翌朝、狭霧は姉弟を叩き起こして言い放った。

「いいか。お前らは、今日からこの宿で奉公するんだ。俺が後見になって住み込みで働けるよう話をつけてきた。養子先を蹴ってきたんだ、余程贅沢を言える身分でないことは承知の上だろう。手前らの食い扶持くらい自分で働いて稼げ。そして今後一切俺に付き纏うな。分かったな?」

「話が速すぎてよく分からない。」

 爽は眼をこすりこすり、欠伸をしながら聞いていた。

「分かったな?」

 少女のうつらうつらを承諾と見とめ、返事も受けずに逃げるようにして、狭霧は宿を後にした。

 そうしてまだ明けきらぬ京の街をざくざくと歩き始めた。





―ついていくべき人間だ?あいつはなにを言っている。…ふざけやがって。

 どのように解釈しようとしても、無性に爽の言葉が癪に障って仕方がない。

 元来狭霧は童の存在が好きではない。いや、他人の存在自体好ましいものと思ったことは数少ないが、殊に童は厄介なものとしか思えない。自らを人斬りと承知しているからこそ、厄介なものには触れたくない。

 加えてあの姉弟は、自分の仕事を目の当たりにしているのだ。それでいてひっついてくるなど、正気の沙汰とは思えない。自分のような人殺しの傍より、普通の、良識を持った養子先の方が幾らもマシに決まっている。それなのに何故つきまとうのか…


 ふ、と、狭霧は、何を考えても仕舞にはあの童二人に行きついていることに気が付いた。

―何故こんなにも囚われる必要がある。

 自分が考えなくてはならないことはこんなことじゃない。そう思うと、変に餓鬼に囚われている自分の頭に嫌気がさした。

―忘れるんだ。

 目を閉じれば全てなかったことになる。いつもやってる、いつものことじゃあないか。

 忘れろ、忘れろ、と、自分に念じて聞かせ、その間に国事やら倒幕やら攘夷やら、いつも考える言葉を摺り込んでいく。

 そうして、そのうち何を考えているのかよく分からなくなった。

 ただ今日も国事のため、ひたすら藩邸へと足を向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る