💞「造り酒屋の女将」これで、ほんまにおしまいなんやな……もう、交わらへんねん、うちらは。
🌸モンテ✿クリスト🌸
造り酒屋の女将
造り酒屋の女将
十一月二十六日。うちは京都に帰ってきた。東京に出てから、年に二回は里帰りしてた。それは、「京都に来る、でも、東京に戻る」であって、「京都に帰ってきた、もう東京には帰らへん」いうんは初めてや。うちには東京に帰る理由がなくなった。大事な人も失った。
早速、うちは実家から婚家にご挨拶に伺った。婚家は桂川と宇治川に挟まれた伏見デルタいう地にある。近鉄京都線で、桃山御陵前駅でおりた。駅から大手筋通りを西にトボトボ歩く。暫く歩くと、右手に坂本龍馬の避難した材木小屋跡なんていう碑文あった。遠いなぁ思た。東高瀬川の橋渡る。第二京阪道路の手前を左に曲がった。
婚家は、商家と住宅街が混在する一角にあった。そこでは酒作ってるわけやない。黒塀に囲われて、ヒノキの引き戸の玄関の軒先に杉玉吊り下げられてた。枯れた茶色になってた。
ここや、この家が、うちの
東京から帰ってきた十一月末。まさに酒の仕込みが始まる時期や。婚家の酒蔵では、六人の杜氏さんが能登からやってきて酒造り担ってて、シーズン中は婚家が彼らの生活の場となる。
うちは唸った。こりゃあ、花嫁修業とか言うてられへんやん?義母は末期ガンで入院してて、その世話もある。着替え病院に持ってかなあかん。杜氏さんたちのお世話、仕込みの手配もある。婚家の手が足りへん。
うちは亭主になるタケルと義父に言うた。「この仕込みの時期に、齋藤家の女将さんがおらんとあかんです。結納して、婚約、結婚式、入籍なんて順追ってられへんやろ?そんなもん、酒の仕込み終わる来年にしましょ。タケル、うちで良ければ明日にでも入籍して。うちが拙いながら、齋藤家の女将やらさせていただきます」って強引に宣言した。
タケルも義父も義母も、うちのパパとママもお披露目やとかグズグズ言うてるけど、うちを東京から連れ帰ったんはあなた方やろ?やるからには徹底してうちやります!って押し切った。
翌日、入籍。うちは小森雅子から齋藤雅子になった。最低限のご近所と取引先に挨拶に行った。事情が事情やさかいみんな納得してくれた。入籍したその日に、うちはタケルの部屋に移った。女将さんとしてオーソライズされるためには、入籍もさりながら、跡取りに抱かれなしょうがないやろ?
杜氏さんたちも目を丸くしてた。突然、二十一才の小娘が入籍して、入院してる女将さんの代わりに、「不束者ですが、今日から齋藤家の嫁となりました雅子です。義母に成り代わり、今日から女将務めさせていただきます。よろしくお願いいたします」なんて一方的に宣言して、女将さん業始めたんやさかい。
何もかにも手探りやった。今まで義妹手伝ってくれてる近所の奥さんにお聞きしながらお手伝いするしかなかった。
杜氏さんたちの三食の用意、生活の世話するのは、齋藤家の女の担当。それを今まで女将さんの義母と高校生の義妹がやってた。義母が入院してるさかい、義妹一人やけど、それも無理。近所の奥さんに頼んでるけど、これも齋藤家の女将さんと女がやらなあかん仕事や。つまるとこ、うちと義妹なんや。
杜氏さん達の食事の世話、彼らの洗濯物、部屋の掃除、頼まれたもんの買い物、女人禁制の酒蔵以外の部屋の掃除。
日本酒はおおよそ十一月から四月までの冬の間にお酒づくりする。これを寒造りって呼ぶ。酵母や麹といった微生物扱うさかい、気温低く雑菌が繁殖しづらい冬の間に集中して作る必要あるさかいや。
とりわけ、掃除は大事や。麹菌の繁殖に雑菌の混入は致命的。毎日、あらゆる場所掃き拭き磨く。掃除機なんかつかえへん。ホコリ撒き散らすだけやもん。
昭和五十二年の酒蔵には、まだまだ女人禁制の風習残ってた。紺ののれんの向こうの酒蔵には女は立ち入ってはいけへんかった。
酒蔵は女人禁制にだった。清廉で清潔であるべき酒蔵に淫靡な雰囲気持ち込ませず、女に蔵人のチームワーク乱させんために、女を彼らの目届かぬ場所に遠ざけた。
それも今は昔、二十世紀の現代、労働力としてのうちら女も必要なはず、その内、この女人禁制もぶち破ってやる、うちは思た。
そうそう、許嫁との話忘れてた。
彼、タケルは、物心つく頃から、親戚の寄り合いなんかで顔合わせてた。彼伏見やさかい、学校こそ違ったけど、酒造り始まる季節の冬休み、春休みの間は、邪魔な子供である彼と彼の妹うちの家で引き取ってた。ほやさかい、小さい頃は、うちの兄、うちと、タケルと妹で一緒よう遊んだ。うちが最初にお医者さんごっこした相手もタケルやった。初キスの相手もタケルや。小学校の頃やったけど。うちは、マセてたもん。
彼は中学生になって、酒造りの手伝いできるようになると、うちの家に学校の休みに来るいうことはなくなったけど、親戚の寄り合いではちょくちょく顔合わせてた。高校一年生になって、生まれて初めてデートした相手もタケルやった。その時は、うちは何か苛立って、五回くらいのデートで打ち切りになったけど、付き合いはそのままやった。
彼も自分の学校の女の子もおることやし、わざわざ遠い親戚の従兄妹と付き合う必要もないわけや。そして、彼関西の大学に、うちは東京の大学に。もう彼と何か交差することもないやろ思てた。
役所に婚姻届彼と出しに行った。披露宴も何もなく、事務的に手続きした。タケルが「雅子さん、指輪とかさ……」って言うたけど「こんな忙しいのに、そんなん来春でええわよ」って突っぱねた。「雅子さん、申し訳ないなぁ。こんなことになっちゃって」って言う。「別に知らん仲でもなし、タケル、その『さん』付止めや!もううちら、『
その夜、うちは寝所をタケルの部屋に移した。タケルおどおどしてるさかい、寝具も探して、新しいお揃いのお布団二組、義母の部屋の押し入れから持ってきた。さすがに、タケルの部屋にお布団並んで二組って、生々しいなぁ、思た。
お風呂つかて、夕食済ませ、二人で部屋入った。うちは正座して、「不束者ですがよろしくお願いいたします」ってタケルに挨拶した。これは一度やってみたかった。タケルも慌てて挨拶返す。うちもタケルもお布団潜り込んだ。冬の旧家寒い。
しばらく、うちは天井見つめてたけど、タケル動かへん。まったく、もう。うちは、タケルの布団ににじって入った。「ま、雅子!」ってタケル言うけど「何よ?
「タケル、もしかして、あなた、付き合ってた女の人おったんちゃうの?」って聞いた。
「え?ま、雅子、あの……」って言うさかい、「正直に言うてもええよ。言いたくなければ言わんでもええわ。うちはなぁ、まだ結婚とかそういう話はしてへんかったけど、付き合ってた人はおった。同じ大学の一年後輩の人。同じ美術部やった。でも、別れてきました。もう会うこともありません」
「雅子もか……俺も同じ大学の生物学の研究室の女と付き合ってて……でも、ごめん、話がこう早く進んでしまって、彼女に説明してへんねん。でも、俺も別れるよ」「タケル、ええのよ。彼女と付き合ってても。彼女には時間必要やろ?ただ、うちに知られんようにして頂戴。気にすることないよ」
「昔、お医者さんごっこして、うちのあそこ人生で最初に見たんはタケルやん?うちもあなたの見たけど……」なんて昔話したりして、体お互い弄りあってる内に、彼うち欲しくなったようや。うちも自然に彼欲しくなった。明彦とのセックスのルールは御破算にして、これからは彼とのルール作らな。
彼は果てて、うちの上でハアハア言うてる。可もなく不可もなく、普通やった。ただ、ちょっと甘えたり、恥ずかしがったり、声出したり、逝ったフリしてあげた。
夫婦でええとこは、避妊の心配なんかせず、心おきなくできてしまうこと。むしろ、周りは早う跡継ぎを、なんて言うてる。でもなぁ、まだ、うちは、二十一才やさかいなぁ。大学にも戻れるもんやったら戻りたい。関西の大学でええ。これはタケルとも話し合わなあかんねぇ。
翌年
その年から翌年の春まで、嵐のよう過ぎてった。十一月の米の手配、精米終わってたけど、十二月から翌年の三月まで、寒造り言うて、日本酒の仕込み続く。寒い時期は温度管理しやすく雑菌の繁殖しにくいさかいやて。
その年の十月、杜氏さんの頭が高齢となって、酒造りむずかしくなったと能登から連絡あった。七十過ぎやったさかい当然のこと。それで、副頭が頭となった。若い中卒の蔵人も入れたけど、酒造りの人手足らへんくなってた。
うちは、接客にも必要やさかい日本酒の醸造独自に学習してた。手足りへんかったら、うちで良ければ手伝います、うちは自ら手を挙げ、他の杜氏さんに混じって酒仕込むこと決心する。
せやけど、酒蔵では、酒造りの場は女人禁制。ところが、義父に酒造りしたいと思いきって願い出たら、あっさりOK出た。拍子抜けした。老舗酒蔵の長く続いた風習終わったようや。うちだけやなく、義妹も手伝うことになった。
酒造り関わると簡単言うても、その世界厳しい。早朝から始まる重労働。その上でスピード求められる。日本酒は「生きもの」やさかい、待ったややり直しきかへん。つまるとこ相当な覚悟要る。
まず、酒米いう酒造り専用のお米仕入れなあかん。これはうちには経験不足で、どのお米ええんか、値段妥当なんかわかりゃせえへん。義父と亭主に任せる。なんでも、酒米は、食用米と比べるとタンパク質の含有量低く、粘り気少ないんやて。うち見てもそんなんわからへん。
仕入れたコメを精米する。これが難しい。精米すればするほど、吟醸酒みたいに味ええ酒できる。やけど、精米すればするほど、酒米の重量も減る。製造するお酒の量も減る。それやったら、普通飲まれてるウチの汎用品の製品の値段に釣り合わへん。その損益分岐点考えなあかん。これは、うちの勉強する課題や。
次に、家庭でお米炊く作業と同じ。米洗て余分な糠取る。そして、適量の水分吸収させるために、米を水に浸す「
蒸米、放冷も同じ。米蒸す。
麹造りはうちでもできそうや。蒸米、放冷された米広げ、麹菌を米に付着させ、米の中で麹菌繁殖させる。室内の温湿度和麹と混ぜ合わされたお米の温度に依って出来決まる。これは化学実験と同じ。杜氏さんに聞いて、コツつかもう努力する他、杜氏さんが勘でこなしてるんをうちは温度計や湿度計、ストップウォッチで計測して、ノートした。
次の酒母の製造は、パス。酒母は、アルコール発酵促す酵母大量に増殖させたもん。麹と水混ぜ合わしたもんに、酵母と乳酸菌、さらに蒸米加え、ニ週間から一ヶ月で酒母完成。酒母手作業で造りあげる製法が、「
ただ、うちの亭主言うには、それやったらあまりに偶然頼りすぎるし、雑菌取り込むこともある。ウチの亭主、この酵母と乳酸菌厳選して使いたいらしい。義父や杜氏さん達の伝統に反するけど、亭主の時代になったらそれやるやろ。
酒母タンク入れ、麹、蒸米、水加えて発酵させる
でも、水質検査くらいならできる。何が日本酒にとって最適な水質なんかを化学的に調べれば、学士や大学院の論文書けそう……うちがこの状態で大学に戻れればの話やけど。これで赤ん坊でもできたら不可能やわ。
酒の瓶洗い、ラベル貼り、包装し、接客することもある。それはまるで、江戸時代にタイムスリップしたかのようや。
二年目もあっと言う間に過ぎた。そして、徐々に婚家にも慣れてきた。
うちは義妹と相談して、婚家と実家、それから、京都の酒蔵と和紙製紙所誘って、東京で、「今日の京の酒蔵と和紙所」いう展示会とカンファレンス企画した。関西の酒蔵、和紙問屋言うても、大消費地は関東なんや。バイヤーの半数以上は、東京の企業様なんや。
伏見の酒蔵の女将が貴船神社につてあって、千代田区の神田明神の運営する会館で展示会開催できることになった。酒蔵の展示ブースでは、利き酒もしてもらうつもりやさかい、飲酒可の場所やないとあかん。明神様の会館そんなこと気にしてへんようで、便利やった。
……東京かぁ……明彦も卒業して就職したらしい。彼女もおるんやて。当たり前やなぁ。時間が経ったんやさかい……
もう交じり合わない再会
その年の夏、酒造りのオフシーズンでもあり、「今日の京の酒蔵と和紙所」いう展示会とカンファレンスの開催にこぎつけたわ。関東の昔からのバイヤーさん、新しいバイヤーさんなんかに招待状出して、一般のお客さんにも酒造りや和紙づくり知ってもらおうて、新聞広告も出したんや。義父は義母の世話で参加できへんさかい、うちの亭主とパパ、兄は二日遅れで来る予定や。展示会回すんは、うちと義妹と他の女将さんたち。ほんま、女の時代やなぁ。
うちは、婚家の酒蔵のブースと実家の和紙のブースを行ったり来たりして、社員さんの応対補佐してた。酒蔵のブースでは、酒枡をピラミッドみたいに積み上げて、見た目にも結構凝ったつもりや。一升瓶の汎用製品の日本酒のほか、低温殺菌の純米酒を、当時は珍しかった500ml、720mlのグラス瓶に詰めたもんも展示してた。これは冷酒で飲んでほしいんや。試作品の純米大吟醸酒も並べてたわ。
もちろん、展示だけやなくて、試飲もしてもらう。初めてのお客さんもおれば、関東のバイヤーさんなんかもいて、顔見知りやと試飲が試飲でなくなって、ぐい呑で何杯もお代わりされる人もおった。うちもマズイなぁ思いながら、お客さんと盃交わしてしまって、少々酔ってしもたわ。
昼過ぎになって、昼食の時間でお客さんもちょっとまばらになった。うちは酒蔵のブースを義妹に任せて、和紙のほうはうちが見るいうことで、他のスタッフを昼食に送り出したんや。
和紙のサイズは、半紙判いう333×242ミリから、画仙紙全紙の1366×670ミリまでいろいろある。今回は、いろんな原色組み合わせて、画仙紙全紙を十二単みたいに扇状に展示してた。元美術部やさかい、補色とかいろいろ考えてしまうわ。お客さんに見てもろてるうちに扇形が崩れてしもたさかい、うちはそれを直そう思てた。画仙紙全紙はでかいさかい、きれいに扇状にするんは手間かかる。展示テーブルに俯いて、和紙をなんとか元通りに直してたんや。
急に照明が遮られて、和紙に影が落ちた。あら、お客さんかしら?思た。うちの上から声が降ってくる。「あの、作業中に申し訳ありませんが、和紙の製法についてお聞きしたいんですが……」いう声。聞き覚えのある声やった。うちは上体起こしたわ。
立ち上がって背筋伸ばして、お客さんと向き合った。「いらっしゃいませ。どのような製法について……」言いかけて、言葉飲み込んでしもた。三年ぶりの懐かしい人が正面に立ってたんやさかい。
彼も驚いてた。偶然にしても出来すぎやろ?ただ、彼の隣には彼女らしい背の高いスラリとした女の人がおった。うちも彼も見つめ合ったまま、言葉が出えへん。
何秒かやったんやろけど、無限に続くか思た。彼の隣の女の人が怪訝な顔でうちら見てるんがわかった。うちの顔ジッと見て、彼の顔見比べてる。「あら、お知り合いだったかしら?」と彼女が言うた。
彼女はブースの上の実家の店名見てた。「小森……」と首傾げて、思い出そうとしてた。「……あなたは、もしかすると……雅子さん?」と彼女が言うた。なんで、この知らん女の人がうちの名前知ってるんやろ?
急に彼に言葉が戻ってきたみたいや。うちの言葉はまだ出てけえへん。彼が「雅子……」とうちに呼びかける。その時、ブースに実家の社員が戻ってきて、「若女将、昼食終わりましたさかい、どうぞ代わりに行ってください」いうてうちに言うた。
「え?昼食ね。今、このお客さんが……」と社員の女の子に言いかけると、彼が「そうですか。これから昼食ですか。俺もご一緒してもええですか?ねえ、絵美、あの昼食を……」と彼女を振り返って言いかけた。
絵美いうて呼ばれた彼女は、「私、ちょっとまだ見ていくから、小森さんさえ構わなかったら、二人で先に行ったらどう?外に出て左に行くと明神様の御門の正面に明神そば屋さんがあるわよ。あそこはどうかな?」とテキパキのうちと彼の顔見て言うた。
彼が「……うん、じゃあ、絵美、そうさせてもらう。小森さん……ああ、小森さんは旧姓だったな。齋藤さん?齋藤さん、どう?その明神様のおそば屋さん行ってみないか?」とうちに言うた。
うちはまだ言葉が出えへん。頷いてお辞儀してしもた。それで、彼に誘導されるみたいにブース離れて、おそば屋さん向かった。足元がふわふわして、和服の裾がうまく捌けへん。よろけてしまう。彼が肘支えてくれたわ。
そば屋さん行く間も言葉出えへんし、彼も何も言うてけえへん。そば屋さんの奥の板の間のテーブルに着いた。しばらくテーブル見つめてて、顔上げたら彼がうち見つめてた。「雅子、三年ぶりだね。不意打ちだ。こんなとこで会うなんて」と優しく言うた。昔より声が低うて太くなったかしら?
「あ、明彦……」懐かしいし、気恥ずかしいし、二度と会う思てへんかった。言葉が続かへん。「結局、雅子と俺が行くプラド美術館の夏は来なかったな」と彼が言うた。こら!明彦!うちが泣くようなこと言うな!泣いてまうやんか!バカ!
ミキちゃんの言葉がたくさん思い出されたわ。
二人の運命のめぐり合わせは交差しへんかったのよ。二人共が最終ゴールやなくて、通過点やったいうこと。明彦にとって、雅子は、通過儀礼やったのよ。人間が成長していく過程で、次の段階に移る期間で、どうしても通らなあかん儀式やった。大人になるための儀式。それが、雅子にとっては明彦やった。明彦にとっては雅子が儀式やったのよ。ある意味、私も二人の儀式なのかな?でもな、雅子、あなたと明彦は未来でも二度と交差せえへんと決まってるのよ。
ミキちゃんの嘘つき!『未来でも二度と交差せえへんと決まってる』て何や!目の前に今その交差してる本物がおるやんか!馬鹿!
うちは、着物の袂からハンカチ取り出して、目尻に当てた。彼が言葉続けた。
「ミキちゃんも電話してきたんだ。彼女がキミの最近の話してくれた。彼女も言ってた。雅子も同じだって。ぼくのこと聞きたがってるって。ミキちゃんは伝書鳩みたいだな」お願い!それ以上言うな!涙止まらんくなるわ!
うちが涙堪えてると、絵美さんがやってきた。チェア引いて音もなく座った。彼女が身乗り出してテーブル越しにハンカチ握ってるうちの手をそっと包み込んだ。
「雅子さん、私はあなたのことをよく知っているんです。明彦から聞いています。ミキちゃんともお電話でお話ししたことがあります。私ね、あなたに嫉妬しちゃったの。たった、数ヶ月のお付き合いで、この明彦があなたについてたくさん話せることがあるんだと。私だったら、そんなに話せることはないんじゃないかしら?って、妬けちゃった」
うちは顔上げて彼女見た。さらさらした長い髪、体つきはしなやかで背が高くて、スラリとしてる。ウェスト細うて胸は小ぶり。日本人にしては鼻高い。テーブル越しでも強靭な意志と賢さ感じた。おいおい、明彦、うち、彼女に負けてるわ。
「ミキちゃんが言うてた……御茶ノ水の明大の小講堂で明彦が出会った女性がおるて。あなたが、森、絵美さん?」
「はい、森絵美です。小森……齋藤さんか。齋藤雅子さん、どうぞよろしく」
「絵美さん、会えて良かった。でも、複雑な気持ちなんや」
「わかるわ。元カノと今カノという単純な話じゃないものね?困っちゃうなあ。それはおいておいて、少し遅れてやってきましたけど、二人共、二十分くらい、お通夜してたのね?三年前のお通夜を。それで、オーダーもまだしていないんでしょう?明彦、食事のオーダーくらいしなさいよ。それとも胸が一杯で食事も喉を通らないの?」
「わ、わかったよ、絵美。雅子、何を食べる?」とテーブルの上にあったメニュー開いてうちに渡した。
先にメニュー開いてた絵美さんが「う~ん、おそば屋さんは、おそばにするか、ご飯物にするか、いつも迷うのよねえ。うなぎもある。天丼とお蕎麦というベタなチョイスもある。鴨南蛮にカツ丼、どれにしましょう?天丼と鴨つけそばかしらね?そうしましょう。雅子さんは何にする?」と聞かれた。
「え?うちは……」そうや。会場の準備で朝食もとってへんかった。急にお腹空いたのに気づいた。絵美さんも二品注文したさかい、うちだって二品でもおかしくないわね?て、どうも京都の癖で、何かと他人気にする癖ついてしもたみたいや。
「うちは、カツ丼と鴨つけそばにします」言うた。グゥ~っとお腹鳴った。明彦もウナ丼と鴨つけそば注文した。「ついでに、ビールもいいだろう?二人共?」とビールの大瓶三本注文してしもた。まあ、ビールくらいええか?
料理が来た。話の糸口がつかめへん。絵美さんのこと聞いてみよか?
「絵美さん、さっきうちの実家の和紙ブースの上の店名見て、『小森』からうちの名前思い出されたみたいやけど、明彦からうちのことどのくらい聞いてたんですか?」
「ウフフ、雅子さん、気になる?気にならないほうがおかしいわよね?」と頬杖ついて絵美さんはうちの顔ジッと見た。「前に付き合っていた人の話が話題に出て、明彦は『あまり趣味が良くない話題』と言っていて渋々だったけれど、私が根掘り葉掘り聞いたのよ。彼の話を聞いていて、明彦がお付き合いした女性の中で、あなたが特に印象に残ったの。あ!ミキちゃんもね」
「明彦!」とうちは彼睨みつけた。
「雅子、ぼくとキミの間もそうだったけど、ぼくと絵美の間も隠し事なしだ。もちろん、彼女に聞かれたから話した。プライバシーに関わることだけど、キミには二度と会えないとも思っていたからね。ミキちゃんは気にしなかったよ。面白がっていたよ」
「明彦!」
展示会のやってる明神様の会館の道すがら、絵美さんがうちの腕握って歩いた。あ、この人とは友達になれそうや思た。会館のエントランス入って、絵美さんが立ち止まる。
「雅子さん、あそこの柱の後ろ、見える?あそこなら、誰にも見られないと思わない?」とと絵美さんが言うた。
「え?」何の話や?
「ほぉら、明彦とあそこに行って、隠れて、彼にハグしてもらっちゃわない?もう、こういう機会はないかも。三年前、東京駅で別れてから、二人共モヤモヤしてるんでしょう?私、気にしないから。最後に、二人で封印しなさいな」などととんでもないことを言い出す。
「絵美、なんてこと……」「絵美さん、うちは亭主持ちで……」と明彦のうちが言いかける。
「あらら、一生、後悔するわよ。私が良いっていうんだから、雅子さんの旦那さんの了解はないけど、すればいいじゃない?雅子さん、明彦、しなさいよ。私、あなた方が誰にも見られないように、見張っていてあげるから……」とうちと明彦の肩突いて、柱の陰に押し込んでしもた。絵美さんは、エントランスの真ん中に行ってしまって、ブラブラしてる。
「……」
「強引だなぁ、絵美は。あのさ、雅子、どうする?」
「どうするて……今さら、うちに、そんなこと聞くん?」こいつの鈍感さはたまに頭に来ることあった。今もや。何も聞かんとキスすればええんや。うちが最後のキス欲しがってるんがわからへんのか?
彼がうちの腰に、うちが彼の首に腕回した……これで、ほんまにおしまいなんやな……うちは彼に抱かれて、キスしながら思た。
もう、交わらへんねん、うちらは。
💞「造り酒屋の女将」これで、ほんまにおしまいなんやな……もう、交わらへんねん、うちらは。 🌸モンテ✿クリスト🌸 @Sri_Lanka
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