最終話 明日人(6)僕らの帰る場所


                終章


「じゃあ、とりあえず統郷に帰るのね」


 奏絵さんが、お土産をはみ出すほど詰め込んだ紙袋を、手渡しながら言った。


「ええ、運よく帰りの新幹線が取れたので」


「またいらっしゃいね」


「もちろん。今度は「辛さ5」に挑戦します」


 僕が宣言すると、椿山の足元で「友達」が、がしゃがしゃと嬉しそうに飛び跳ねた。


「ん?……あれは?」


 姫川が突然、僕と飛波の背後を指さした。振り返ると、そこに目を疑うような光景があった。田貫小路の中を電車が……メノがこちらに向かって走ってくるところだった。


「こらーっ、水臭いぞ、少年っ!」


 そう叫びながら、あらゆるものを蹴散らしかねない勢いで電車が滑り込んできた。


「……もう、なんで「お母さん」に一言も言わないで帰っちゃうの」


 メノの声は、いつになくおばさんっぽかった。


「……だって、いちいち母親が見送りに来たら、彼女が引くじゃないか。マザコンだって」


 僕が意地悪く言うと、メノが不満そうに汽笛をぶう、と鳴らした。


「あーあ、そういうことかあ。やっぱり私、お邪魔だった?」


 まるで家にガールフレンドを連れてこられた母親のような反応をメノは見せた。


「それより「母さん」、僕は本当に『霧野ニナ』の娘さんたちと会わなくていいの?」


 『霧野ニナ』の娘たちとは、少し前まで僕の「許婚者」だった人たちだ。もちろん、どんな人たちか、僕は知らない。


「いいの、いいの。いつか気が向いて会いたくなったら教えてちょうだい。……とりあえず、飛波ちゃんが焦るくらい良い娘たちとだけ、言っておくわね」


 巨大なプロジェクトが白紙に戻りかねないのに、メノはどこか楽し気だった。


「それじゃ、お邪魔虫は帰るわね。……飛波ちゃん、うちのひ弱な息子をよろしくね」


 飛波は、メノの車体にまっすぐ向き合うと「はい、任せてください」と言った。


「じゃあ、バイバーイ」


 別れを告げると、電車はアーケードの中でゆっくりとバックを始めた。


 去ってゆく電車を見送った後、僕はあらためて飛波に向き直った。


「さあ、帰ろうか。一緒に、統郷へ」


 僕が言うと飛波は一瞬、思案するような顔つきになった。


「野間君が一緒に帰るのは、どっちの私かしら。今の私?それとも昔の――」


 言い終わらないうちに、僕は持っていた紙袋をむりやり飛波に押し付けた。


「あいにく僕は優柔不断で、どっちか一人なんて選べない。だから、全員だ」


 僕の答えに、飛波は笑って頷いた。


「さ、行ってらっしゃい。帰ってくる時も、必ず二人でね」


 奏絵さんが、勢いよく僕の背を叩いた。僕らはほんの少し春の匂いがする刹幌の街を、身体の奥にもう一人の愛すべき「自分」を感じながら、並んで歩き始めた。


                〈了〉

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零下二七三 ~君が君から去った日~ 五速 梁 @run_doc

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