〇は〇を愛してる
コトワリ
声のない恋物語・前半
目覚まし時計と朝日。どちらが先に眠りを妨げるかと言われれば、その日の天気によるとしか答えようがない。ただ一つ言えるのは比較的朝日の方がまだ優しい。それだけだ。だって結局僕は人間なんだから。三大欲求の一つが邪魔されれば嫌な気持ちにもなる。大体不快に始まる毎朝なんだ。今日は後者だったため、まだマシと言えよう。飽きという感情を持つ人間としては、今さらそのことについてどうということはない。目覚まし時計に怒鳴ったってジリジリと眠気を覚ますためだけに造られたような擬音を出す機械は言う事は効かないし、お天道様に叫んだところで返って僕がご近所さんの目覚まし時計へと。要するに不快な機械へと変身できてしまう。変身するくらいならあの子からの朝の挨拶に返信したいものだ。
高校生活が始まって一年。クラス替えでようやく一方的に恋心抱いているあの子と連絡先を繋ぐことに成功した。成功、と高々言ったがただクラスLINEにある茜さんのLINEを死覚悟で勝手にこちらから友達申請という何かの法に触れているのではないかと思うほど手の震える行動をしてしまっただけ。今思えばあの勇気と不必要な罪悪感をかみつぶせた自分へ三割の感謝。残りの七割はもちろん一度しか話したことがない不審者からの申請に了承を返してくれたあの子へ、だ。残念ながら最初の挨拶もできぬまま、日を過ごしてしまっている。今日もそんな積み重ねられた勇気の出ない、一日の一つに過ぎない。降り注ぐ朝日は僕の心を照らす。けれど光を吸収するタイプの黒なので変化は起きなかった。
起き上がり部屋を出る。外開きな扉はまるで憂鬱な気分を打ち返すように開けた。このままベッドへと倒れ込みたいがそうはいかない。温かい温もりの残ったモフモフの塊は魅力的だ。けれど学校にはあの子がいる。どっちが魅力的かと言われれば…ダメだ、僕には決められない。こんな優柔不断だからあの子へ告白どころか挨拶どころか、まともな女子の友達一人できないのである。
くだらない己の葛藤とは早々に見切りをつけ両親の作った朝ご飯の待つキッチンへと重たい瞼と足というデバフを喰らいながらたどり着いた。幼いころの記憶がほとんどない、というのは今まで生きて来た16年間で出会ってきた人々皆そうなのだが、僕はきっとその幼いころに『HARD』と『NORMAL』と『EASY』の選択肢を間違えたんだ。でなければ一日の始まりという序章がここまで難易度が高いわけがない。だが世界には『BERRYHARD』を選択してしまった人やむしろ『PEACEFUL』を選べた、おおよそ幼いころに記憶がある恵まれた人だって生きている。『人生ゲーム』の設定ミスはそうやって選択した難易度が違う
「みんな『望まない部分が』違ってみんな『望まない部分』良い」
と。
ただこの持論を世界的に、SNSに発信するような自殺行為はしない。どうにも、肯定的な意見があれば否定的な意見が、否定的な意見があれば肯定的な意見が生まれる設定になってしまっているようだったからだ。否定的な意見のないSNSを作れるのなら、きっと永久機関だって作れる。
朝ご飯を食べ終わり、見た目以上に、主に精神的に重たい制服に袖を通した。歯磨きしかない僕の自分磨きを済まし靴を履く。踵ですら反抗的なので靴ベラで言う事を聞かせ、鞄を持ち上げる。黒く前代的な鞄だ。持っているだけでまるで思考が古くなった気がした。けれど、あの子や憎きアイツが持つと絵になるから不思議である。平等やら公平は自分にとって良い方向に捉えられる人が使うセリフ。先ほど僕を起こしてくれたご本人様に出会おうと冷たい玄関扉を開く。すると母親があの伝説の、いつか結婚した奥さんに言われたいお見送りの一言を背中にかけてくれた。少しばかり足取りが軽くなる。思春期?知らないそんなもの。育ててくれた両親に暴言を吐く前に自分を見つめ直せば、その発言がどれだけ恥じるべきか。外見の粗悪な化け物が実は優しいというギャップ的なよくある物語の登場キャラ。中身は外見とは関係ありませんと言っていた脳内恋愛カウンセラー。自分が醜いとわかってると人は自己嫌悪気味で後退的で自虐的、良く言えば『優しい』存在になる。弱さは己を下げ、周りを上げる。そんなとこまでてこは働かなくていいのに。
中身と外見は関係ないだと?あんたは腐ったリンゴを食うのか?
登校の道を歩めば背中から憎いアイツの声が降り注いできた。隕石が降ってきた恐竜に同情だ。確かに『恐』れる。憎いアイツは悔しいが『EASY』を選んだ外見も中身も上々な人生を歩んでいた。とは言え僕は憎いアイツを憎まない。『HARD』を選んだのは僕だ。ただ少しだけ、ほんのちょっと離れてほしい。消えろとまでは言わないさ、屋上から飛び降りてくれれば。そんな素振りは一切なく昨日見たらしい光る箱に流れた映像の話をされた。可哀想に、そんなカッコよくカッコいい人生の一日の朝が光る箱を嬉々として語るようで良いのか。情けない…。僕だって悪魔でも鬼でも閻魔様でもない。仕方がないから憐みの念を込めて、映像の話を合わせてやったんだ。僕って偉いよなぁ。『HARD』なのにさ。思わず学校に着く頃には口の中が乾ききっていた。
教室に憎いアイツとはできれば入りたくない。これはほぼ思春期入りたての女子中学生がもうお父さんとお風呂には入りたくない現象と同義だ。なので少し過去か未来へと足取りを向ける。すると助け船が三隻、憎いアイツの友人がどんぶらこどんぶらこしてくれた。なのに憎いアイツは砕けた朝のあの挨拶をオウムのように返すだけで明らかな泥船から宝船へと移ろうとはしなかった。馬鹿なのか?いやバカでなければ平等も公平もない。だがその公平と平等が僕にとっていい方向へと進んでいるのなら、こんなに学び屋2-2へ進むことが億劫ではないのだよ、憎いアイツ君。教室に入るとやはりいた。目が釘づいた。磁力を感じた。ニュートンがリンゴで万有引力を発見したのなら、僕はあの子という花弁で万有引力を発見した。教科書をすでに並べ終わり、シンプルな着飾らない筆箱はもはやあの子が持てば派手。許されるのなら文房具大賞(個人部門)に登録したい。あり得ない、ありもしない妄想をしていると憎いアイツはあの子に朝のあの挨拶をかけた。爽やかに。なんて迷惑な。けれどあの子は優しいから、ちゃんと返してあげている。借りたものは返さなきゃいけない。幼少期から教わった当たり前のこと。けれどあれは大体一対一で発生するイベント。憎いアイツと共に入れば、そのイベントは憎いアイツの強制イベントへと昇格する。ログインボーナスもない僕にこの仕打ち。サ終したい。
憎いアイツを心の中で何度も蹴とばしながら自席へ着く。あの子の席は僕の隣の席の前の前。つまり僕だけがあの子を見ることができる。自分で言っておいて少し…背徳的だ。罪悪感が毎日ごめんなさいしそうになる。けれど悲しい事実を知っている以上、その罪悪感も自分自身で許してしまいたい。むしろそうでなければ潰される。簡単に言えば、僕があの子を眺めていても誰も僕に興味はないので、気にしなくていいということ。チャイムが鳴った、授業が始まる。僕がこの席にいていいのは、親がお金を払ってくれた。ただそれだけ。夢ならきっと、明日から登校しなくれば、僕に何件ものメールと不在着信。あの子が先生から頼まれた何かしらのプリントまで持ってきてくれるかもしれない。けれど、残念ながらすでに日差しを無条件に配るお日様が夢から現実へと覚まさせている。実際、用意された居場所は『努力と入学金』に用意されたこの36センチ×36センチの四角い椅子。ここだけである。
授業が終わり、僕の目は自然とあの子へと向かう。解放された動物的な喧騒の中、ここまで的確にあの子の声が聞こえてくるなんて、僕の耳はどうやら特殊な音波を拾える能力が備わっているみたいだ。あの子はあの子の友達と、明日の話をしていた。彼女と未来を語りあえるなんて。どれだけ幸せなんだろう。きっとその明後日も、明々後日のことも考えてしまうくらい、未来に希望が持てるんだろうな。対偶として存在する現在の僕の思考は、明日あの子と話せたらいいな、が50%。目の前であの子が喋ってる憎いアイツへの憎悪50%という、なんとも夢のない今が広がってるのだけど。
明日は、話せると良いな。
淡い希望を胸に抱き…やっぱりゴミ箱に捨ててから帰った。僕が持っていてもどうしようもない気がしたから。
〇は〇を愛してる コトワリ @kame0530
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