第5話



アイリスという精霊との出会いから、ひと月が過ぎた。


その間、ヘイタン(ヘイタン)は兄のかつての仲間たちの指導のもと、厳しい修行に明け暮れていた。

生存術、基礎魔法、戦闘の戦略――彼は多くを学んだ。

まだ真の勇者と呼ぶには力不足だったが、それでも決意は固まっていた。

「ルミノスソード」の新たな継承者を探す旅に出るのだ。


冷たい朝。太陽が地平線の向こうからようやく顔を出す頃、

ヘイタンは木製のテーブルの上で地図と荷物を整理していた。


「服、水、薬草、干し肉……うん、これで全部だな。」

独り言をつぶやきながら確認していると――


トントントン、と軽やかなノックの音が響いた。


「はい、今行きます!」

手を拭きながら扉へ向かう。


扉を開けると、そこに立っていたのは黒髪の少女だった。

肩まで伸びた髪が風に揺れ、黒い瞳は強い意志を宿しながらも、どこか柔らかい印象を与える。


「おはようございます。」

ヘイタンは戸惑いながらも声をかけた。

「何かご用でしょうか?」


少女は答えなかった。

ただ、静かに一通の封書を差し出した。

封には、かつて勇者一行が使っていた紋章が刻まれている。


ヘイタンは眉をひそめ、慎重に封を開けた。

中には、魔導士リアンヌ(リアンヌ)の筆跡があった。


――

「ヘイタンへ。

あなたの旅立ちを知って、あなたの兄の親友の娘が同行を望みました。

彼女の意思は強く、あなたたちが共に学び合えると信じています。

どうか彼女をよろしくお願いします。

愛をこめて、リアンヌ」

――


手紙を読み終え、ヘイタンが顔を上げると、

少女は小さくいたずらっぽい笑みを浮かべていた。


「じゃあ…君が兄の友人の娘さん、というわけか。」

ヘイタンはまだ半信半疑のまま尋ねた。


少女は静かにうなずいた。


「気持ちはありがたいけど…連れて行くわけにはいかない。」

ヘイタンは腕を組み、きっぱりと言った。


少女の笑顔が一瞬で消えた。

目に涙が浮かび、唇を尖らせながら叫ぶ。


「どうして!?」


ヘイタンはため息をついた。

「この旅は危険だ。君の家族は、もう誰も失いたくないはずだ。

お父さんを亡くしたばかりだろう? これ以上の悲しみは耐えられない。」


少女はうつむき、少しの沈黙のあと、小さな声で答えた。


「……私も、あなたと同じなんです。」


ヘイタンは目を瞬かせる。

「同じ?」


「母は、数か月前に亡くなりました。」

少女はかすかに笑いながら言った。

「父が死んでから、母は病にかかって…冬の寒さで悪化して、もう…。」


重苦しい沈黙が流れた。


ヘイタンは目を伏せて、静かに言葉を紡ぐ。

「……ご愁傷様です。心から、悲しみにお悔やみを。」


少女はもう一度顔を上げ、震える声で、それでも笑おうとした。

「大丈夫です。もう泣き尽くしました。

だから…私には、もうここに留まる理由がないんです。

お願いです、行かせてください。」


ヘイタンは視線を逸らし、返す言葉を見つけられなかった。

「……まだ決めかねている。」


少女は腕を組み、頬をふくらませて言った。

「なら、あなたが許すまでここを離れません!」


ヘイタンは小さく息をつき、額を押さえた。


運命が、ゆっくりと動き始めていた。

そして彼の心の奥底で、確信が芽生えていた。

――この少女は、決して偶然ここに現れたわけではない。

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英雄の死の後に何が起こるのか? @MayonakaTsuki

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