1分で因習

黒音こなみ

屋根裏の男

 成人するまでの間、ぼくはずっと屋根裏の一室で生きていた。

 外にはほとんど出なかった。学校にも通わず、勉強は両親に教えてもらっていた。

 床下からは、いつも子供の声が聞こえていた。両親はぼくと居ないときには、その子と生活をともにしているようだった。

 一度だけひどい熱が出て病院に連れて行かれたとき、なぜか自分とは違う、自分と似た誰かの名前を名乗らされた。

 そんな日々が、異常なこととも知らずに育った。


 日本では、文明開化以前にその土地に根付いた風習の一部が、今なお残っている。祭りなどの行事は、誰もが馴染みのあるものだろう。

 一方で、現代の倫理観では受け入れ難い、『因習いんしゅう』と呼ばれる習わしも存在した。

 たとえば、双子を不吉の象徴として忌み嫌う地域がある。

 嫌うだけならまだいい。特定の日に双子が生まれると、災いが起きると信じられていた集落では、不幸にして当該の日に誕生した双子の二人目を、出産直後に間引いていたという。

 そうした非人道的な行いに関しては、たとえ伝承として語り継がれていようとも、もはや話の中だけだ。いまだに当時のいびつな慣習に囚われたままの風土が現存しているなどと考える者は、まずもっていない。


 ぼくでさえも、そう思う。

 でも、ときが来て、両親はぼくに言ったのだ。


 ――村の掟から守るためには、こうするしかなかった。

 ――いずれきっと自由にしてやるから、もう少しだけ辛抱してくれ。


 そして、あのことも。


 ――下の階に居るのは、おまえの双子の兄だ。


    ◇


 話を聞き終えると、目の前の女は腕を組んだまま、夜空の月を仰ぎ見るように顔を上げて、ゆっくりと息を吐いた。


「……つまり、あなたは殺されるはずだった双子の弟であって、人違い。わたしとは今日が初対面だと?」

「ああ」

「十年以上連れ添った、わたしの夫ではないと?」

「そうなるね」

「決して、残業だって嘘をついて浮気相手と密会しているところを見つかったから、苦し紛れに口から出任せを言っているわけではない――と?」


 そぞろに、意識が隣の女へと向いた。

 浮気相手と疑われている彼女は、相も変わらずぼくの左腕に抱きついたまま、面倒そうな表情を浮かべていた。


「……もちろん」

「そう……」


 妻を名乗る女は呆れたように呟くと、バッグからスマホを取り出して操作する。

 刹那――ぼくのスーツのポケットから、着信音が鳴り響いた。

 女の目線に促されるままスマホを取り出す。画面には妻の名前が表示されていた。


 終

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1分で因習 黒音こなみ @kuronekonami

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