師匠 03

 木漏れ日一家との邂逅の翌日。


 天気は快晴、時刻は午前9時55分。

 いよいよカザクラ率いる木漏れ日一家との顔合わせの時間である。


 秘密基地の中。幼馴染3人は既に魔法少女に変身している。木漏れ日一家も移動の為に全員が変身してくるということなので、予めこちらも変身しておいたのだ。


「そろそろ時間だな……。クウ、一緒にきてもらっていいか?」


「私? うん、分かったわ」


「ツキコ、ヒナタはここで待っていてくれ」


「はーい」

「了解です」


 変身端末を片手に俺は秘密基地の外へと出る。照りつける太陽から目を逸らしながら、変身端末を覗き込むが新しいメッセージなどは届いていないようだった。恐らく予定通りに到着するのだろう。


 待ち合わせ地点へ向けて俺が歩き出すと、クウが話しかけてくる。


「隊長、どこで待ち合わせなの?」


「すぐそこの高台との分かれ道辺りだな。昨日あの辺で会ったんだよ」


「あのさ……その人達、怖くない?」


「うーん、男の方は少しヤンキーぽいかな」


「ヤンキーって……悪い人なの?」


「……いや……多分悪い奴じゃないな」


「そう……それじゃあ女の子は?」


「女の子の方は見た目の年齢はお前達と同じくらいなんだけど、雰囲気が何だか……格好いいな」


「雰囲気が……格好いい?」


「まぁ、見れば分かるさ」


「ふーん……」


 澄ました顔をしているが、クウの口調からはそこはかとなく不安が滲み出ている。相変わらずこいつは新しい出会いに対して臆病らしい。


 待ち合わせ地点に到着した俺は携帯を取り出して現在時刻を確認する。時刻は午前10時1分。一応約束の時間になったわけだが……。俺がキョロキョロと周囲を見渡していると、クウが木々の合間を縫うように遠くを見つめながら呟いた。


「……何か来る……」


 その直後――。


『ガサッ』


 葉が擦れるような音が少し遠くで聞こえたと思うと――。


『ズサアァァァ』


 目の前に黒い塊のようなものが飛び出して来た。黒いマント、黒い眼帯状の布、無造作に伸ばされた茶色い髪。木漏れ日一家のリーダー、ショウコクジである。その両手にはカザクラが横抱きされている。


「――よっと」


 カザクラは自らを輸送していたショウコクジの両手から降りると、こちらに向けて片手を上げて挨拶をした。


「おはよう、タイトくん」


「ああ、おはようカザクラ。他の二人はまだなのか?」


「もう到着するよ」


 カザクラがそう言って振り返ると――。


『ズサアァァァ』


 カザクラの視線の先に2つの影が飛び込んで来た。軽く砂埃を上げて制止したのは、二人の魔法少女だ。


 少女の一人はベージュ色の軍服のようなものを着ており、もう一人の子は真夏日にはそぐわない襟首にファーの付いた白いコートを着ている。


「紹介するよ。こっちがムツミで、この暑苦しい格好している方がマヒルだ」


 軍服姿の少女がムツミで、白いコートの少女がマヒルという名前らしい。どちらも俺より少しばかり年上のように見える。俺は初めて会った二人に向けて自己紹介した。


「俺は姫結魔法少女隊の管理者、明石アカシ泰斗タイトだ。そしてこっちの青いのがクウだ」


水城ミズキクウです。宜しくお願いします」


 俺達が挨拶すると、ムツミは礼儀正しく頭を下げ、マヒルは軽く会釈をした。各々が挨拶を済ませると、カザクラは太陽の光に目を細めながら提案する。


「とりあえずタイト君、日の当らない場所へ移動しないか? 変身中の魔法少女は多少の温度変化などものともしないが、僕達管理者は生身の人間だ。こうも日差しが強いと参ってしまう」


 そう愚痴をこぼしながら、カザクラは額の汗を拭った。確かにこの直射日光の下では俺も参ってしまいそうだ。


「確かに……分かった今から案内するよ。ついてきてくれ」


 俺はそう返事をして、秘密基地へ向けて木漏れ日一家を案内した。

 全員がダート状の山道に沿って移動を開始する。




 それから間もなくして秘密基地が視界に入るところまで移動したのだが、秘密基地を見たカザクラが急に何やら嬉しそうな声を上げた。


「――おおっ! ひょっとして目的地はあの小屋かい?」


「ああ。あそこが俺達の秘密基地だ」


「おい、秘密基地だってさ! フミ、何だか懐かしいなぁ!」


 カザクラがそう言って振り返ると、ショウコクジも少し目を細めながら、何かを懐かしむように返事をした。


「ああ。もう10年以上経ったか……」


 変身端末で得られた情報によると、木漏れ日一家は結成から16年が経っている。流石に16年もの月日を経ると、様々な事を経験してきているのだろう。


 カザクラとショウコクジは表情を崩しているが、新しく来た二人は共感することなく、俺と同じようにカザクラとショウコクジの言葉に耳を傾けている。この二人は10年前には木漏れ日一家に居なかったのだろうか?


 そんな疑問を抱いていると、カザクラが俺に向けて説明してくれた。


「俺達も昔は森の中に秘密基地を構えてたんだよ。『木漏れ日一家』って名前もその頃につけたんだ。まぁ、秘密基地のすぐ傍で宇宙生物が出現して、戦闘に巻き込まれて倒壊しちゃったけどね」


「へぇ、そんな事があったのか……。今はどうしているんだ?」


「今は雑居ビルの地下を使っている。知り合いにバーを経営させてるから、そこによく集合場所に使っているのさ」


「経営させている? バーを?」


「ああ。ビル自体は俺が所有しているんだよ」


「……そっすか」


 ビルを所有するなど、中学生の俺には想像だにできない。カザクラは魔法少女の管理以外に何か仕事をしているのだろうか。しかし、お金の話を聞くのも悪い気がしたので俺は違う質問をした。


「それじゃあ、秘密基地に居た頃もこのメンバーだったのか?」


 俺は何の気なしに聞いたつもりだったが、カザクラの返事を聞いて、俺は軽はずみに『この質問』をしてしまった事を後悔した。



「……いや。フミ以外はみんな死んでしまったよ」



「…………」


 カザクラの返答に俺は言葉を失う。俺はなんて事を聞いてしまったんだ……会って間もない相手に、こんな軽率に……。困惑した俺とクウが目を伏せかけた時、カザクラは明るく微笑みながら俺の肩に手を置いてこう言った。


「はははっ、そんな顔するな。もう過ぎた事だ」


「……いや、変な事聞いてすまなかった。アホだ俺は……本当に……アホだ」


「だから気にするな。僕もフミも、今はもう前を向いている。この経験を君達が生かせるのなら、きっと俺達の過去だって無駄じゃなくなるさ」


 俺はカザクラの言葉を聞いて自分の未熟さを思い知った。一丁前にタメ口をきいているが、カザクラは俺なんかよりずっと大人で、ずっと沢山の過去を背負って生きてきている。配慮に欠けた質問をしたのは俺の方なのに、今はカザクラの方が俺達に気を遣わせまいと言葉をかけてくれている。


 俺が激しい自省の念に駆られていると、傍で話を聞いていたクウが俺に向けてテレパシーで話しかけてきた。


「隊長……なんだか良い人達みたいね」


 俺はクウの方へ目線を向けてから、テレパシーで返事をした。


「ああ……そうだな」


 顔を上げると秘密基地が目の前にある。

 ツキコとヒナタが待つ、俺達の秘密基地だ。


 俺は軽く深呼吸をすると、何とか気持ちを切り替えた。これから幼馴染三人のために、木漏れ日一家と仲良くやっていかなければいけないのだ。


 幼馴染3人を、しっかり売り込まないと。


 俺はそう思いながら先頭に立って、秘密基地のドアに手をかけた――。

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Cのクオリア ヨハラ @yohara

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