アンセントル・ワールド

涼梨結英

第1話

「うわあああああああああ」


廃墟ビル、壁に打ち込まれた多数の弾丸によって外壁の一部が吹き飛び、俺は思わず声を上げた。


「やばい、マジで死ぬ!」


割れたガラス、垂れ下がった蛍光灯や電気系統のケーブル。昨日雨が降ったせいで建物内には所々水たまりができている。だがそれら一つ一つの位置を確認する余裕はない。


「やばっ!」


水溜りで濡れた足、追加でガラス片を踏んで体勢を崩し前方に投げ出される形で倒れた。背後からは息を切らせた男がゆっくりとした足取りで近づいてくる。


神織誠、高校一年生。俺は今男に追われている、正確には武器密売人の男にだ。


夏の夜の温さに我慢できなくなって外へ出たのが運の尽きだった。コンビニにアイスでも買いに行こう、そんな希望に満ちていた俺の行動。


引っ越してきたばかりの街、昨日たまたま見つけたコンビニへの裏道を取っている途中に武器の密売現場に遭遇。その後逃げて今に至る。


取り合えず何か武器になりそうな物を。


倒れた状態が功をそうした、地面に落ちた鋭いガラス片が手を伸ばせば届く距離に在る。


今このガラスを取らなければ確実に殺される。やらずに後悔よりもやって後悔だろ!


手を伸ばすと同時に体制を変え、拾い上げたガラス片を背後にいる男の位置を予測して突きつける。


「カチャ」金属音だ、恐らく拳銃のロックを解除する音。


くそ! 間に合わなかった。


彼の握ったガラス片が男の体に到達するよりも先に、男の持つ拳銃が彼の頭に向けられていた。その距離約一メートル。


「念のために言っておくが俺は別に子供を殺すのが好きじゃない、だが見られた以上仕方がない。恨むなら不運で無力だった自分の恨め」


予測される痛みに対するせめてもの対抗に目を瞑る。だが痛みは襲ってこなかった。


恐る恐る目を開けると彼を追ってきた男は引き金を何度も引いていた。


奇跡か、それとも決まっていた未来なのか、取り合えず今は理由なんてどうでもいい。逃げれる隙があるなら逃げるまで。


ガラス片を男の顔に目掛けて投げる、刺さるまではいかないが瞼を傷つけることができた、少なくともこれで奴は視界不良になった。逃げれる。


上ってきた階段を駆け下り、コンビニに向かおうとして通った裏路地を急いで抜ける。大通りに出たが十二時を回った今、駅からも離れたこの地区に人は少ない。


「くそっ! 治安が悪いって聞いてたけどここまでとは思ってなかったな、せいぜい物騒な不良が居るくらいかと思ってたよ」


不満を漏らしながら自宅へと向かって走る。


「ラッキー」


彼の目の前の信号が次々に青へと変わっていく。


「この調子ならあと数分で家だ、何とか……えっ」


交差点、突如として照らされる視界。止まる気配のない車が彼の方に向かってくる。


今度こそ死ぬ!


心の中での発言とは裏腹に僅かな望みをかけて守りの体制をとる。腕で視界が隠れる直前、何かが視界を遮った。恐らく車ではない、この短い間に死に直面する出来事が二回も起こり頭がどうかしたのかもしれない。


車が建物へ突っ込む音だけが耳に入る。彼が気が付いた時には交差点から少し離れた地点にいた。


振り返るとT字路を曲がり切れずに向かいの建物へ突っ込んだ車両がある。


一体何が起こった、確かに俺はさっきまで交差点のど真ん中にいたはず。絶対にひかれていたはず……。目の錯覚? 記憶の損傷?


「おい! あっちにいたぞ!」


声の方を思わず振り返った。先ほど俺がけがを負わせた男、それに数人の仲間が加わっている。


せっかく生き延びた、考え事は後だ、今はまず逃げろ!


背後から迫る恐怖が彼を通常よりも早く走らせた。


――――――


息が切れた声「何とか……逃げ切れた……、ここまでくれば一先ず……安心」


周囲には明かりのついた店がある、先にはこの地区へのアクセス手段である電車の駅が見える。治安の悪い地区だが駅や人の多い場所は別だ、だから学生でも住めないことはない。


錆びた鉄製の階段をのぼりながら少年は今回の奇跡を思い出していた。


この地区に住み始めて一か月と少し、夏休み中くらいなら耐えられるかと思って来てみたが……これは明日にでも先生に相談しに行こう。


「マジでこのまま住んでたら新学期は学校行けないかもしれねぇ」


安堵による溜息を混ぜながら向かいなれたアパートの自室へと向かう。


三階建てのアパートの最高階、無駄に急な階段を上り終えると彼は足を止めた。


「ん、女の子?」


目をらして見えたのは一人の金髪少女。先ほどの件もある、疑いつつも少年はその少女の方へと近づいた。


「金髪少女が俺の家の前に座り込んでいる……」


どうする、起こすべきか? そもそもなんで俺の家に……あ、起きた。


瞼をこすり、欠伸をしてこちらを向く。


「かわいい」


小さな声だったとはいえ自分が気づかずしてしまった発言に驚きを隠せないらしい。


「マスター、お帰りなさい……」


「……え?」


俺はいつからマスターとか呼ばれる存在になったんだ? って言うかこいつ誰?


「すいませんマスター、私はお腹がすきました……」


「はい?」


俺はこの状況をどう解釈したらいい?

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