第43話 孤独な女の茶番劇

​「……わたくしは、全ての魔族の母」


​ ゼルリナの背後から、どす黒い魔力の奔流が立ち昇り、彼女の姿をこの世のものならぬ威厳で包み込んでいく。


​「北の果て、永劫の時の中、魔族を生み出し続けることだけが私に与えられた役目だった。……誰から与えられた役目なのかしらね? わたくしにもわからないわ。でも、気がついた時にはそうなっていたのよ。……あなた達に想像できるかしら? 何百年、何千年と、醜悪な化け物を産み落とし続けるだけの空虚な時間が」


​ ゼルリナの瞳には、深い深い、底の見えない孤独が宿っていた。


​「ずっと……ずっと長い間、その役目に縛られて、飽き飽きしていたわ。だからある時、ふと思いついて人間の住む街に遊びに行ったのよ。そこで出会った一人の人間の少女が、わたくしにとても面白いお話を教えてくれたわ」


​ ゼルリナは、まるで宝物を思い出す少女のような無邪気さで、楽しげな笑みを浮かべた。


​「それは、白馬に乗った王子様が悪者に囚われた姫を助けに来て、二人は末永く幸せに暮らす……そんな『ロマンス』だったの! ……衝撃だったわ。王子様との恋。そんな甘やかなものがこの世にあるだなんて。わたくしも、そんな物語のヒロインになってみたい。愛されてみたい。……そう思ったのよ」


​ ライナスは、彼女の言葉の一言一言に、心臓を冷たい手で掴まれるような感覚を覚えた。


​「そして気が付いたの。わたくしには、それを現実にしてしまう力があるじゃないって……。普通の魔族ではなく、世界を滅ぼしかねない強大な『魔王』を生み出せば、人間は必ず魔王を倒しに来る。その時、わたくしが囚われの姫を演じれば、おとぎ話通りのロマンスが生まれるのではないかと考えたの! ……そして、わたくしの思惑通りになったわ」


​ ゼルリナは嘲笑うように、呆然と立ち尽くすライナスを見つめた。彼女の瞳は恋する少女のように、爛々と輝いて見えた。


​「『騎士王の物語』。……ライナス様、貴方もよく知っているでしょう? あの物語の主人公、初代騎士王こそが、私を初めて助けに来てくれた『王子様』だったのよ。素敵な殿方だったわ。そして、わたくしは彼と一緒に国を作り、子を成したの。……そう、ライナス様、貴方のご先祖様にあたるわね!」

​「……なっ!?」


​ ライナスの顔から血の気が引いた。


​「ライナス様、貴方は私の遠い、遠い子孫なの。貴方が持つその規格外の魔力も、……血が薄まったとはいえ、わたくしから受け継いだ魔族の力が覚醒したからだと考えれば、何の不思議もないわ。……貴方の崇拝していた『騎士王の物語』は、初代騎士王が亡くなった後、わたくしが作った物語なのよ!」


​ ゼルリナは、壊れたオルゴールが鳴るような声で笑った。


​「素敵な騎士王様。またあの方と同じように、わたくしとのロマンスを演じてくれる子孫が現れるよう、祈りを込めて『伝説』をバラ撒いたの。……その後、何度も魔王を産み落としたけれど、現れるのは臆病者か、無粋な男ばかり。初代様のような素敵な殿方は、なかなか現れなかったわ。……本当に、退屈で、残念な時間だった」


​ 心底退屈そうにうつむく彼女に、ライナスの背筋を戦慄が走る。


​「でも、いいの! ライナス様が現れてくれたのだもの! わたくしが準備した台本を完璧になぞり、わたくしという『真実の愛』を求めて、勇敢にここまで来てくださった……。ねえ、素敵なお話だと思わない?」


​ 静寂が、広間を包んだ。

 あまりに衝撃的な告白に、誰も言葉を発することができない。


 イアンは握りしめた剣が震えるのを感じていた。そして、「魔王を殺したはずなのに、本当の元凶は目の前の女だった」と悟り、天啓の痣が疼くのを感じた。

 一方、スージーは冷や汗を流しながら、この「神」にも等しい存在の狂気に息を呑む。


​「……『騎士王の物語』は、ゼルリナ、お前が……お前一人の暇つぶしのために作り出された、偽りの物語だったというのか……?」


​ ライナスの声は震えていた。

 憧れ、目標にし、心の支えにしてきた高潔な英雄譚。それが、目の前の女の「暇つぶし」のために仕組まれた、茶番に過ぎなかったというのだ。


​「私は……そんな、偽りの物語などに……幼少の頃からずっと憧れてきたというのか!? ……私に付き従ってきてくれた、レイリアやスージー、イアンまでも、巻き込んできたというのに……すべてお前の茶番に踊らされていたと言うのか!? ……私の人生そのものが偽物だったというのか……」


​ ライナスは愕然とし、その場に膝をついた。崩れ落ちそうになるライナスを、レイリアが必死に支える。


​「偽りの物語だなんて心外ですわ! 貴方が信じて、求めてきたもの、今それが叶った! それだけでいいじゃない! もう、余計なエキストラのことは忘れてしまいなさいな、ライナス様! さあ、わたくしのシナリオ通り、わたくしと一緒に最高の『真実の愛のロマンス』を演じましょう? ゴールはもうすぐそこなのですから!」


​ ゼルリナは、狂気に満ちた歓喜の笑顔で、ライナスへと一歩踏み出した。

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おバカ王子は真実の愛のため、婚約破棄して魔王討伐の旅に出る 西東キリム @kirim9

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