狭霧は唐突に振り向くと、刀を手掛けた。

 

 ―誰かいるのか?


 だが背後には誰もいない。

 用心深く歩を進め、気配を探る。


 ―…いる。


 柳の下に気配を感じた。

「誰だ。」

 低い声で呼びかけると、変に明るい調子で返事が来た。

「いやだねえ。わっぱ相手に殺気立たなくてもいいのに。」


 鈴の音のような声だった。


 見れば齢十二、三ほどの女子おなごと、もう少しちまっこい男子おのこが一人、こちらを見上げていた。

 狭霧は少々拍子抜けしつつも、油断なく刀を抜いて構えた。

「ここで何をしている。」

「別になあんにもしてないよ。ここを通りかかっただけ。」

 少女は向けられている刃をちらりとも見ずに答えた。

「見ていたのか?」

「見てた、って言ったら、斬るの?」

 その言葉に、少女の隣にいるちっこい童は、震えて少女にしがみついた。

「他言無用とするならば何もしない。」

「ふうん。」

 少女の大きな瞳は、腹の立つくらい狭霧を見つめている。

「約束する。誰にも言わない。…どうせ、言う相手なんていないしね。

だから、早くそれ仕舞ってよ。音弥おとやがおびえてるでしょ。」

 言われて、狭霧は刀を納めた。

 それを見て少女は満足気ににっこりと笑う。

「…お前ら、今は命拾いしたからいいが、童がこんな夜中に出歩くもんじゃない。とっとと帰れよ。」

 童ふたりが、ん、という顔をしたが、狭霧はそれを見ずに背を向けて歩き出した。






 辺りは静かだ。

 先程の激しく動いていた感情もつっかかりも、まるでどこかに消えてしまった。

 

 三日月が鋭く光っている。















 ふと、後ろに気配がした。

 振り返る。

 誰もいない。

 ―おかしい…。

 そう思いつつも先を急いだ。

 だが程なくしてまた後ろに気配を感じた。

 少し歩を速めてみると、草履の音がふたつ、ぱたぱたぱたぱたと聞こえてきた。


 ―面倒な。


「何故ついてくる。」

 振り返ると、やっぱり先程の童がいた。

「ひゃあ。よく分かったねえ。」

 少女がしゃあしゃあと言う。もうひとりは不安そうに後ろにいる。

「何故ついてくるのかと聞いている。」

「兄ちゃん、さっきあたしらに帰れって言ったよね?」

 狭霧は頷いた。

 少女はもうひとりの方をぎゅ、と抱き締めて続ける。


「あたしら、かえるとこ、ないもん。」





 事の厄介さに、当然の様に溜息が出てくる。









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