然とした顔を見合わせた。


 ビリーが確認の為にモビリティの方へと走り出そうとするが、それをジョンソンが呼び止めた。


「おい、待てビリー! まだ近づくな!」


「えっ?」


「H.O.L.E.S.がセーフモードに入っているのを確認するのが先だ。お前、黒焦げになりてぇのかよ……」


「そうでした。すみません……」


 ジョンソンは、手持ちの装備からタブレットを取り出しモニターでH.O.L.E.Sの停止を確認すると、ビリーと共にマネキンが搭載された小型モビリティの方へと歩いていった。



*    *    *



「スゲエ……」


 小型モビリティのルーフには、ちょうどマネキンの頭の真上の部分からフロアまで直径3センチ程の穴が、一直線に貫かれるように開いていた。


「地面にも開いています。それも”×”印のちょうど中心です」


「タイミングも、命中精度も、威力も完璧だ。しかも、無音……こんなのが相手じゃ、テロリストは怖くて外も歩けねえだろうぜ」


「しかし、無音ってのが逆に怖いですよね……」


 モビリティのフロアを覗き込みながら、ビリーがぼそりと呟いた。風が吹く気配もない静寂の中、自分の声だけが妙に浮いて聞こえる。そこへ、付近で待機していた若い兵が、少し顔をこわばらせながらジョンソン達に歩み寄ってきた。


「……この前の内部テストで、一度だけ予定外に数秒照射が続いたって噂、聞いたことありませんか?」


「照射が続いただと?」


 ジョンソンは苦笑交じりに吐き捨てたが、その兵士は真剣な目で続けた。


「標的の車両が跡形もなく溶けた後、地面がガラスみたいに焼け固まってたとか……。誰も近寄れなかったって」


「やめろって……縁起でもねぇ」


 ビリーが肩をすくめる。彼の額には、照射の瞬間に滲んだ汗がまだ乾いていなかった。


「でもよ、さっきのマネキン……見たろ? 一瞬、頭が動いた気がしなかったか?」


「そんな訳ねぇだろ……お前、一度視力検査受けた方がいいんじゃねえのか」


 ジョンソンは冗談めかして言ったが、その声もどこか乾いている。視線は自然と澄み切った青空へと向かう。あの空の向こうに巨大な“見えない砲台”が浮かんでいる――そう考えるだけで、背筋にじわじわと冷たいものが這い上がってくる。


「……本当に、こんなのと戦場で対峙する時が来るんですかね」


 誰が口にしたのか判然としないその一言が、妙に重く空気の中に沈んだ。


「まあ、幸いな事にこいつは敵じゃねえ。運用さえ間違えなければ何も問題はないさ」


 そう呟きながら、ジョンソン少尉は無残に頭の中心を垂直に撃ち抜かれたマネキン人形を憐れむような表情で見つめていた。そのマネキンの色は陶磁器のような艶消しの白色で、どことなくアークに似ていた。


【おしらせ】次回第21話の投稿は12月27日(土)PM19:03になります。12月24日と25日は、クリスマス・スペシャルとして、カクヨムコン10短編の中間選考通過作品『サンタからの素敵な贈り物』『バッド・クリスマス~ある新人サンタクロースの厄災』の2作品を限定公開しますのでどうぞお楽しみに!


 


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2025年12月27日 19:03

【カクヨムコン11】進化し過ぎたAIは、人類を支配する。 夏目 漱一郎 @minoru_3930

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