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愛愁

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私は恋慕している女性がいる。彼女の全てが愛おしく、魅力的で、私を狂わせてしまう。彼女が私以外の異性や人間と会話しているところを見ると私は嫉妬でじっとしていられなくなってしまう。

ひょんなことから彼女と私は言葉を交わすようになった。例え私の恋心が成就せずとも、彼女が私だけを考えてくれている時間が存在することが、存在していたことが嬉しかった。

何か間違いを挙げるとするなら、もう、狂ってしまっている自覚があったのにも関わらず彼女に接近してしまったことだ。触れずとも暴発寸前だった私には、既に異常行動の兆しが垣間見えていたであろう。

人の寄り付かぬ静かな場所で、私は彼女のことを殺めた。詳しい事は記憶に残っていないが、まるで眠っているかのように死んでいる。外傷は存在していない。誰が立ち入るわけでもなく、私と彼女が今日、二人でいるということを誰かが知っている等、私にとっては些事同然の気兼ねは存在しなかった。ただ、少しの可能性を考慮して、私は山奥の小屋で彼女を解体することにした。バラバラにして、細切れに刻んだ後、彼女を私以外誰も知らない地点に散布すれば隠滅行為は完璧である。

順当に解体作業は続き、彼女は大まかな部位と化した。遂に彼女を全国各地にばら撒いて仕舞えば良い手前まで来て、漸く私には名残惜しさが発生したのだった。

しかし、手元に彼女の遺体を残す選択肢はあまりにも私の生活を脅かすものだった。しかして、私が所持できるであろう部位は一つだけである。街では既に警邏が蔓延しており、いくら手掛かりが無くとも彼女がここにいる以上は言い訳のしようがないのだ。


さて、幾つにも解体された彼女の『どこ』を留めておけば私は彼女を感じられるだろうか。


愛している以上、私は彼女のどこを切り取っても愛でられる自信があった。出来ることなら全身を保管しておきたいが、それは叶わぬ願いである。

人を識別する時、誰もが無意識に『顔』で識別する。記憶に残りやすいからだろうか、他者との差異が明瞭だからだろうか。とにかく『顔』の即ち『頭部』というものが先ず候補として挙がった。だが、問題は頭部に存在する眼球である。きっと私は彼女の隅々までを調べるだろう。歯列や耳たぶの形、そして瞳の色に至るまで。だが、きっと彼女の眼差しは私に糾弾する。私に罪悪感を覚えさせ、かつてのように私を狂わせてしまうに違いなかった。

眼球さえなければそれでいいのだろうか。頭部、彼女には眼球がなかったのか?そういうわけではない。私はその場の衝動で、耳や口、鼻等々、更に彼女を細分化していった。これで頭部の選択肢は無くなった。私には罪悪感も厭わない神経が無かったのだ。なるべく目が合わないように、なるべく細かく、しかし彼女と分かる程度に切り分けていく。いつかの恥ずかしさが今では呵責の念に変貌している。

『胴体』。彼女の生命維持装置の格納庫。彼女が生きていたという証拠を選択するのであれば迷わず私は『胴体』を選ぶだろう。彼女の心拍音はもう聞こえないが、手を伸ばせば触れられてしまう。だが、伝播されるのは冷えた体温だけであり、それは肌と呼ぶには悲しすぎた。彼女を構成しうるすべての起源ではあるものの、私は決して劣情ありきで彼女に愛を感じていたわけではない。もっと純粋無垢で、漠然とした情熱だけを持っていたことを覚えている。

勢い、私の選択肢からは下半身全般が消えた。女性の足というものは、その妖艶とも形容できる色気で男を誘惑する物だ。彼女も例外では無く、おそらくその脚で男を魅了し、そうして淫らな行為に、あまりにも、軽率に走っていたのではないかと推測できる。私がいくら大事にしても物の持ち主が杜撰に扱って仕舞えば私の気持など存在しないも同義なのだ。私が高尚に扱う肉体は、そんな思惑も知らぬ別の男によって穢されてしまうのだろう。『されてしまう』では齟齬がある。きっと、もう、穢されてしまっているのだろう。

私は先程顔面を解体した時よりも焦燥的に脚を崩した。それは正に、解体というにはあまりに乱雑であり、なにを、どこから切り取ったのか不可解な物だった。だが、既に穢されてしまった肉体など私には価値を見出せないである。彼女の肉体を愛せていても、脚だけは到底愛せない。それで彼女の阿婆擦れな要素が砕けるわけではないと私はわかっていた。

遂に残ったのは腕だけになってしまった。二つの腕がなくとも、どちらか片方だけで良い。だが、腕があって何ができるというのだろうか。彼女の腕は全体的に硬いイメージが強い。指先は爪が若干丸まっており、腕は筋肉が少なく骨が露呈しているように思える。華奢なイメージとはかけ離れた、なんだか生々しい雰囲気のそれは私にとって極めてシュールに映った。


この空間の中には、床に彼女が横たわった状態で寝ている。そして私はそれを見下ろす形で立ち尽くしているのだ。

立ち尽くしている表現は決して間違いではない。実際、私はこの何とも言えない現実感、非情とも言える人間の事情を無視した事実に呆然としているのだった。

面積や体積で計算すれば大したこともない彼女の肉体は、私を狂わせるには充分な数値であった。例え同じ分の金が目の前にあっても私の心は踊らなかっただろうし、こうして動かなくなった彼女を眺めていると生命神秘と言うものを嫌というほど感じさせられるのだった。

愛の形は様々であり、表現方法も数多である。相手に押し付けてこその愛もあれば、密かに抱いたままでいるべき愛もある。

私にとっての愛情表現は独占だった。

愛すべき人の思考には自分以外の人間が浮かんでいてほしくはない。いついかなる時も私の顔が頭に浮かんでいてほしいし、相手にとって私も特別な人間でいてほしかった。死ぬ時も私の顔を思い出し、最後に見た光景もまた、私でいてほしかった。だから殺した。

他人を気遣ってしまえば、相手の心の容量を少しでも自分で圧迫してしまうことを恐れて何も出来ないはずだ。私はそういう恋愛をしたいわけではなかった。殺して仕舞えばそれで終わりだが、生命が終わると同時に彼女は僕の中だけで永遠のものとなる。私はそれで良かったが、何故か予想通りの爽快感はなく、ただ虚しさだけが心を埋めていった。後悔はしないと思っていたはずなのに、全てが正義だと思っていたのに、現在の自分に胸を張らずにいる。何故だろうか。


消去法的に考えても、そして一番良いものを選んだとしても、私は手以外の他の部位を捨てた。もう誰に見つかることもないだろう。彼女はずっと私と手を繋いで、私の心の中で生きていくのだろう。それで満足するはずだ。

だが、彼女を殺害し、解体し、尚不満を感じている私がほんの手一つを所持しているだけで満足できるだろうか?そもそも、手を握っているのではなく握られているのだとしたら?彼女の生気の抜けた眼球が私に詰問するように、握りしめる手は私に何も言わないと言うのだろうか。そうではないだろう、理解している。

どうやら私は大きな間違いをしてしまったらしい。単純に、法律によって殺害は禁止されているからなどと言う他人行儀な誰にでも当てはまる陳腐なミステイクではない。私は彼女を殺して、彼女を自分だけのものにして、そうして満足するはずだった。しかし時に人間の予測というものは悪いものを度外視してしまう嫌いがあるのだろう、漏れなく私は死角から襲ってくる悪魔に魘される日々が続いた。


客観的に判断して猟奇的だと思われるであろう私の性格に間違いはない。是正するべきはきっと、見落としていた要素を取り返しがつかなくなるまでに気づかなかった私の愚かさにある。それさえ気づいていれば私は何の躊躇いもなく、後悔もなく、これから先を生きていけたに違いない。

手だって、捨てた。後悔したからではなく、これ以上後悔しないための行動である。

あれこれ論って彼女を殺してしまったことを正当化してきた。彼女を独占するため、彼女を自分の心の中で永遠のものにするため、そうやって言い訳をしていた。

だがどうだろう?そうも言いつつ物体としての彼女を所有するという判断は、私の理由を詭弁たらしめる何よりの証拠である。目の前に後悔を思い出させる物があれば、消去してしまうのが一番楽だ。私はそうして、あたかも苦労しているかのように演出し、本当は楽な方向へと流れていくのだろう。


ある日を境に私の体重は、寸分違わずとあるグラム数だけ減った。

彼女は消えてしまった。声色さえも忘れてしまった今、猶予は残されていないのだと痛感する。何も、終わりを自分の手で早めてしまうことはなかったのだ。不完全であろうと、真に手を取り合っていれば良かったと思う。押し付けがましい愛ではなく、他人に興味を向けられていたら良かった。

私が殺したのは彼女だけじゃなかったのかもしれない。


残ったのは後悔だった。

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21 愛愁 @HiiragiMayoi

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