第2話

マスター? 俺のことを言ってるのか、いやそんな馬鹿な。この数時間で二回も死に目に会ったせいだ、気持ちがハイになっておかしな考えが浮かんでくる。そもそも俺は彼女のことを知らない。


「あのーすみません? 多分部屋間違ってますよ……」


応答がない。でもさっき起きたよね? 一瞬だたけど、まさかさっきの言葉がこの子の最後の言葉だったなんてことはないよ……な?


恐る恐る少女の頬に触れてみた。


「温かい……」


それにしてもどうしよう……。この子見た目的には俺と同じくらい、流石にこのまま外に置いとく訳にもいかないしな。


短い金髪、セーラー服に近い見た目の制服。なんとなく眺めていると少し開いたシャツの胸元に視線がいく、すぐに我へと帰り周囲を見渡した。


心の中でほっと一息つくと聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「おいガキ! どこ行った!」


さっき俺を撃ってきた男の声だ、しかも一人じゃない。くそっ、仲間も連れてきたのか……あぁああもう! しょうがない。


家賃一万の超極安アパートのドアへ乱雑にカギを差し込み部屋へと入った。たった今直面した面倒ごとのせいで両手は塞がっているから背中でドアを閉める。


緊張からの解放によって足の力が抜けてその場に座り込む。安心しつつも厚さのないドア越しに外の音に聞き耳を立てる。


階段を誰かが昇れば金属音が聞こえるが……今は大丈夫らしい。


「助かった」


ため息交じりの言葉を漏らしたが、俺は安心できないらしい。今部屋へと運んできた少女の姿がない。


周囲を探す、そうは言っても貧乏学生が住む極狭アパートだ玄関何てあって内容の場所だ。とは言え一応立ち上がって周囲を見た、下駄箱と天井も念のため。


だが彼女は見当たらない。


「ゴンッ」


大掃除をする勢いで周囲を散らかす俺の耳に扉を挟んだ向こう側から音が聞こえた。人が居なきゃ絶対にならない大きさ。


いつの間にと思いつつ、ゆっくりと扉を開けると居たのは頭を抱えて悶絶する金髪少女。


「くー、痛いぃ」


テーブルの上に置いておいた参考書やらが床へと落ちている。どうにかしてテーブルに頭をぶつけたらしい。


あまりにも痛そうにするから声をかけるか一瞬戸惑った。


「あ、あの……大丈夫?」


「マ、マスター……」


顔を上げた少女の目には涙、血は出ていないようだが少し赤くなっている。


一先ず冷凍庫にあった保冷剤を渡すことにした。


――――――


「それで君の名前は?」


「私は、痛っ……私はスティミュラントとです」


「……?」


外国人? いや本当? でも見た目は普通に日本の女子高生って感じなんだけど。


「マスター御用件を」


彼女の意味不明発言に対して反射的に「はい?」と答えてしまった。


「そのマスターって俺のこと? だとしたら間違いだと思うんだけど、俺は神織誠しんおりまこと。そのマスターとか言う人は俺じゃない」


「なるほど、マスターの名前は神織誠というのですか」


面と向かって話をしているのになぜだか彼女には会話が通じていないらしい。


「いや、だから俺はマスターじゃなくて」


俺が言葉を言い終える前に彼女が俺の方へ飛び込んできた。


「危ない!」


危機を知らせる発言が耳に届いたころ、既に俺は飛び込んできた彼女によって部屋の端へと追いやられていた。


次の瞬間、外からの轟音とともに無数の弾丸が撃ち込まれた。入口と部屋を隔てる扉を貫通し向かいの窓ガラスを粉々に粉砕した。


「さっきの奴らか!」


しばらくして音——目覚ましにしては野蛮すぎる音は消え、空薬莢からやっきょうが地面へと落ちる。


「マスター、私が合図したらすぐにベランダへと走ってください」


「いきますよ」


「えっ、ちょっと!」


「3、2」


彼女のカウントダウン、少し遠くではズタボロになったドアがきしんだ音を立てて開く。


「1、今です!」


くそ! そう心の中で言い捨てて我武者羅がむしゃらにベランダへと飛び出した。


落下防止用に設置された柵、流石に3階から飛び降りる勇気はなかった。


「マスター止まらないでください」


そう言い終える頃には俺の意思関係なく、二人の体は外へ飛び出していた。


重力に抗えず落下する、振り返ると一瞬だけ銃を持った男の姿が。


次に予想される痛みに備えて目を閉じる。


だが不思議となんの衝撃もない、落ちるのはあっという間だと聞いたことがあるが、その話は嘘だったのか?


恐る恐る目を開けると空が見えた。仰向けの状態、状況を飲み込めない。


少しして背中が地面に触れた感覚が伝わってきた。


「マスターこれを」


声の方を向くとヘルメットが投げられていた。ギリギリでキャッチした。


一応だがこれは俺のものじゃない、金がなくてこんなに治安の悪い場所に住んでいるのだから当たり前だ。


どうやら彼女は近くに置かれたバイクを動かそうとしているらしい。


「それ君の?」


「違います、少し借りるだけです」


言葉は丁寧だが中身は泥棒と同じである。


「早く乗ってください、すぐに彼らがきます」


躊躇ためらいはあったが命には変えられない。


確かに階段を駆け降りる金属音が聞こえる。


「いいですかマスター、しっかり捕まっていてください」


俺の返事もないうちに彼女はバイクを走らせた。

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