は
―…一体何をしているんだ、俺は。
目の前でうどんをすすっている童らを見て苛立ちが募る。
まさか藩の屋敷に連れ帰るわけにはいかないので、ひとまず馴染の宿へ連れて行った。
―いや、そもそも連れ帰らなきゃならない道理はないんじゃないか…?
今更気付いたことに更に苛立ってくる。
「で?」
狭霧は童二人に冷たい目を向けた。
「あんたら、どうして俺についてきた?」
「さっき言ったじゃないか、帰る場所がないって。」
「そこの所を聞いている。」
「…子どもにそんなこと聞くの、ひどいと思わない?」
「特には。」
それを聞いて、少女はにっこり微笑んだ。
「同情しないだけましだね。あたし、
「何故俺が名乗らねばならん。」
「いいでしょう、名前なんて、減るもんじゃないんだから。ほうら、早く早く。」
目を輝かせる童に気圧されて、狭霧はぽそりと呟いた。
「――深川狭霧。」
「ふうん、何か、不吉な名前。」
「そうだろうか。」
「わかった、兄ちゃん、何か悪いことして、名前を変えてんだ。」
「……。」
険しい顔で狭霧は黙り込んだ。ぱちりと言い当てられて、どう答えればよいのか分からない。
「…ごめんなさい。」
爽を見れば、さっきまでとはうってかわっておどおどした様子になっている。
「何が。」
「兄ちゃん、怒ったみたいだったから。」
「別に怒っちゃいないが。」
「だけど、とても怖い顔してた。」
「生まれつきだ。」
「それでも嫌なんだ、そういうの。特に音弥が、とても怖がるから。」
「何故?」
「…分かった。特別に、狭霧兄ちゃんを見込んで話してあげる。」
「そりゃどうも。」
「あたしらね、みなしごなんだ。かか様は音弥産んですぐに死んじゃった。とと様は…、一年前に殺された。」
「そんで一年、二人っきりなのか?」
「ううん。前の長屋の大家さんが、あたしらを引き取ってくれる家を見つけてくれたんだ。でもふたりいっぺんは無理だから、別々の所で暮らしてた。」
「まさかとは思うが、貰い先を抜け出してきたんじゃないだろうな。」
「大当たり。あたしはよかったんだけど、音弥がひどい目にあったんだ。最初はすっごくいい人たちだったんだよ。けど、音弥が全然懐かないって。それで段々音弥に辛く当たるようになって。…そりゃあ、音弥はもともと愛想をふりまけるような子じゃないし、みんなによくよく好かれるような子じゃないよ。でもまだ八つさ。とと様が死んだこともよく分かってないようなちびが、そんな、懐くわけがないのに。そのせいで音弥、声も出せなくなったんだ。こんなとこに、音弥がいてられるかと思って、それで逃げてきた。」
「お前は馬鹿か?童二人でどうする気だ。」
「そうだけど、仕方ないじゃないか。音弥が誰もかれも怖がるようになって、どこにも行けない。」
「…それなら何故俺についてきやがった。」
「音弥が見てたから。」
爽はきっぱりと言った。
見ているこちらが思わず羨ましくなるような、それはもう堂々とした瞳で見据えてきた。
「何も見ずにただぼーっと開いていただけの音弥の目が、偶然狭霧兄ちゃんを見つけて、ずっと追ってた。狭霧兄ちゃんが人を斬ったときも、じっと動かずに見続けてた。あたしが見た音弥の目の中に、ずうっと狭霧兄ちゃんがいて、それで分かったんだ。」
「何が。」
「このひとは、あたしらがついていくべき、人間なんだろうなあって。」
それを聞いて、狭霧は苦笑するしかなかった。自分の薄っぺらい頭の中では到底予想できないような話に笑うしかない。
「何がおかしいの。」
と爽が問うてくるが、別段何も可笑しくないから、むしろ事態が全く可笑しくないから、答えることはできなかった。
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