三章五節  始起、折々

「――まずはこの放送を観る全ての方に、この様な非常識な手段を取らざるをえなかった己の力量不足を深くお詫びさせて頂く」



 神鵬学園中央大会議室内に設けられた壇上の演台を前に、支配者冬条の演説が始まった。




――世界は再び動き出した。

 女神との戦いを終えた十二人の学徒達は世界の終わる直前に引き戻され、そこから何事もなく時は進んだ。そして少年少女達は互いの無事を喜びあった。


 モンジュの宇宙に力押しで割り込み、槍と盾に姿を変えたランスとシールドも無事、元の姿で帰還を果たした。

 彼らの話では、あれは相当危険な賭けであったらしく、女神のフィルターに阻まれ宇宙に融け消えていてもおかしくなかったとの事だった。

 モンジュはシールドに擦り寄って感謝すると共に、女神があの時少しだけ認めてくれたんだよ、と寂しげにつぶやいた。


 そして今改めて、十二人の学徒達は兼ねてからの計画通り、新たな戦いの狼煙を上げたのだった。



「――恐らく多くの子供達もこの放送を観ている事だろう。よって、簡潔に、シンプルにモノを言わせて頂くので悪しからず。……解らない言葉があったら、後で年上の人にでも訊く様に」

 ちょっとした笑い声がテレビクルーから上がった。冬条も微笑みで応えた。



「……私はこれより、全人類に対し――――脅迫、命令を行う」



 現場が一瞬で凍りついた。冬条の冷涼な声に、テレビクルーは固唾を呑む。


 冬条の背後にはモンジュ、京子、ミカ、静、ランス、シールド、月下、夜鳩、雷陰、宇羅、そしてレンカが横一列になって並び立っていた。

「直球過ぎだよ……」モンジュがぼそりと言った。

「ばか、ボンボン! スクワットスクワット!」京子が慌てて強く小声を出す。

「京ちゃんコブラツイストだよハズいな~」ミカが見下した感じで言う。

「もしやオブラートの事では……」静が小声で二人を止める。

 冬条は何かごちゃごちゃとうるさい背後に眉間のシワを深め、咳払いをして話を進めた。


「――先日の統合軍軍事議会における学徒兵の直訴騒動は、多くの者が放送を通じて目にした事だろう。そして多くの者がその切なる訴えに心動かされ、中には涙した者もいる事だろう。だが、軍議会が下した決断は、そういった心を踏みにじるモノだった」

 数多くのテレビカメラに囲まれる中、冬条はジェスチャーも無く、ただ静かにマイクに向け言葉を紡いだ。そのトーンは全ての者を黙らせていた。


「――我々の世界は、ごく僅かの絶大な力により演出され、動かされている。民衆が動かしてゆく世界など、歴史上、今だかつて存在した事は無い。そこに生まれた民主主義など、結果の責任だけを国民にうまく押し付けるだけの、人心操作のまやかしに過ぎない。…………素晴らしい世界だ。力こそ全て。…………乗って、やろう」


 冬条が視覚で確認できるドス黒いオーラを放ち始めた。テレビクルーから悲鳴が漏れ、その恐怖を更に演出していた。放送を観る世界中の人間も先の展開が全く読めず、ただその漆黒の支配者に釘付けとなっていた。



「――全人類に告ぐ。これより、全ての世界核との戦いは我々が行うものとする。これに異議も異論も一切認めない。これは嘆願ではない。命令だ。邪魔する者は、いかなる者も、殺す」



――世界に激震が走った。放送を観る全ての権力者、全ての民衆が恐怖に震え上がった。


「我々の力は最早知らない者の方が少ないだろう。特に統合政府、いや、その陰に潜む者達に至っては『認識兵器』の恐ろしさをよく承知している事だろう。……知らない者は誰かに訊くか、インターネットでも使って調べてくれ。――みんな、学徒兵と神鵬学園で検索してね」


……もうテレビクルーからは微かな笑い声も出なかった。


「スベったのう」宇羅が黒扇子で口元を隠し、小声でディーヴァに笑った。

「スベったね。あのトーンのままで言われても」ディーヴァは必死に笑いをこらえる。


 冬条は眼鏡を軽く直し、自嘲じちょうの様な一笑をすると更に続けた。

「――学徒法案『SA1』の撤廃をしろ。学徒兵包囲の為展開中の統合軍は即時撤退。これを受け入れないなら、その組織の最高指導者を即時、どこに隠れようが、どんなに武装しようが抹殺する。お前達は、我々がもうその段階に達し、我々がそれを可能とする事を知っている。お前達が理論武装や倫理を盾にまごつく十分毎に、組織の上から順に、人が死んでゆく」

 冬条が冷たく言い放つと腕時計をチラリと確認した。そのアクションは陰に潜む王達を存分に畏縮させた事だろう。


「――――そしてこれこそ、全人類への命令、脅迫となる」

 冬条は威圧の眼差しでカメラを通し、世界を睨んだ。


「――『認識兵器』をみだりに扱う事は許さない。もう世界核との戦いは、あなた達には極力及ばせない。よって、この兵器の使用を厳しく制限する。これを悪用した者は、いくら逃れようが我々が地の果てまで追い詰め、そして我々独自の規定により、生命に係わる厳罰を含めた措置を覚悟して貰う。…………死にたくなければ、出来るだけ使うな」


 今、世界中の人間――特に子供達は、その恐ろしい目が語る事に嘘、偽りが無いのを動物の本能として感じ取り、後の調べで、この時の冬条の目がトラウマとなった人間が相当数に上った事があきらかとなった。


 しかしそれ以上に、直後の遠い、儚げな彼の眼差しが、多くの人心に焼き付いていた。


「――今現在、その備わり始めた力に困惑する者も多いだろう。しかし、覚えておいてくれ。この力は、程度の違いは有ってもやがて人間全てが持つことになる力だ。人類が言葉を得た様に、進化の過程で得る事になる、人間特有のノウ力だ。使う者次第で素晴らしい力となりえるだろう。だが、強大な力は得てして諸刃だ。大きな欲望は、やがてそれに見合う絶望を伴う」

 

 背後の少年少女達が真摯に冬条を見守る。

 あの戦いを乗り越えたからこそ、その言葉の重みを誰よりも理解していなくてはならない。


「――この力は、使う必要など無いんだ。こんな力が無くても、人は努力し、互いに支えあい、そして誰かと喜び、誰かを愛し、今までだって生きてきたんだ。あれば使うのではない。それを自制してゆけるのが、使わない道を探してゆけるのが人間たる所以ゆえんである事を、忘れないで欲しい。そしてどうか後の世代に、大人が子供へと、それを伝えていって欲しい」


 ランスとシールドが人知れず、小さく頷いた。


(よく言った少年)

 ランスは微笑む。

(ゲント、大きくなったね)

 クマを抱くシールドもかつての少年を慈しみ、微笑んだ。


「――断っておくが、我々は何も人々の生活をおびやかしたり、金品の要求をせまったり、ワケの解らない教義を押し付けたりする事を目的としていない。ただ、人々の当たり前だった営みを少しずつでも取り戻す為に集った組織だ。世界各地に、我々の想いに賛同してくれた企業、団体、個人に至るまで、数多くの協力者達も存在する。彼らはそれを隠す事無く、ごく普通に社会生活を送る。それは別に特別な資質を持った者とか、中にはその様な人物も存在するが、この放送を観ているあなた方となんら変わらないごく普通の人間達ばかりだ。生命を思いやる、当たり前の人間達だ。我々も含め、町で見かける事があれば気軽に挨拶でもしてやってくれ」


 静と月下がそれに併せ美しくお辞儀した。それを見た仲間達もカメラに向け、それぞれに手を振ったり女子に流行るかわいいサインをしたり、よいよい、とえらそうだったり――。


 冬条はそれを制する事もなく、少し柔らかな物腰でスピーチを続ける。

「例えば力に関する悩みとか、相談とか、そういう事があれば遠慮せず言ってくれ。微力かもしれないが、話を聴かせてもらう。各地に相談窓口を設けている。老若男女、全てに対応する準備は整えているから、心配せず、一人で悩まず、頼ってくれ。金など取らんから安心して欲しい。来訪者には何か旨い茶菓子でも用意させよう」


 再度、場が和んだ。ただの傲慢ごうまんな支配者ではないその若者の魅力に、メディアの人間達も次第に引き込まれていった。


「従うべきルールには従う。だがそれが妥当と判断した場合、我々は超法規的組織になりえる事を忘れるな。例えば今回の放送にあたり呼び寄せたメディア各局は、全て脅迫のもとで呼び寄せたモノだ。彼らに罪は無い。仕方なくココに来たんだ。そしてそういった者達、並びに、我々の友好団体等への圧力や何らかの不利益を与えた者は、それ相応の報いを覚悟しろ」


 守ってくれたのか――。あるカメラマンはそんな風に思い、その礼とばかりに、変にカメラワークに凝り始めた。



「――最後に、我々の盟主めいしゅとなる雪原レンカから、メッセージを送らせてもらう」


 冬条は演台から二歩下がる。そして父の礼服を羽織る、いつもと変わらない姿のレンカがロングブーツの靴音を響かせゆっくりと、今、演台に立った。




「――世界へ」

 レンカの低い声がマイクを通じた。彼女の目が酷く、虚ろだ。




「現時刻をもって……『世界全校武装令』は、解除とする、る」




 彼女の悲願だった。――――しかし、もう彼女は自分の言葉を半分理解できていない。



「……統合、軍の方……今後、武器、の回収をお願い、します……」



「わ、わた、しが、戦います……みんなの、ひ、避難の際、も、お願い、します」

 冬条が揺れるレンカの肩をしっかりと支えた。



「――――学、徒達へ……どうか……み、みん、な、幸せに、なって……」



…………仲間達はみんな、必死に涙をこらえた。



「……勉強し、て、あ、遊んで、部活……して、好きな人、作って、やりたい仕事、探して、これから、きっと……探して……ね……」

 レンカのノイズが激しい。その異形を抑えられない。



「大人の、方、も、子供達、と仲良く……してあげて、下さい……みん、な、頑、張りま、した……死ん、でいった子供た、ち、忘れ、ないであげて……みん、な、忘れな、いで」



――遠い異国の空の下、復興作業の手を止め、如月以下数名の兵士達が瓦礫の上に置いた携帯テレビに映し出される異形のレンカ、いや、青き魂へ、涙を流し、惜しみない敬礼を捧げた。



「お、大人、の……方、今まで……助けて、くれて、あり、がとござい、ました」



――斬間が幽閉された室内で、テレビ画面から目を逸らし号泣した。



「どう、か、子供た、ちを、宜しく、おね、お願いし、ます」


――神鵬理事が、カメラクルー達の後ろで静かに涙を流した。


 そして異形のレンカはゆっくりと頭を下げ、そのまま悲しい目を上げず、おぼつかない足で演台を後にした。




――――ミカがレンカを思いっきり、抱き締めた。駆けていった彼女を、誰も止めなかった。


 異形の悪魔と化したレンカも、お姉ちゃん、お姉ちゃんと泣きじゃくる妹を優しく抱き留めた。

 その野獣の様な手で妹の頭を優しく撫で続けた。そして変わらない瞳で、涙をこぼした。


 カメラマン達も涙しながら、真実を隠すこと無く全てを写し続けた。――これを世界に送らずして、何が報道だ。誰がこの姉妹を引き離す事ができるというのだ。そんな共有した思いが現場の大人達の魂を震わせ、無言の涙で、その戦い続ける二人の姉妹を見守った。



「改めて名乗らせて貰おう。――我々は、絶対機関『シキシャ』。始まりを起こす者達だ」

 冬条がうつむきながら演台に立った。世界が、彼を見守った。




――そして彼はその涙も隠さず、ありったけの熱と笑顔を世界にブチ込んでやった。


「――――いや、世界のみんな全てが、これから始める者なんだ」

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