エピローグ

 冬条とレンカの演説後、学徒包囲に向かう全ての統合軍は即時帰還命令を受け、それぞれの基地へと戻っていった。

 

 世界中の学徒兵達が歓喜し、互いに抱き合い、涙を流し合う。


 やがて子供達は静かに、その物語を世界に還すかの様に、地面に銃を置いた。


 そして英雄達のいる方角に向け、数え切れない程の挙手礼が捧げられた。





――――それより八日後 神鵬学園 二年子猫組



 日曜日の昼下がり、他に誰も居ない教室で、レンカは自席でぽかぽか陽気を満喫しながら、虚ろなキツネ目で携帯端末の画像を眺めていた。


(……変な顔だ)


 画像は女性士官メガミが、ミカを相手に甘いのを奪い合っているモノだった。とても大人の顔には見えない。



 結局あの日以来、女神は戻って来なかった。

 あの戦いでレンカに惜しみなき愛を繋ぎ、そのままゆっくりと宇宙に消えていったまま、もう、戻って来なかった。


 女神との戦いを乗り越えた十二人の学徒達は『シキシャ』本部として機能している神鵬学園に集い、寝食を共にしていた。

 そして世界各地に現れ続ける世界核との戦いの中、それぞれが心の片隅で女神の愛を忘れずに想い続ける。

 

 時に仲間達との思い出話の中で、彼女は生き続けていったのだった。



「――気分はどうだ?」


 冬条が教室に戻ってきた。最近、少し彼は険が薄くなった感じだ。


「……ああ、マッタリしてるよ」

 少し顔を綻ばせ、気遣う冬条にレンカは穏やかに答えた。


――二人きりの教室で、それぞれ自席に座ったまま、何気ない会話を交わすレンカと冬条。

「子犬みたいだったよ」

 自然と女神の話になり、レンカは微笑み、言った。

「ほんと、いなきゃいないで寂しい、やっかいなお姉さんだ」

 冬条も微笑み、少し上を見上げて追想に目を細めた。


「どこに帰ったのかな。太陽かな」

 レンカも虚ろな目で少し、上を見上げた。

「……さあな。――遠い宇宙のどこかに、帰ったんだろうな」


――――そう、みんなの心の中へ…………。


 それは口にはせず、冬条はただ穏やかに、目を閉じた。






…………ちょっと、冬条は嫌な予感がした。





「ねえ購買やってないじゃんっ!! 極上チョコロール一本食いしてやろーと思って興奮してたのに!!」


 普通に入ってきた。


「も~、お昼ご飯まだなのよ~も~。どーすんのよも~。なんか甘いのちょーだいよモ~」

 プリプリと軍服の女神はレンカの隣にパイプ椅子を設置し、どすんと腰掛けた。






――――俺の追想は一体…………。

 冬条は固まったまま、眼鏡を曇らせた。



 何か、変な感じに三人は黙り、互いに顔も合わさない。女神が身体をモジモジと始めると、レンカが小さく笑って虚ろな目を女神に向けた。


「やあ、ママ」

「――は、ハァ? ママとか失礼ね~。私は、そいうつもりないんだからね? これでも十八設定なんだから」

「散々大人ぶっといて未成年だと……」

 顔を赤に染める女神に、冬条は衝撃で再度眼鏡を曇らせた。


「……じゃあ、魔法少女」レンカがぽつりと言う。


「……そうだよ?」女神が得意げな感じで受け入れた。



「――もう『黙れ』としか言いようがないな」

「アンタが振ったんじゃない!!」

 女神は振っといてコレのレンカにブチギレた。



「――見てたよずっと。まったく、とんだ悪ガキどもね~」

 女神はやれやれ、といったジェスチャーで片眉を上げた。

「……アンタは知ってたんだよ。――最初に言ってたろ? 秘密基地を作って遊ぶ子供達みたいだって。その通りだよ」

 冬条は眼鏡を指で押さえうつむくと、口のはしを少し上げた。

「これはオシオキする素敵なお姉さんが必要みたいね。軍には失踪理由をアンタらに拉致られてたって説明したから。んでアンタらに軍との連携窓口役を命令されたって事で、またここに居座ってやるわ」

 ふふ~んと、上機嫌な女神に、レンカもぼんやりと笑った。


「んも~、凄かったんだからね~。アンタの『これから始める者なんだ』で、もう、世界各地でドッカンドッカンよ。大フィーバーのビーバーよ。ハリウッド映画のラストよ」

 女神が冬条を悪い笑顔ではやし立てた。冬条は軽く舌打ち、顔を赤くする。

「私を引き立たせる為に、せっかくあんなに頑張って悪役を演じて、最後にあれだ」

 レンカも女神に乗じて、ゆっくりと冬条を指先で突っついた。

「私もギリギリだったがな。……でも、あの予定外の言葉が、私をまた引き戻してくれた」


 その虚ろにやや潤む目を、冬条は無言で見つめ、そして彼女の頭をそっと撫でた。


「……あの時、確かに重なり合ったわ。とても、美しく」

――それでも世界核は今も現れ、レンカも時に異形へ歪む。

 人とは、うつろうもの。

 

 女神が言葉を続けないでいると、冬条はゆっくりと立ち上がり、女神に微笑んだ。

「皆に知らせてくるよ。また変な女性士官が乗り込んできたってな。――今、家庭科室でみんなして弁当作ってるんだ。天気もいいし、揃ってピクニックだ。行くだろ?」


 そう言って女神の返事も待たず、冬条は教室を後にした。



「――みんなで行こう、ミカ」

 レンカはうつむきながら言った。

「……メガミだよ」

 女神は彼女の顔を覗き込みながら、とても優しい声で言った。


 虚ろな目を細め、力無く頭を前に垂れるレンカ。僅かに開く口元から唾液がこぼれたので、女神は椅子を彼女に寄せ、手にしたハンカチで優しくそれを拭った。

 そして女神はその頭をそっと抱き寄せ、母の如く、慈しむかの様に何度も撫でた。


「……ん? 寝てたか?」

 その熱に、我に返ったレンカがささやいた。女神はただ「大丈夫だよ」とだけ言って、そのまま抱き続けた。


「――――また、会えて、嬉しかったって、どういう意味だ?」

 レンカはまどろみながら、かすれる声で訊いた。



「…………あのお日様になった星にね、素敵な星にね、みんな、いたんだよ?」

 女神は寝る前のお話の様に、昔話を聞かせた。


「レンカもミカも、冬条君も、みんな、いたんだよ? その子達は宇宙に帰っていく前に、みんなして同じ事を思ったの。――ただの人間として生きてみたかったって。友達と遊んで、勉強して、好きな人と一緒に生きて……それができないまま、戦いの中、やがてみんなあのお日様になっていったの。いるかもわからない神様に、人は最後に祈ったの」


――――レンカは激しい混濁で言葉を理解していない。ただそのぬくもりだけ信じて、うん、うん、と小さくうなずきながら彼女の腕にすがった。


「その想いが集まって生まれた神様は、だからまた新しい星を創ったんだよ。そしてその星を照らす想いの破片、このお日様の光が、世界を、そういう風にしていったんだよ」



……とても安らかな寝顔だ。

 女神はその顔に頬を寄せ、小さな吐息を心穏やかに感じていた。





 学徒兵と呼ばれる子供達が、泣き、笑い、怒り、寄り添いあった教室。

 硝煙の匂いは、そう残ってはいない。

 


 既に融頭痛、言ってみれば成長痛の様なモノも失くしたレンカにはもう無用なはずのハーブシリンダーの冷たい香りだけが、人であった証の如く、寂しく、気高く彼女を包んでいた。


 

 遠くから、廊下を駆ける沢山の足音が聞こえてくる。懐かしい声もだんだんと大きくなってゆく。

 女神はそんな世界の音を楽しみながら、抱く我が子を撫で続けた。

 


 窓を抜け、母と子を照らす光を遮るフィルターなど、世界に存在し得ない。



 





――後に、ほぼ元の姿を維持出来なくなった雪原レンカは仲間達から離れていった。


 その所在は彼女の強大なフィルターに阻まれ、女神ですら掴む事は出来なかった。


 しかし、世界核が現れる所にレンカも必ず現れ、世界を纏うその美しき異形の絶対者は凄まじき力で世界核を次々に殲滅し、そしてまた何処かに去ってゆく。

 数など関係無い。同時に百の世界核が現れれば、百のレンカがそれを討ち滅ぼすのだ。

 

 仲間達はその戦場でレンカと常に顔を合わせているが、引き止める声もむなしく、異形のレンカは事が済めば悲しそうに無言で立ち去っていた。


――余談として、業を煮やしたミカが新作チョコスイーツをえさに、スズメの罠みたいなモノを仕掛けたところ、レンカはチョット引っ掛かりそうになった事も有り、捕獲の日は近いよ、とミカは結構ポジティブだった。




 やがてこの広大な宇宙で『シキシャ』の少年少女達は、無限という意味を知る様な出会いと戦いに身を投じてゆく事となるだろう。


 それは女神、宣告者といった存在をも超越するモノ達との邂逅なのかも知れない。


 だがいずれ人々の想いが強く集い、その身を取り戻す彼女と共に歩む、熱き魂達が超越すら超えて織り成す物語に比べれば――――。







 語り手である俺の故郷の星。

 遠い遠い、果ての概念すら否定する位遠く離れたその恒星が、かつて『地球』と呼ばれていた事なども、きっと、どうでもいい事なのだろう。




 


 END

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弱小女神の『認識兵器』 豊 トミー @kinosin

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