800文字の前置き

ねすと

800文字の前置き

『ありがとう』は五文字。

 その五文字を言うために、僕は何百という文字を前に繋げる。



『おはよう』は四文字。

 それから会話を保つために、何千という文字を僕は続ける。



『ごめんね』も四文字。

 言い訳に数万文字使ったあと、数億文字を使って必死に謝る。



『おやすみなさい』はラッキー7。

 普通に言おうと、兆の音で計画を練る。



『可愛い』はかなり難しい。

 京でも垓でも言えない四文字。何日かけるか悩みどころだ。



『手をつなごう』は一つ飛ばして穣になる。

 その言葉の前と後ろに、秭ほどの言葉が必要だからだ。



 電話口の『じゃあね』。

 前に溝、後に澗。じゃあねの四文字も使い続けて言い重ねて聞き返して忘れて繰り返して……ありゃりゃ、もうすぐ正に届きそう。



『好きだよ』は一見わからないように。

 その周りに載の文字数を使って優しくくるんで、けれど中身は隠し切らないように、微妙な調整が必要だ。


 それに比べて『愛してる』は極まで行く。

 中身も見せないように丁寧に重ねる。

 一度中身が見えると零れると流れると、それはそれは大変だ。

 きっと、恒河沙ほどの文字を使うことになってしまう。




 ……ああ、そういえば忘れてた。


 全ての始まりは『付き合って』の四文字と半分。正確に覚えてないけど、阿僧祇の沈黙があって、那由他の言葉の中からその四文字と半分を伝えるために僕は必死に格闘した。



『結婚しよう』は、すごく待った。


 ……いや、違うな。


 すごくすごくすごくすごくすごくすごくすごくすごくすごく待った。

 不可思議の言葉で愛を伝えた。待って待って伝えた六文字と半分。


 答えは二文字だった。釣り合わないなんて思わなかった。







 ねえ、わかる?


『別れたい』までたどり着くまでに使う文字数。


 それはきっと無量大数。


 だからきっと無理な話し。





 さてと。


 それじゃ前置きはそろそろいいから、一番言いたいことを言おうか。


 何百の音を前に置いて。

 具体的には800文字の言葉を前に置いて。




 今までずっと一緒に居てくれて、


『ありがとう』




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