第4話

「これは失礼しました。私はスティミュラント、魔法使いです」


「スティミュラント、それが名前か?」


「いえ、スティミュラントとは私たちの総称であり呼称ではありません。そもそも私に名前はありません、マスターの好きなように読んでいただいて結構です」


この子は怪しい宗教か何かに入ってるんですか? それともをしたくなるお年頃何ですか? それとも本当に頭が……いや、これ以上は止めておこう。


目の前に座る金髪美少女、その好意的印象が壊れてしまいそうで怖い。


「そうか……じゃあ出身は?」


短めの金髪に視線を向けながら訪ねる。


「出身という概念はありません、今の私は多くの人の意識によって構成された存在。もしマスターが、私の出身地は意識領域である、そう考えているのでしたら間違いではありません」


あぁ……これは宗教とかよりも中高生に多い中二病というやつかもしれない。俺は何が楽しくて夏休みの真っただ中に武装集団で追われてヤバめの少女を拾わなきゃいけないんだ……はぁ。


「お前、家はあるのか?」


「家ですか?」


「あぁ、俺の事をマスターとか自分に名前はありませんとか言うのは別にいい、って言うかもう気にしないことにした。取り合えず俺はこのまま交番に行って事件のこと話してくるから、お前とはここでお別れだ」


お別れ、この言葉を聞いた瞬間彼女の表情が変わった。


突然テーブルに叩きつけられた両手、置かれた水のグラスが「ガシャンッ」という音を立てる。周囲の視線がこちらへと集まる。


「し、失礼します」


気まずい空気、入りずらそうに声をかけてきたのは一人の店員。どうやら俺たちが頼んだ物を運んできたらしい。


店員のおかげで少女も周囲からの視線に気が付いたらしく、静かに席に着いた。


――――――


注文した軽食をすませて一息つく。


料理が届いてからここまで向かい合っているにもかかわらず一言も話さなかった。


「ごちそう様。……それで、お前はこれからどうする?」


「どうする、と言うのは?」


「俺は追ってきた男たちの事を警察に話さなきゃならないから交番に行く、そっちは家とかに帰るのか?」


「家ということはマスター、まだ私の事を信用していませんね!」


少し切れ気味な口調。先ほどの一件のせいだろう、声が大きくなりそうなのを我慢している様子。


「いや、信じてないって言うか。ただお前の言ってるとに信憑性しんぴょうせいが持てないというか」


「やっぱり信じてないんじゃないですか! わかりました、では証明します」


「証明……何を?」


「私が魔法使いであることをです」


「いや別にそこは疑ってないんだけど。 確かにファーストコンタクト――人類が初めて非化学事象を記録した出来事、これより前なら驚いたかもしれないけど、今じゃみんな使ってるし科学魔法、特にこの都市の中だったら普通の事」


聞いていた彼女は微かに笑った。


「ではもし、私が本当の魔法使いだと言ったら?」


「本当の?」


「魔法科学ではない、科学的法則によって制限を受けない魔法を私が使えるということです」


一瞬まともな奴かと思ったけど、そんなことなかった。こいつの事も一緒に警察へ相談した方が良いかもしれない。


「ぷっ」


笑ってはいけない、俺は急いで顔を隠したが間に合わなかったらしい。


「わわっ笑いましたね! ……ここまでされてはマスターといえ容認できません、魔法使いの力を見せて差し上げます、似非えせ魔法では到底起こせない現象を」


――――――


「それで? どんなを見せてくれるんだ」


カフェを出て彼女に言われるがまま最上階へ移動した。夜中の二時とは言え二十四時間営業の店もある、普段なら人もいるが……今日は誰もいない、誰も。


「そうですね、瞬間移動テレポートなんて如何でしょう?」


俺から数歩離れた位置から訪ねてくる。


「いやちょっと待てよ、瞬間移動テレポートは未だに実現方法が確立されていない科学魔法。確かに理論は構築されてるけど、これを行えば肉体が耐え切れずに灰になるぞ」


「似非魔法使いならそうでしょうね、でも私は本物の魔法使い。その程度問題ありません」


自信に満ち溢れた彼女は今いる地点から約二十メートル離れた。


「では行きます」


こちらに手を振る。あぁなぜ俺は彼女を止めなかった、失敗、いや実行した時点で死は確定してしまう。何かを期待したのだろうか、ただ消費し続ける日々を変化させる何かを。


「アクティベート」


魔法の発動、それを指し示す変化は俺の五感に引っ掛からない。


「マスター終了しました」


同時に声の主が俺の肩に触れた。


成功だ、顔を見ずとも声で理解できた。


「これで信じていただけましたか?」


「本当に……魔法使い? 魔法科学じゃなくて?」


「はい」


何も言い返せない。だが俺はまだ信じ切ってはいない、こいつが超天才魔法科学者で別のプロセスで瞬間移動を実行したという可能性も存在する。まぁほぼ無いだろうが


「そう言えばさっきから人が一人もいないのも関係ある?」


「はい、誰かに見られては面倒になる可能性が高いので人が近づかないように魔法で認識を阻害しています」


彼女はじっと俺を見つめてくる。


「信じていただけましたか?」


「……」


「マスターに私が本当の魔法使いであることを信じていただくにはまだまだ時間がかかりそうですね」


「いやだって普通に信じらんないだろ」


「まぁマスターが魔法の存在を信じるか信じないかはあまり関係ないのですが、取り合えずこれからよろしくお願いします」


「ん? これから?」


「はい、私はマスターに仕えるために来たのですから今後とも行動を共にさせていただきます」


「いやいやちょっと待て」


「いいえ待ちません、このままにされては私の存在にも関わります」


「んなわけねえだろ、じゃあ逆に聞くけど俺が一緒にいないとどうなるんだ⁈」


彼女は若干悲しそうな表情をして言う。


「消えます。私と言う存在が、精神的にも、肉体的にも」

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アンセントル・ワールド 涼梨結英 @zyugatunomochituki

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