見えない存在

北條カズマレ

短編

 美咲は今夜もパーティーの中心にいた。きらめくシャンパングラス、響き渡る笑い声、そして彼女を囲む幾つもの顔。みんなが彼女の言葉に耳を傾け、彼女の笑顔を求めていた。


 でも時々、ほんの一瞬、みんなの顔が同じに見える瞬間があった。


 午前2時、タクシーのドアを閉める音が夜の静寂に響いた。マンションの廊下は蛍光灯の冷たい光に照らされ、彼女のヒールの音だけが反響していた。


 部屋のドアを開けると、そこにはいつもの暗闇があった。誰もいない。誰も待っていない。パーティーの喧騒が嘘のように、この空間だけが現実のような気がした。ソファに身を沈めると、胸の奥から何かが這い上がってきた。それは絶望という名の、古い友人だった。


 翌朝、キッチンから物音がした。


 振り返ると、そこには中年の男がいた。薄くなった頭髪、くたびれたシャツ、そして何より奇妙なのは、彼がまるで最初からそこにいたかのように振る舞っていることだった。


「おはよう」


 男は言った。美咲は叫ぼうとしたが、なぜか声が出なかった。いや、正確には叫ぶ理由が見つからなかった。男はただそこにいた。存在していた。


 金曜日の夜、美咲は友人たちとバーで過ごしていた。振り返ると、あの男が隅のテーブルに座っていた。ビールを飲みながら、じっと彼女たちを見ていた。


「ねえ、あの人誰?」


 美咲は友人に聞いた。


 友人は男の方を見て、そしてまるで何も見えないかのように視線を戻した。


「何の話?」


 男は立ち上がり、彼らのテーブルに近づいてきた。そして隣に座っていた友人の一人、リカの肩に手を置いた。


 次の瞬間、リカはそこにいなかった。


 いや、正確には、リカの存在が薄れていった。まるで水彩画が雨に溶けるように、輪郭がぼやけ、色が失われ、最後には透明になって消えた。男はリカを食べた。静かに、丁寧に、まるで空気を飲むように。


「リカは?」


 美咲は叫んだ。


「誰のこと?」


 友人たちは首を傾げた。テーブルのグラスが一つ、いつの間にか消えていた。


 それから男は毎回現れた。


 誕生日パーティー、クラブ、レストラン、どこにでも。そして毎回、誰かが消えた。友人が、知人が、時には美咲が話したこともない人が。男は彼らに触れ、静かに食べた。音もなく、抵抗もなく、まるで朝霧が日差しに消えるように。


 最も恐ろしいのは、誰も気づかないことだった。消えた人のことを誰も覚えていなかった。写真からも消え、SNSのアカウントも消え、まるで最初から存在しなかったかのように。


 美咲だけが覚えていた。彼らの顔を、声を、笑い声を。いや、覚えているつもりだった。日が経つにつれ、記憶は曖昧になっていった。リカの顔が思い出せない。声も。どんな話をしたかも。名前だけが、意味のない記号として残っている。


 ある夜、美咲は男と向き合った。パーティーから帰った暗い部屋で。


「なぜ私だけが覚えているの?」


 男はゆっくりと微笑んだ。それは悲しい微笑みだった。


「覚えている?本当に?彼らの誕生日を言える?好きな食べ物は?最後に交わした言葉は?」


 美咲は答えられなかった。


「君が覚えているのは、誰かが消えたという事実だけだ。君だけが孤独の形を知っている。だから君だけが失ったことを知っている。でも失った中身は、君も知らない」


「あなたは誰?」


「孤独だよ」


 男は言った。


「君が部屋に持ち帰る、唯一の本物の友人。君は私を毎晩連れて帰る。そして朝になると、私を置いてパーティーへ行く。でも私は君についていく。君がどこへ行っても」


 パーティーは続いた。人々は笑い、踊り、そして一人また一人と消えていった。美咲の周りは次第に空っぽになっていった。でも誰も気づかない。新しい顔が現れ、また消えていく。美咲も新しい顔を覚えなくなった。名前も聞かなくなった。どうせ消えるから。


 ある朝、美咲は鏡を見た。そこに映る自分の姿が、少しずつ透けていくのが見えた。


 男が後ろに立っていた。


「怖くないよ」


 男は言った。


「みんなと同じになるだけだ。誰かの記憶から消えて、写真から消えて、最初からいなかったことになる。でも」


 男は続けた。


「君は少し違う。君は孤独を知っていた。偽物の繋がりじゃなく、本物の孤独を。だから君は消えても、どこかに残る。誰かの心の片隅に、説明できない寂しさとして。名前も顔も思い出せないけど、確かに誰かがいたような気がする、という感覚として」


 最後のパーティーの夜、美咲は一人で踊った。音楽は聞こえていたが、周りには誰もいなかった。いや、正確には、透明な影がいくつも揺れていた。消えた人たちの残像。


 男は隅で座って見ていた。


 美咲は踊りながら、初めて理解した。孤独は人を食べるのではない。孤独は、人と人との繋がりの幻想を食べるのだ。そして真実だけを残す。私たちは皆、一人だという真実を。


 でも、その真実を知ることは、悪いことじゃない。


 美咲は男に手を差し伸べた。


「一緒に踊りましょう」


 男は驚いたような顔をした。


「私と?」


「あなたとずっと一緒にいたんでしょう?毎晩、私の部屋で。私がソファで泣いている時も、暗闇で震えている時も。あなただけが本当に私といてくれた」


 男の目に涙が浮かんだ。透明な涙。


 二人は踊った。不器用に、ぎこちなく。でも確かに二人で踊った。もうすぐ美咲も透明になるだろう。でも今、この瞬間、彼女は誰よりも確かにそこに存在していた。


 孤独と踊りながら。


 翌朝、美咲のマンションは空室になっていた。不動産屋は首を傾げた。この部屋には最初から誰も住んでいなかったはずだが、なぜか寂しい感じがする、と。


 街のどこかで、誰かが理由もなく涙を流した。なぜだか分からないけれど、大切な何かを失った気がして。


 そして夜になると、どこかのパーティー会場の隅で、中年の男が座っている。新しい誰かを待ちながら。孤独に気づく誰かを。


 孤独は今日も、静かに存在を食べ続けている。


 でも時々、本当にごく稀に、孤独を友人として認める人が現れる。


 その時だけ、孤独は孤独でなくなる。


※この作品はほとんどの部分がAIによって執筆されました。

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見えない存在 北條カズマレ @Tangsten_animal

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