第3/6話

 田中は正社員だった。とある観光業を営む会社の正規の社員で日々懸命に仕事をこなしてきた。それはもう、彼が社内で一度意見を叫んだら、近所の猫が全部、一斉にあくびをするぐらいに信用があった。つまりなかった。どれだけ頑張っても業績につながらず、ミスはせずとも成功はしなかった。そういう男だった。だから残業は自ら進んで他人の仕事まで請け負って行うぐらいであった。逆にに言えばそうでもしないとすぐ首になりそうな、そんな男であった。もう年だからそろそろ出世したいとは山々思っていたのだが、日々の仕事で精いっぱいだったのだ。つまりおっさんだった。

 田中はフリーターだった。日雇いや短期の仕事を探しては勤務して日々の食い扶ちをどうにか凌ぐ生活であった。やりたいことも夢も希望もあるような、ないような、ぼんやりとした日々を過ごしていた。つまりおっさんだった。

 田中は警備員だった。二十四時間体制で万全を期す男であった。彼の業績は常にトップで、一位の座に君臨し続け、さらに勤務開始から今日までの十年間、被害はゼロ件。それぐらいのエリートなのだ。彼の保護対象はいつも同じで変わらない——自宅だ。そう、田中は自宅警備員と称する怪しげなおっさんだった。そんな田中は午後六時五十六分頃、いつも通り警備しているときににサーフィンをしていた。ネットサーフィンのことだ。数々の大海の荒波を乗りこなしていると、インターネット海上で面白そうなものを見つけた。

 

 『報酬金300万円! 募集人数残り二名!』

 

 広告ではない。ネットの掲示板と書かれたサイトに書き込まれた一つのコメントである。サイト内では誰も触れずに完全無視、つまりスルーされているのだが、自宅警備員田中は気になっていた。足の水虫がムズムズするぐらい気になっていた。そして、今、冗談交じりに記載されているメールを送ってみたところ十八秒で返信が来た。田中は時間を数える癖があったのだ。早い返信でありながらも、微妙なタイムラグ。どうやら相手は機械ではないらしい。返信メールに返信を繰り返して、数通ほどやり取りをして居酒屋で面識を取ることになった。

 二時間と約四十二分後。

 田中はビールを飲んでいた。久々のビールであった。日々、三食を取ることだけで精いっぱいであった田中は久々に口にしたビールを、それはそれは美味しそうに飲むものだから、ビールを奢ってあげた田中は満足げであった。久々に残業がない日であったので、羽を伸ばそうと小さな居酒屋に来たのだが、入り口で尻込みする男を見つけたのだ。どうしたものかと声を掛けると、金がなくて入れない。だから外からの雰囲気だけでも楽しんでいるのだという。この様子を見た田中は、この男が可哀想になり、一杯奢ってやることにしたのだ。田中と田中は日々生きることの苦労を分かち合いながら、互いの境遇を互いに嘆いていた。そこへ一人の男が相席を求めてきた。気分が良いうえに断る理由がなかった田中は申し出を受け入れた。すらっと伸びた身長の彼は実に話の合う人で、しかも奇遇にも名を田中と言った。これはこれは奇妙な縁だと、驚きはしたもののその気さくな人柄のおかげで楽しい時を過ごせていた。その隣の個室で田中はやばいと思ったが遅かった。軽い気持ちで送ったメールの仕事内容は強盗の人員確保であった。確かに成功すれば大金がもらえてハッピーなのだが、さすがに犯罪はまずいと思ったが、もう遅かった。田中は拳銃を裏でしっかりと突き付けながらこう言った。

「あんたも俺も相棒も田中じゃないか。田中同士仲良くやろうや」

 拳銃の田中は作戦の内容を説明し始めた。つい先日、とある商店街近くのビルの一階にコンビニかな? と間違えるほど小さなスーパーがオープンしたらしい。そこがスーパーになる前は、そのビルに裏の人間が出入りしていた、というのだ。だが、この間その一味が丸々ごっそり捕まってしまい、呆気なくそこの組は解散。そこには未だに彼らの資金源が残っているそうなのだ。このダブル田中はそれを狙っている。目の前の小太りでサングラスを掛けた、いかにも悪そうな田中は付け足してこう言った。

「だが、俺たち免許がない。車を運転できないんだ。そこで、だ。兄ちゃん、あんたの力を貸してほしい、と。まぁ、つまりそういうわけなんだよ」

 どうやらこれを狙っているのはこの二人だけではないらしく、すぐにでも行動したいらしい。準備はできているから明日の晦日・三十日に決行すると言う。小太りグラサン田中は、役目を自宅警備員田中に伝えると、ポケットからまるまる太った葉巻を取り出し、思いっきりふかした。自宅警備員田中は葉巻を初めて見たので少し興味を持った。それを見た太りグラサン眼鏡の田中は、仲間の証だとか言って一本差し出してくれた。警備員田中はものすごくおろおろと警戒しながらも頂くことにした。デブ眼鏡はまたもや悪そうな笑みを浮かべながら警備員田中の葉巻に火をつけてやった。備員の田中はけほけほした。拳銃の田中とデブ田中は声をあげて笑いながら新しいメンバーの加入を歓迎した。こうして田中と田中と田中は酒で大いに盛り上がり、田中と田中と田中は葉巻を片手に作戦と絆を深めていった。備員の田中はこうして強盗事件に関わることになったのだ。

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みそかの白い炎 小鳥遊咲季真【タカナシ・サイマ】 @takanashi_saima

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