第廿九夜 任務
外に出て身震いをした。暦上もう冬が近い。現代の感覚で言えば11月下旬くらいだろうか。
「涼しいなぁ」
体が温まっているから心地良いくらいだが、すぐに寒さを感じるだろう。着替えないままだが羽織だけ取ってきたので、それをはおって副長室へ急ぐ。
「失礼します」
入るなり、土方さんがおれを見て笑った。
「やっぱり素振りしてやがったか、柄元」
「はい」
「湯気が上がってるぜ」
「お見苦しい恰好で合い済みません。火急の御用と伺い、取り急ぎ馳せ参じました」
「おう。まぁ座れ」
おれたちは言われて土方さんの前に正座する。土方さんは笑みを消して言った。
「実は、明後日なんだが。おまえたちふたりで使いを頼まれて欲しい」
「はい」
「市中見廻りの任からははずれて良い。組長には話を通してある」
「かしこまりました」
流石に仕事が出来る人で、その辺りのことは全部手回し済だ。感心しているおれの横で、大力は怪訝そうな顔をしている。それを見たせいか、土方さんは少しくだけた調子でこう続けた。
「悪いな。総司に適当なやつを二人見繕ってくれと頼んだら、おまえたちの名前をあげたもんだから」
おれは首を振った。
「いいえ、滅相も無い。喜んで任に当たらせていただきます」
横で大力も慌てた感じでおれに合わせて畏まる。
「おう」
副長は軽い調子で言葉少なに応じるが、大力はなにか気になるところがある様子で、控えめな口調で確認した。
「一体、どこへなんのお使いへ行けばええのですか」
そう問うた時、一瞬土方さんの顔から表情が消えたように見えた。これは何かあるのかもしれないとおれも感じて、やや緊張して言葉を待つ。
しばし言葉を溜めた後、先生は言った。
「局長が他行に出る故、護衛を頼みたい」
「は」
「朝餉の後に屯所を出て、山城国に向かう。そのつもりで準備しておいてくれ」
「承知いたしました」
おれたちは揃って頭を下げた。
「よろしく頼む。さがっていいぞ」
「失礼致します」
立ち上がって退出する。廊下に出てから、大力は首を捻った。
「なんでおれなんやろ。護衛なら、もっとお強い方もいてはりますのに」
「それを言うならおれもだよ。なんで沖田さんはおれたちを選んだんだか」
「くじ引きやったりして」
「沖田さんに限っては、それもありえるな」
おれたちは顔を見合わせて大笑いした訳なんだが、翌日仕事の詳細を知って大力の態度は豹変した。
と言うか、正直言っておれも焦った。
長州征伐に向けて、幕府大目付の永井
それ自体危険な任務で、とても諸手を上げて賛成できるようなものではない。その上、更に先日まで六角獄に繋がれていた浪人をふたり連れて行くつもりなのだと言う。その浪人たちは長州征伐を止める為に暗躍していた人物で、どちらも地元の方では名だたる士なのだそうだ。しかも一人は奇兵隊の総管を務めた男だと言う。
そんな奴らが一緒に行けるのに自分は護衛として連れて行ってももらえないのか、という不満を抱く者もあれば、長州人自体を信用していない者もいる。大力はどんどん焼けで自分の家族が死んだのは長州が戦を起こしたからだと思っているから、大の長州嫌いだ。
にもかかわらず、おれたちは浪人二人と面会する近藤先生の護衛任務を言い付かったのだ。
”おれ”が読んだ本では、伊東甲子太郎先生の発案で、あっちでは有名人のふたりを抱き込んでなんとか長州との繋ぎをとれるよう周旋を頼もうということになっていたはずだ。それで近藤先生も土方先生も賛成して助命嘆願し、ふたりが釈放されたことになっていた。
実際のところどうだかおれは何も知らない。
知らないような下っ端がまさかこの件に関わることになるなんて思いもよらなかった。
実直な性格で日頃は任務に文句を言ったり、八つ当たりをして雰囲気を悪くしたりといったことが全くない大力も、流石に今回の任務は色んな意味で気が向かないらしい。ずっと溜息をついたり物を放り投げるように荷造りしたりと珍しく態度が悪かった。
いざ山城へという段になると
「嫌やなぁ」
とぶつくさ言い出したので、流石におれも笑ってしまった。
「おまえはそればっかりだな」
相手がおれだから心を許しているのか、大力は子供のような素直さで言った。
「せやかて、柄元さんは嫌やないんですか。長州の人間と会うやなんて」
「おれは別に嫌じゃないよ」
気が進む訳ではないが、大力のようにストレートに嫌悪感を抱いているわけではない。おれの答えを聞いて、大力は情けなく声をあげた。
「ほんまですか」
「うん。ほんま」
「嘘やん。なんでですの」
「なんでって言われてもなぁ」
どう説明したら良いだろうか。
おれだって教科書の字面しか見ていなかったときは、佐幕派と討幕派にわかれて争っていたという認識でしかなかった。
「先生方のご命令だからですか」
重ねて訊いてくる大力に、おれは考えながら応える。
「まぁ、それも勿論だけど。長州の人だって、おれたちと同じ人間だよ」
元々聡くて誰にでも優しい男だ。おれの拙いたったそれだけの言葉に、はっとするものがあったようで目を泳がせつつ、それでも最後の抵抗を試みる。
「それはわかってますよ。でも、恨みつらみいうもんがあるやないですか」
まるで駄々をこねているようで、しかもそういう自覚もあるようなので、おれは思わず吹き出す。
「それもそうなんだけどさ。まぁ兎に角、おれは嫌じゃないよ」
「はぁ。左様ですか」
意気消沈している大力の背中を叩いて、
「さぁ早く行くぞ。先生たちをお待たせするわけにいかないだろ」
と葉っぱをかける。
「そう、ですよね。すみません」
無理に気を取り直して、大力は立ち上がった。おれはその姿を見て、偉いなと思う。
おれは当事者じゃなかったから偉そうなことが言えるのだろうに。
「よし、準備できました。行きましょう」
逆に大力に追い立てられて、おれも立ち上がった。
岸に寄せる夢 -新選組彼此異譚- 巴乃 清 @sakuyuki
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