第2/6話
伊藤は煙草をふかした。もくもくというよりふわふわと消えるそんな煙をふかした。年の瀬だというのに日本はどうも落ち着かない。いや、師走だから落ち着いてはいられない国民性なのかもしれない。それでも少しはおとなしく落ちついて年越ししてもらいたいものだ。
市内では今日だけで強盗・強盗未遂が一件ずつ。すでに犯人は現行犯で逮捕した。火災も一件あり、今はその始末に追われていて忙しい。忙しくてやることがあるという時に限って誘惑っていうのはいつも現れるものだ。そしてそれに負けているのに勝った気でいられるこの時間がたまらなく好きだ。
加藤は先輩が呑気に火災現場で煙草をふかしているのを見ると呆れた。なんと不謹慎な。だが幸せそうなその顔をみるとどうにもきつくは言えなくなってしまった。
「せんぱい、ここ火災現場ですよ。さすがにタバコは控えたほうがいいんじゃないですか」
「たしかにそうだな。これは失敬。で、何かわかったのか」
「ええ。火元はおそらく一番燃え方が激しかったストーブかと。おそらく住人が消し忘れたまま出かけたんでしょう」
忙しないな、と伊藤は思った。そんなに急いでどこに行ったのやら。帰ってきたときには口を大きく馬鹿みたいにあんぐりと開けて買い物袋を落としてそうだな。事件に大きいも小さいもないのだが、事件性が無いとそれはそれで拍子抜けだ。税金がこんなことに使われていると知ったら、多くの人が嘆くだろうなと、伊藤は世の中を嘆いた。
中村は口を馬鹿みたいに大きくあんぐりと開けて両手の買い物袋を落として世の中を嘆いた。我が家である朝日コーポは黒くなっていたので一目で火事が起きたのだと分かったのだが、何よりも原因が自分だという確証が心にあったことが一番の問題だった。家を出てから店に向かうまでの途中であれ? ストーブ消したっけ? つけっぱだったっけ? いや、消したようなそうでないようなでも今更戻るのもなんだかあれだから、いや消してなかったらどうしよう等と不安に思っていたのだからこれは明らかに自分である可能性が非常に高い。これは俺の犯行ってことになるから警察に逮捕されるんだろうか。捕まって多額の賠償金と金と金と金が請求されて、ああ終わったと思った中村は膝から崩れた。
加藤は二度どさり、という音を聞いて振り返った。一度目は買い物帰りの人が両手からパンパンのビニール袋を落とした音。もう一つはその人が倒れる音。手を付いたので顔面及び頭部は強打を免れたが、おそらく卵は破裂しただろう。どのみちあの様子からは今回の火災の関係者であるとみて間違いない。ここの住人だろうか。手帳を一度確認してから駆け足で向かった。
伊藤は堪えきれずに吹き出していた。だがあまりに露骨に笑うと失礼だろうと咄嗟に思って再びたばこに火をつけた。そこへ若い刑事が焦りながら駆け寄ってきた。
「伊藤さん、事件です。スーパーで強盗事件発生です」
伊藤は師走で一番忙しないのは俺のことかもなぁ、と思いながら歩きだした。
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