第3話

「ちょっとちょっと流石にスピード出し過ぎじゃない⁉」


「仕方ありません、今は逃げることだけ考えてください」


法定速度とか絶対知らないだろ、取り合えず今は警察が来ないことを祈ろう。


「ダンッ!」


後方で聞こえた衝撃音、だんだんと近づいてくるエンジン音、恐らく俺を追ってきた男たちだ。


誰のか知らないバイクだが勝手に使わせてもらおう、あとで返して置けば問題ないか? まぁ無事に返せればだけど……。


「危ない!」


バイクミラーに映った後方の状況は恐ろしかった。彼女が叫んだ理由は恐らく発射されたロケットランチャーだ。


「街中でそれは流石にダメだろっ!」


「ドンッ!」


爆発による衝撃波で体が一瞬浮き上がった。どこで習ったのか知らないが彼女のプロ顔負けの運転技術で難を逃れた。


「マスター! そろそろ反撃しましょう、少しの間運転を変わっていただきます」


相変わらず俺の意思は反映されない、確かに今の状態では無理だが。


「ここから長い直線です、マスターはただまっすぐ走ってください」


そう言って彼女は俺の体を起用に掴み後方へと入れ替わった。


「このまま逃げるじゃダメなのか? 相手は車なんだから細い路地とか……」


「私もそれは考えましたが、それは先ほどの爆発で非現実的になりました」


「非現実的?」


「はい、ハンドル近くのメーターを見てください」


ハンドルの中央部に左右へ広がる形で付けられたタッチパネル式の画面。現在の速度、燃料タンクの残量などが確認できる。


え? なんか見る見るうちに減ってくんだけど……。


「先ほどの爆発で飛んできた破片か何かで燃料タンクに穴が開いたらしいです。このままだと数分で燃料がなくなります」


「な何か解決策は⁉」


「安心してください、すぐに追っ手を振り切ります」


「なんかものすごい嫌な予感がするんだけど」


恐る恐る後ろを見ると追っ手の車両が数台、さらにその背後では爆発によって広域に炎と煙が広がっている。


「って言うか、それ何……」


信じられない光景に驚いた感情がうまく言葉にのらない。


巨大な弓の様に見える。月光と周囲にある建物の明かりが照らす、それらを吸収してかつ反射している、黒色と同じ特性を持ちつつ月面と同じように光を反射するそれは夜の闇には目立たない。


「マスターこれから少しして衝撃が来るかもしれませんが気にせず走り続けてください」


「衝撃! え、ちょっと待って何のこと⁉」


集中、体内に残る空気をすべて吐き出し呼吸を止める彼女。バイクの上からの狙撃、狙いがそれれば周囲の建物や人に大きな被害をもたらす。


肩目を瞑り、少女の華奢な体からは想像できない腕力で弓の弦を引く。


「ミステルテイン!」


夜を貫く矢、鋭くとがった先端が月光を反射する。


外した⁉ ミラー越しにだが巨大すぎるその矢は確実に目視できた。


「おい、次の手は⁉」


「大丈夫です」


車道中央に刺さった矢、追っ手の車両とはまだ距離がある。


少女は矢の方向へ方手の平を向けて何か小さな声で言っている。日本語ではない、英語かそれに近しい言語の長文、現状では呪文というのが正しい。


「アクティベート!」


バイクに乗った俺の体を何かが襲った。胸を突かれた、いや体全体をぐらりと揺らされた感覚。思わず手を放しそうになる、だがそれ以上心身に影響は感じられない。


「終わりましたマスター、これで当分は追ってこれません」


爆発音が聞こえないというのは逆に怖い。そう思いつつ後ろを見る。


先程まで道があった所に出現した渓谷けいこく、落下寸前で止まっている車両が見える。


「あれって大丈夫なの?」


「はい、見ていましたが人が落ちたりはしていません。近くに落ち着ける場所はありますか?」


そう聞く彼女、先ほどまで持っていた巨大な弓はいつの間にか姿を消していた。


――――――


超危険な夜のドライブを終た俺たちは駅近くのカフェで休憩していた。


「おしゃれな所ですね、マスターはお金持ちなんですか?」


「お金持ち? そんな風に見えるか、俺が?」


俺をしばらく観察した後に謎の間、彼女は回答せずにメニュー表を手に取り顔の前で広げた。


「逆だぞ」


その言葉に体をびくつかせ、最初から俺に見せるために反対で開いたんです、と言いたげな顔でメニュー表を机に置く。


「別に普通のカフェだろ」


全国何所へ行っても駅の近くなら目にするほどのチェーン店。全ての商品が、とまでは言えないが多くは学生にも良心的な値段だ。


「どれを頼んだらいいのでしょうか……、コーヒー、アイスクリーム、どれも初めてです」


俺の前に座る少女はたいして珍しくない食べ物を見て嬉しそうに、ワクワクした表情で反応する。先ほど道に大きな穴を開けた犯人とは思えない。


「私は決めました、マスターはどうします?」


「え、あぁ俺は……」


ついそんな彼女を見入ってしまった。


机端に置かれた呼び出しボタン、それを押して店員が来るという普通の出来事すら興味津々な目で彼女は見ている。


「マスター」


「ちょっと待ってくれ」


彼女の言葉を遮り俺は尋ねる。ここまで起こった不可思議な出来事を解決せずに先には進めない。


「今起こっていることを俺に説明してほしい。まず、お前は誰なんだ」

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